66 / 114
沈黙の食事会
しおりを挟む
絶対に何かしてくる。
マチルダは、敵意剥き出しの姉に警戒していた。
悪びれもなくワインに禁止薬物である媚薬を混入する姉だ。
見下していたマチルダに結婚を先越され、その相手は普通は手の届かない上級貴族である伯爵。しかも財産家。
嫉妬しないわけがない。
その神話の男神の仮面の下に、変態的ともいえる性欲と、呆れるくらい傲岸不遜な素顔を隠し持っている男だが。
アニストン邸での食事会で「伯爵家三男」として振る舞っていたその姿は、あくまで紳士としてソツがなかった。
そもそも、イメルダはマチルダが最初に紹介した男が伯爵自身だったと知っているのだろうか。
三男の恋人でありながら、その長男にも色目を使う淫乱女。
彼女の仲間内に、また良からぬ噂を言い触らしていそうだ。
マチルダは容易に想像出来て、重々しい溜め息をついた。
「まあ、マチルダ。あまり乗り気ではないの? 」
唐突に声を掛けられ、危うくスプーンを落としかけた。
ぼんやりとしているうちに夕食は進んでおり、いつの間にかスープもサラダも、牛肉のソテーも、白身魚のムニエルも過ぎていってしまった。テーブルに皿がないということは、マチルダは無意識のうちに口に運んでいたことになる。
気づけばデザートのキャロットゼリーが乗っている。
「今夜は星がとても綺麗なのよ」
いつになくニコニコと、母は笑顔で主張してきた。
「え、ええ? 」
どうやら会話は成立していたようだが、姉に関して悶々としていたため、母の話は耳を素通り。全く話が読めない。
恐る恐る首を盾に振ってみたのが、たぶん正解だった。
マチルダが二十年後にはこのようになるであろうといった顔で、母は嬉しそうに頬を紅潮させた。
アニストン子爵に見初められ、夫人の座について二十年。いつも、前妻の娘に気遣い、あまり笑顔を見せなかった母。
マチルダの婚姻は、母の心に光を浴びせたのだろう。
「勿論、あなたも行くでしょう? 」
「え、ええ」
「敷地の外れに湖があったでしょう? 食事の後で鑑賞会をしましょうよ」
どうやら、雨続きだった天候には珍しく晴れた夜、星座が一際くっきりと空に浮かび、どこが一番見晴らしがよいかと話題になったようだ。
「私は遠慮しておきます」
キャロットゼリーの最後の一口を終えたイメルダは、それまで黙って流していた会話に入るなり、ツンと澄まして主張した。
たちまち母から笑みがなくなる。
「まあ、イメルダさん。どうして? 」
「今夜は友人とトランプの会ですから」
「まあ、そうだったの? 」
「お義母様達で是非、楽しんできて」
何の感情もない、通り一遍の言い方。
母はしょんぼりと肩を落とす。二十年同じ屋根の下に暮らそうと、血の繋がらない娘への接し方に苦戦していた。
「たっぷりと楽しんで来てちょうだい、マチルダ」
マチルダに対しては、不気味なほどの笑顔となるイメルダ。何やら含みのあるその笑い方。
マチルダは嫌な予感でたちまち胸にもやが張った。
マチルダは、敵意剥き出しの姉に警戒していた。
悪びれもなくワインに禁止薬物である媚薬を混入する姉だ。
見下していたマチルダに結婚を先越され、その相手は普通は手の届かない上級貴族である伯爵。しかも財産家。
嫉妬しないわけがない。
その神話の男神の仮面の下に、変態的ともいえる性欲と、呆れるくらい傲岸不遜な素顔を隠し持っている男だが。
アニストン邸での食事会で「伯爵家三男」として振る舞っていたその姿は、あくまで紳士としてソツがなかった。
そもそも、イメルダはマチルダが最初に紹介した男が伯爵自身だったと知っているのだろうか。
三男の恋人でありながら、その長男にも色目を使う淫乱女。
彼女の仲間内に、また良からぬ噂を言い触らしていそうだ。
マチルダは容易に想像出来て、重々しい溜め息をついた。
「まあ、マチルダ。あまり乗り気ではないの? 」
唐突に声を掛けられ、危うくスプーンを落としかけた。
ぼんやりとしているうちに夕食は進んでおり、いつの間にかスープもサラダも、牛肉のソテーも、白身魚のムニエルも過ぎていってしまった。テーブルに皿がないということは、マチルダは無意識のうちに口に運んでいたことになる。
気づけばデザートのキャロットゼリーが乗っている。
「今夜は星がとても綺麗なのよ」
いつになくニコニコと、母は笑顔で主張してきた。
「え、ええ? 」
どうやら会話は成立していたようだが、姉に関して悶々としていたため、母の話は耳を素通り。全く話が読めない。
恐る恐る首を盾に振ってみたのが、たぶん正解だった。
マチルダが二十年後にはこのようになるであろうといった顔で、母は嬉しそうに頬を紅潮させた。
アニストン子爵に見初められ、夫人の座について二十年。いつも、前妻の娘に気遣い、あまり笑顔を見せなかった母。
マチルダの婚姻は、母の心に光を浴びせたのだろう。
「勿論、あなたも行くでしょう? 」
「え、ええ」
「敷地の外れに湖があったでしょう? 食事の後で鑑賞会をしましょうよ」
どうやら、雨続きだった天候には珍しく晴れた夜、星座が一際くっきりと空に浮かび、どこが一番見晴らしがよいかと話題になったようだ。
「私は遠慮しておきます」
キャロットゼリーの最後の一口を終えたイメルダは、それまで黙って流していた会話に入るなり、ツンと澄まして主張した。
たちまち母から笑みがなくなる。
「まあ、イメルダさん。どうして? 」
「今夜は友人とトランプの会ですから」
「まあ、そうだったの? 」
「お義母様達で是非、楽しんできて」
何の感情もない、通り一遍の言い方。
母はしょんぼりと肩を落とす。二十年同じ屋根の下に暮らそうと、血の繋がらない娘への接し方に苦戦していた。
「たっぷりと楽しんで来てちょうだい、マチルダ」
マチルダに対しては、不気味なほどの笑顔となるイメルダ。何やら含みのあるその笑い方。
マチルダは嫌な予感でたちまち胸にもやが張った。
77
お気に入りに追加
442
あなたにおすすめの小説


だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる