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王子様はキスが好き

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 マチルダの唇の柔らかさを堪能するロイ。
 その様子を息を殺して見守っていたオリビアだったが、ようやく彼の変化に気付いた。
「ロイ。いい加減にしなさい」
 ロイと同じ色をした目が細くなる。
「あなた、もう人口呼吸は済んでいるのではなくて? 」
 明らかに空気を送り込んではいない。
 ロイは一旦マチルダから唇を離すと、オリビアに背を向けたまま鬱陶しさ丸出しで言い返した。
「今は彼女が助かった喜びのキスだ。邪魔するな」
「まあ! なんて言い草なの! 」
 やはりオリビアの疑いは正しかった。たちまち憤慨する。
「そもそも、マチルダを最初に発見したのは、この私なんですからね」
「恩着せがましいな」
「あなた、冷静さを欠いて、一度素通りしたでしょ」
「だから何だ」
「切羽詰まったときこそ、気を落ち着かせなければならないわ。でないと、大切なものを見失ってしまうわよ」
「こんなときにまで説教か? 」
 うるさそうに、ロイは顔の横で手をひらひらさせた。
 ますますオリビアの鼻息が荒くなる。
「二人共。言い合いをしている場合ではないよ」
 困ったように割って入ったのは、ブライス伯爵の青年だった。
「このままじゃ、彼女の体温がどんどん奪われてしまう」
 彼の苦言に、オリビアはハッと我に返る。
「そ、そうだわ。ずっと川の中に沈んでいたんですもの」
 幾ら布地を掛けたからといえど、こんなものでは体温は保てない。
 マチルダが息を吹き返したことに有頂天になっていたロイも、頬を引き攣らせてようやく事態を呑み込んだ。まだまだ油断はならない。
「早く屋敷に引き返すぞ! 」
 マチルダをお姫様抱っこすると、当然のように海老茶色の伯爵家所有の馬車に乗り込んだ。


 唇の皺一つ一つにまで、丹念に舌先を這わせてから重ね合わせる。それまで薄くてやや硬めだった感触は、繰り返しているうちに熱を持って腫れぼったくなり、柔らかさを増していく。
「もういい加減にしたら? このままでは、彼女の薄くて艶々の唇が、ガサガサに荒れて腫れてしまうよ」
 ドアに凭れたブライス伯爵青年は、軽蔑そのものといった目でロイを睨みつけた。
「ましてや、朦朧とした女性相手に」
 何故かロイの寝室のベッドに横たえられたマチルダは、医師の診察を終えてからロイがつきっきりだ。
 ベッドの傍らに椅子を置き、手洗いと湯浴み以外、四六時中張り付いている。
 書類の束を持って来させて仕事をこなし、食事も寝室で。来客は丁重に断るか、どうしても無理なら代理を青年が務める。
 とにかく、異常なくらいにべったりだ。
「やかましい。人を変態扱いするな」
 百歩譲って、そばに控えるだけならまだ良い。
 だが、この男はあろうことか疲れと鎮静剤の効果で眠るレディに手を出しているのだ。
「やっと捕まえたんだ。もう離すつもりはない」
「だからって。人目も憚らず」
 部屋には、青年とオリビア、たまにミハエルが交代で出入りし、必要物品を届けている。
 この男は悪びれもせず、そんな彼らの前で、眠るレディの唇を奪い続けている。
「そうよ、ロイ。これじゃあ、目覚めた彼女が可哀想だわ」
「仮面舞踏会に来る女連中は、もっと凄いことを平然としているだろうが」
「あの方々とマチルダを一緒にしないで」
 オリビアの苦言も、ロイの耳を素通りしていく。
 マチルダの命の灯は、ロイの目の前で消えかけたのだ。
 それは恐ろしくロイの心を絞っただろう。
 彼女が生きているという確信を求めたがる気持ちも汲める。
 だからこそ、オリビアもあまり強くは言えない。
 ロイはそこを突いて、半ばやりたい放題。
「まったく。言ったそばから」
 ロイは再びマチルダの唇に己の唇を重ねると、微かな寝息を吸い込んだ。
「仕方ないよ。この人は今、恋に狂っているんだから」
 すっかり諦めた青年が、やれやれと首を振った、そのときだった。
 マチルダの瞼が俄かに痙攣した。
 微かに長い睫毛が震える。
 間もなく目覚めだ。
 時間をかけて、重い瞼が開いていく。
「……ロイ? 」
 マチルダは始めに瞳に映った人物の名を呟いた。

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