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王子様は救世主

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 急いで駆けて来たのは明白で、顔は上気し、額には汗の粒がびっしり吹き出していた。汗はこめかみから顎へとだらだらと垂れ落ちた。
「貴様! 何を考えてるんだ! 」
 マチルダの露わになった乳房に、ロイの血管がブチ切れた。
「私の女だとわかって襲ってるだろ! 」
 男の襟首を片手で掴むや、マチルダから引き離す。その勢いのまま、床に放り投げた。
 あまりにも鮮やかな一連の動作。
 勢い余った男は一回転し、仰向けに倒れ込んだ。
 すぐさまロイは男の腹に馬乗りになった。
「うるさいな。振られたくせに」
「黙れ! 」
 手加減なしに男の頬を殴りつける。
 骨が砕かれたように鈍い音が室内に反響した。
 男は口端に血を滲ませ呻く。
 ロイは今度は反対側に拳を入れた。またしても鈍く重い音。
「お前らしくないじゃないか、ロイ」
 三発目の拳を手のひらで受け止めた男は、ロイの押さえつけてくる力に手首を震わせながら、どうにか笑ってみせる。
「ついこの間まで、俺達四人で乱交に耽っていただろ? 独り占めするつもりか? 」
「うるさい! 黙れ! 」
 酒とカロリーの高い食事によるだらしない体よりも、鍛錬を怠らないロイの力の方が、遥かに勝っている。勢い任せに三発目を頬に叩き込んだ。
「彼女に手出しするな! 」
「わかったよ。わかった。他の女と楽しむから」
 男はやれやれと首を横に振ると、すぐさま降参のポーズを取った。
 ロイは立ち上がると男と距離を取り、睨みつけた。
 男はふらふらしながらも、何とか立ち上がって、ネクタイを引き抜く。ペッと血の混じった痰を床に吐いた。
「バカになったもんだな、ロイ。恋狂いなんて、お前らしくないぞ」
「放っとけ」
「好きにしろ」
 付き合っていられない。そう言いたげな呆れた表情で男はロイの前を素通りすると、部屋を出て行った。
 

「大丈夫か。マチルダ」
 マチルダはベッドの上でロイに真正面から抱きしめられていた。
 彼の体温は、今しがたの激昂によりかなり上昇している。
 その熱さが、冷え冷えするマチルダに沁み入った。
 もう枯れ果てたと思った涙が再び溢れ出す。
 彼は指先で、マチルダの眦に溜まる涙を掬った。
「ロイ……私……誰でも良いわけじゃないわ……」
「ああ。わかってる」
「男を惑わせる淫乱でもないわ」
「知ってるよ」
「ロイしか嫌よ」
 しゃくり上げる。
 ロイの仕草があまりにも優しくて、マチルダの強張りを溶かしたから、うっかり本心を漏らしてしまった。
 ロイは息を呑む。
「……知ってる」
 一拍置いて、彼は呟いた。
「やっぱり乱交に耽っていたのね」
「聞き逃せ。もうしない」
「奥様に申し訳ないわよ」
「何だって? 」
 ロイの眉が怪訝に吊り上がった。
 マチルダは、しゃくり上げる。
 相思相愛の奥様の元へ返さなければならない。
 それなのに、理性はちっとも行動を見せない。
 そればかりかロイの背中に手を回して、がっちりと捕らえてしまう。マチルダのものであると主張するかのように。
「まあ、良い。詳しい話は後で聞くから」
 しきりにしゃくり上げるマチルダから、これ以上の会話は無理だと悟ったロイは、取り敢えず彼女を落ち着かせるためにポンポンと背中を軽く叩いた。
「取り敢えず、休んだ方が良い。こことは別の部屋を用意させる。アニストン家には連絡を入れておくから」
 てきぱきと指示を出すロイ。
 マチルダはロイの胸に顔を埋めると、その規則的な心拍数に気を取られて、彼の声は耳に入ってはこなかった。
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