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海運会社の損害

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「ロイ殿は大丈夫か? 」
 何の前触れもなく尋ねてきた父に、マチルダはきょとんと瞬きを止めた。
 ロイの名前を耳にするのは、彼とただならぬ出来事があってから、およそ一か月ぶりだ。
 いつしか五月の爽やかさはなくなり、毎日、じめじめした重苦しい天候が続いている。
 年の大半が雨というこの国では、雷雨が来る前に領地一帯の状況を把握しておかなければならない。土砂崩れ、河川の氾濫などになれば一大事だ。
 天候が崩れてしまう前に修繕すべき場所を早期に発見して、直ちに取り掛からなければならない。
 それらを管理するのも領主の勤め。
 朝、その任務を果たすために出掛ける父は、マチルダと二人きりになった頃合いを見計らい、すかさず尋ねたのだ。
 忘れたくとも忘れられない名前に、マチルダは明らかに狼狽える。
「ど、どどうなさったの? ロイが何か? 」
 いづれ、彼との仲が破談したと話さなければならない。嘘など貫き通せないから。
 だが、マチルダは愚図愚図してしまって、未だに言い出せないでいた。
 たとえ偽りであろうと、彼女はまだもう少し夢に浸っていたかったのだ。
「ロイに何かありまして? 」
 言い淀む父に、マチルダは再度尋ねる。
「彼の会社に損害が出たらしい」
 マチルダと同じ色の瞳が辛そうに揺れた。
「どう言うことかしら? 」
 父はロイが娼館の主人であるとは知る由もない。
 会社に損害が出たとは、どういうことなのか。
 怪訝に眉をひそめたマチルダに、父はおや、と目を見開く。
「聞いていないのか? 」
「何をですか? 」
「彼はお前に心配をかけまいとしているのだろうか」
「詳しくお話しして。お父様」
 顎に手を当てて、しきりに首を傾げる父。
 マチルダは一歩踏み出した。
 父は神妙に頷くと、言い出しにくそうに口をもごもご動かせる。
「ロイ殿が海運会社を経営しているのは、承知しているだろう? 」
「え、ええ」
 そのような設定だった。
「倉庫に何者かが侵入し、荷物の茶葉に異物を混入したらしい」
「まあ! 」
 思わずマチルダは声のトーンを上げてしまった。
 てっきり海運会社はロイの作り話だとばかり。
 ブライス伯爵といい、まさか、会社まで実在していたなんて。
 ロイのことだから、そう易々と露見することはないだろうが。
 出任せにしても危険過ぎる。
 マチルダはヒヤリと肝を冷やしたが、父に悟られぬよう表面上は平然を装う。
「それほど大きな損害ではないが」
「信用問題に関わりますわね」
「その通り」
 父は大きく頷く。
「警備は万全でなかったの? 」
 他所様の荷物を預かるのだ。管理は徹底しなければならない。
「いや。かなり金をかけて警護に当たらせていたようだ」
「それなのに、侵入者を許してしまったの? 」
「ああ。侵入経路は今、調べているらしいが。どうやって、その目をかいくぐったのか」
「不思議な事件ね」
「まったくその通りだ」
 
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