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誘惑のワルツ
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仮面をつけた人々は広間の中央に注目し、ほうと感嘆の息を吐いた。
奏でられるワルツのリズムに乗るマチルダとロイは、まるでオルゴールに設えられた陶製の人形のごとく、まさに「優雅」。
絹製の真っ赤なドレスに身を包んだマチルダは、老若男女限らず人々を釘付けにしていた。
「よく似合ってるじゃないか、そのドレス」
ロイは目線をマチルダの胸の谷間へと落とすと、ニヤニヤと頬を歪ませた。
ムッとしたマチルダは、ヒールで彼の靴先を踏んづけてやる。
「痛え! わざとだな」
「女性に対して無礼よ」
ツンと澄ましてそっぽ向いてやる。
アニストン家に届けられた伯爵からの真っ赤なドレスは、極上の絹製で、かなり仕立てが良い。やや胸元の開き具合が気になるが、生地には繊細な刺繍が施され、裾にはふんだんにレースが使用されている、極上の一品だ。
アニストン家では決して設えられないデザイン。
しかも、何故かマチルダのサイズにぴったり。
イメルダは地団駄踏んで悔しがったが、マチルダはそんなことには構っていられなかった。危うく卒倒しそうになった。
絶対に来るようにとの、伯爵からの物凄い圧だ。
「おい。いい加減に手を触るくらい慣れたらどうだ? 」
ダンスは幼い頃から仕込まれているから、得意な方だ。しかし、レッスン相手は家庭教師。男性を相手にするのは、これが初めてだ。
繋がった指先がジンジンと痺れて熱い。
その熱さが、しっかりとロイへと伝わってしまっている。
「まあ、良いか。この私が初めてってことで。何でもな」
「いちいち、いやらしく聞こえるわ」
「深読みし過ぎだ」
いや、絶対に違う。彼の言葉には裏がある。
マチルダは再度、足を踏ん付けてやった。
「ネズミは退治出来たのかしら? 」
この場所で呑気にダンスを踊っているということは、彼を疲弊させていたネズミ問題が解決したということか。
何の気なしに尋ねるマチルダ。
おや、とロイの眉がヒョイと上がる。
「あなたのご友人が言っていたわ。趣味でネズミ退治をしていると」
「趣味だと? あの野郎。適当なことを」
「違うの? 」
「……いや。確かにそうだが」
ロイは言いにくいそうに口をもごもごする。
「それで。成功なさったの? 」
一呼吸置いて、ロイは頷く。
「まあな。ネズミの正体は掴めそうだが。巣穴に入るのは、まだ先だ」
「そんなに厄介なの? 」
「ああ。この上なく」
それきり、ネズミ退治の話題は途切れた。
楽団の奏でる音のキーが高くなる。
そろそろ、締めに入る頃合いだ。
マチルダが夢にまでみた、素敵な紳士とのダンス。
王子様が壁の花の自分を誘って、大広間の中央で優雅にステップを踏み、その姿に誰しもが目を奪われる。
小さい頃、端がくしゃくしゃになるくらいに繰り返し読んだ絵本の中の一ページ。
それが今、まさに再現されているのだ。
だが、その夢も間もなく終わってしまう。
「いつ、私は断罪されるのかしら? 」
「断罪? 」
「ブライス伯爵の名を騙った罰を与えられるんでしょ」
「そんなわけないだろ」
ロイが鼻で笑う。
「伯爵も、くだらないお遊びなんかに、いちいち構ってられないからな」
「お遊びって」
ワルツの途中でなければ、怒鳴り散らしているところだ。
こちらは、命の危機に瀕しているというのに。
伯爵からドレスが届けられたその日から、マチルダは食事が喉を通らず、確実に二キロは体重が減ってしまったというのに。
「この仮面舞踏会の目的を教えてやろうか? 」
挑発的に、漆黒の目がギラリと光った。
「目的? 」
「ブライス伯爵は、男女が親密になることを後押ししているんだよ」
「どういうこと? 」
音楽が締めに入った。
夢の時間が終わってしまう。
だが、ロイはマチルダの手を取ると、夢の続きを促した。
重なった彼の指先にまでマチルダの熱が伝わっている。
「見ればわかるさ」
ロイはテラスへと目線を流した。
テラスには、勿忘草が図案化された鋳物製のガーデンテーブルとチェアが配置されている。
マチルダは離れがたく、素直に彼に従った。
奏でられるワルツのリズムに乗るマチルダとロイは、まるでオルゴールに設えられた陶製の人形のごとく、まさに「優雅」。
絹製の真っ赤なドレスに身を包んだマチルダは、老若男女限らず人々を釘付けにしていた。
「よく似合ってるじゃないか、そのドレス」
ロイは目線をマチルダの胸の谷間へと落とすと、ニヤニヤと頬を歪ませた。
ムッとしたマチルダは、ヒールで彼の靴先を踏んづけてやる。
「痛え! わざとだな」
「女性に対して無礼よ」
ツンと澄ましてそっぽ向いてやる。
アニストン家に届けられた伯爵からの真っ赤なドレスは、極上の絹製で、かなり仕立てが良い。やや胸元の開き具合が気になるが、生地には繊細な刺繍が施され、裾にはふんだんにレースが使用されている、極上の一品だ。
アニストン家では決して設えられないデザイン。
しかも、何故かマチルダのサイズにぴったり。
イメルダは地団駄踏んで悔しがったが、マチルダはそんなことには構っていられなかった。危うく卒倒しそうになった。
絶対に来るようにとの、伯爵からの物凄い圧だ。
「おい。いい加減に手を触るくらい慣れたらどうだ? 」
ダンスは幼い頃から仕込まれているから、得意な方だ。しかし、レッスン相手は家庭教師。男性を相手にするのは、これが初めてだ。
繋がった指先がジンジンと痺れて熱い。
その熱さが、しっかりとロイへと伝わってしまっている。
「まあ、良いか。この私が初めてってことで。何でもな」
「いちいち、いやらしく聞こえるわ」
「深読みし過ぎだ」
いや、絶対に違う。彼の言葉には裏がある。
マチルダは再度、足を踏ん付けてやった。
「ネズミは退治出来たのかしら? 」
この場所で呑気にダンスを踊っているということは、彼を疲弊させていたネズミ問題が解決したということか。
何の気なしに尋ねるマチルダ。
おや、とロイの眉がヒョイと上がる。
「あなたのご友人が言っていたわ。趣味でネズミ退治をしていると」
「趣味だと? あの野郎。適当なことを」
「違うの? 」
「……いや。確かにそうだが」
ロイは言いにくいそうに口をもごもごする。
「それで。成功なさったの? 」
一呼吸置いて、ロイは頷く。
「まあな。ネズミの正体は掴めそうだが。巣穴に入るのは、まだ先だ」
「そんなに厄介なの? 」
「ああ。この上なく」
それきり、ネズミ退治の話題は途切れた。
楽団の奏でる音のキーが高くなる。
そろそろ、締めに入る頃合いだ。
マチルダが夢にまでみた、素敵な紳士とのダンス。
王子様が壁の花の自分を誘って、大広間の中央で優雅にステップを踏み、その姿に誰しもが目を奪われる。
小さい頃、端がくしゃくしゃになるくらいに繰り返し読んだ絵本の中の一ページ。
それが今、まさに再現されているのだ。
だが、その夢も間もなく終わってしまう。
「いつ、私は断罪されるのかしら? 」
「断罪? 」
「ブライス伯爵の名を騙った罰を与えられるんでしょ」
「そんなわけないだろ」
ロイが鼻で笑う。
「伯爵も、くだらないお遊びなんかに、いちいち構ってられないからな」
「お遊びって」
ワルツの途中でなければ、怒鳴り散らしているところだ。
こちらは、命の危機に瀕しているというのに。
伯爵からドレスが届けられたその日から、マチルダは食事が喉を通らず、確実に二キロは体重が減ってしまったというのに。
「この仮面舞踏会の目的を教えてやろうか? 」
挑発的に、漆黒の目がギラリと光った。
「目的? 」
「ブライス伯爵は、男女が親密になることを後押ししているんだよ」
「どういうこと? 」
音楽が締めに入った。
夢の時間が終わってしまう。
だが、ロイはマチルダの手を取ると、夢の続きを促した。
重なった彼の指先にまでマチルダの熱が伝わっている。
「見ればわかるさ」
ロイはテラスへと目線を流した。
テラスには、勿忘草が図案化された鋳物製のガーデンテーブルとチェアが配置されている。
マチルダは離れがたく、素直に彼に従った。
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