【完結】華麗なるマチルダの密約

晴 菜葉

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紋章の捏造

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「仮面舞踏会の招待状だな」
 至ってロイは冷静にそれが何であるか口にする。
 マチルダは封筒をひっくり返した。
「差し出し人を見てちょうだい! 」
 全体的にほっそりした縦長の癖の強い文字で、筆圧がかなりある。裏側に穴が空いてしまいそうなくらい。これほど特徴のある字は、そういない。
 マチルダは筆跡の専門家ではないが、この字を書いた人物は、堂々としており、どことなく自信家のようにさえ思えてならない。
「ブライス伯爵からだな」
 さすがは高級娼館の主人、貴族の公用語を解するなどお手のものだ。
「それがどうした? 」
 マチルダが差し出し人を口にする前に言い当てたロイは、欠伸を噛み殺す。
「どうしたもこうしたもないわ! 」
 呑気な男に、頭が噴火する。
「あ、あなた、ブライス伯爵の名を語っていたのよ! 」
「正確には、三男だがな」
 ロイは訂正を入れる。
 伯爵だろうと、三男だろうと、ブライス家の名を騙ったことに間違いはない。
「だから、それの何が大変だ? 」
 ロイは伸びをすると、脚を組み替えた。
「ブライス伯爵の名前をあなたが語っていたことを、とうとう知られてしまったのよ、きっと」
「だから、どうした」
「いい加減にして! 」
 話の通じないロイに、マチルダは噴火しっぱなし。仕舞いに膝を屈曲させて、靴裏を床に叩きつけた。
「平民が上級貴族の名を語っていたのよ! これは重罪だわ! 」
「大袈裟だな」
「あなたが軽過ぎるのよ! 」
 脳裏には、二人並んで干される生首の残像がありありと残っている。
「別にどうってことないだろう? 」
「あるわよ! 」
 いきりたったマチルダは、机に両手をついて前のめりになった。
 ふと、その目に勿忘草の紋章が飛び込んできた。
「あ、あなたのそのシャツのボタン。ブライス伯爵家の紋章じゃない」
「目聡いな」
「か、勝手に紋章まで捏造して」
「伯爵らしくて良いだろ。小道具まで私は手抜かりがない」
「あなた、バカなの!? 」
 悪びれる様子もなく、むしろ胸を反らせて威張り散らすロイに、マチルダの顔面から一気に血の気が引いていく。
「紋章の捏造は、立派な詐欺罪よ! 」
 この国の貴族は、紋章に花を使う。マチルダのアニストン家は蒲公英たんぽぽで、代々伝えられている、謂わば、その家の顔とも呼ぶべきもの。
 そんな大事な印を勝手に捏造し、あっけらかんとしているなんて。
「は、早くそんなもの取ってしまいなさい! 」
 ドレスの裾を捲り、太腿が覗こうとお構いなしに机に片足を乗り上げる。とてもではないが、レディとしてかしづく女性からは程遠い。
 だが、切迫している今は品性だとかに拘っている暇はない。
 とにかく危険な代物は、さっさと隠滅するに限る。
「お、おい。机の上に乗るな」
「そんなボタン、引きちぎってやるわ! 」
「こら。素面しらふでも大胆なお嬢さんだな」
「言うことを聞いて! でないと打ち首になるわよ! 」
「ちょっと落ち着け」
 琥珀の目がギラギラと光った。かなり据わっている。決して悪ふざけの延長ではない。
 ロイの第一ボタンが毟り取られた。
 

「マチルダ! 」


 さすがにロイが声を張り上げる。
「あっ……わ、私……」
 ようやく、マチルダは静止した。
 頭の中にある何者からの呪縛が解かれる。
 呆然とするマチルダ。
「君は何の心配もいらない」
 ロイは身を乗り出したマチルダの髪を優しく指で梳いた。
 だんだんマチルダの荒ぶりが引いていく。
 強張って固まっていた筋肉が、ゆっくりゆっくりと力を抜いていった。
「あ、あなたは? あなたは大丈夫なの? 」
「私か? ああ、私もだ」
「本当に? 」
「ああ」
 ロイは極上の笑顔を浮かべた。
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