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黄昏に絶望感
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玻璃窓から差し込むオレンジの光が眩しい。
マチルダは幾度か瞬かせた後、うっすらと瞼を開いた。
見慣れた自分の部屋ではない。白い壁にオーク材の床板。質素な部屋。このような場所は知らない。
「な、ななな何! 一体、どうなってるの! 」
飛び起きる。
何故か全裸で見知らぬベッドの上。
媚薬によって記憶が欠落していたマチルダは、自分から男性を誘惑し、おまけに破瓜まで済ませてしまったなんて、考えにも及ばない。
黄金色の髪は汗で肌に張り付き、寝起きそのもので乱れに乱れている。いつもなら後毛一本すらないくらいに整えているというのに。
マチルダを何より不可解な気分にさせたのは、太腿の間に何かが挟まっているような奇妙な感覚だった。おまけに生理でもないのに、子宮がジンジンと痺れている。何故か膣は粘液性のものでべたべただ。
マチルダの記憶にある最後は、イメルダに騙されて飲んだワインだ。飲んだ直後、頭の中にもやが張って、体が燃えるように熱くなり……それから、ぷっつりと意識が途切れている。
記憶喪失の間に、何が起こったというのか。
「何! 何なの! 口が物凄く生臭いわ! 」
「いちいち、うるさい。騒ぐな」
その原因が何であるか把握しているロイが、忌々しそうに呻いた。
「……! 」
不意に上がった低音に、マチルダは飛び上がり、あやうくベッドから転がり落ちそうになった。
寸でのところで腕を引かれて、ロイの腹の上に乗せられる。
ロイだ!
何故、彼がこの場所に!
おまけに、全裸!
「ま、ままままさか! 」
己の身体状況と、相手の状態が、頭の中で一本の線となり繋がる。
狭いベッドの上で、ロイは窮屈そうに身じろぎした。
「ロ、ロイ! ではなくて、オルコットさん! 」
「今更、よそよそしい呼び方をするな」
彼の言葉遣いは相変わらず偉そうだが、マチルダへの接し方が明らかに今までと異なる。
一応はレディ相手に一線引いた態度だったのに。
ロイは指先でマチルダの唇の輪郭をなぞった。
とてもではないが、顧客に対してのものではない。
「わ、私は一体何を? 」
一つの考えが、ますます信憑性を高めていく。
マチルダはパニックになり、ぶつぶつと思いつく限りの否定的なシチュエーションを捻出しようとした。
だが、どんなに捻ろうとも、打ち負かされてしまう。
「嫌だ。嘘でしょう? そんな。まさか」
「何が嫌だ。嬉々として五回はこの私の精子を絞り取っただろうが。私の腹の上で何度も跳ねたり、口で吸い付いたり、それから」
「いやあああああ! 」
「やめてえええ! 」
マチルダの疑惑は、あっさりと証明されてしまった。
マチルダの絶望感に、ロイはムッと機嫌を悪くする。
「おい。私を強姦魔に仕立てるつもりか? 互いに同意の上だろうが」
「嘘よ! 」
「嘘ではない。むしろ、君が私を襲ってきたんだぞ」
「嘘! 嘘、嘘! 違うわ! 」
「上の階の娼婦に聞いてみろ。数人から、あんまり君の声が激しくて眠れないと苦情がきた」
「それ以上、言わないで! 」
耳を塞いで、記憶喪失の自分の失態を拒絶する。
おそらく彼の言葉通りなのだろう。
自分の体は自分が一番理解している。彼と睦んだのは、間違いがない。
己の腹の上で真っ赤になって悶えるマチルダに、ロイはがっくりと肩を落とした。
媚薬によって作り出された「炎の魔女」は、最早、幻でしかない。
「ロイ。済んだか? 」
見計らったように、ドアの外から友人が声を掛けてきた。
「覗くなよ」
「誰が覗くか」
憤慨している。
「マチルダ嬢の代わりのドレスを手配した。少々、丈が短いが」
「ああ、そこらへんの女より背が高いからな」
汗で張り付いたマチルダの頬についた髪を指先で払ってやりながら、ロイはマチルダに軽くウィンクを寄越してきた。
頭にくるくらい、くらくらする笑顔だ。
「手加減しろと言ったはずだ。肉食動物」
ドアの外では、彼の友人が苦言を呈している。
「うるさい。私なりに慮っていた」
「どうだかな。娼婦らを宥めるのは、なかなか手こずったぞ」
「それもお前の仕事だろ」
「仕事を増やすな」
忌々しそうな舌打ちが、ドア越しにロイまで届く。
ロイは何ら気にする素振りなど見せず、マチルダの背中の筋を指先で辿った。
「ひっ! 」
第三者に声を聞かれたくない。
マチルダは慌てて口を手で覆うと、喉奥で何とか悲鳴を押し留めた。
ロイは悪戯が成功した子供そのもの。極上の笑顔だ。
悔しくて、ロイの胸板を軽く小突いた。
ロイは笑いを噛み殺しながら、ドアの外にいる友人と会話を続けている。
「お前の家の馬車に乗せて帰るだろ? 」
「当たり前だ」
「くれぐれも馬車の中では野獣になるなよ」
「うるさいぬいぐるみ野郎め」
ロイが思わせぶりにマチルダに片目を瞑ってみせた。
その段階になって、ようやくマチルダは自分が彼に乳房を晒し、おまけに相手の性器すれすれで腹の上に跨っていることを自覚し、ぐらりと目眩を起こしたのだった。
マチルダは幾度か瞬かせた後、うっすらと瞼を開いた。
見慣れた自分の部屋ではない。白い壁にオーク材の床板。質素な部屋。このような場所は知らない。
「な、ななな何! 一体、どうなってるの! 」
飛び起きる。
何故か全裸で見知らぬベッドの上。
媚薬によって記憶が欠落していたマチルダは、自分から男性を誘惑し、おまけに破瓜まで済ませてしまったなんて、考えにも及ばない。
黄金色の髪は汗で肌に張り付き、寝起きそのもので乱れに乱れている。いつもなら後毛一本すらないくらいに整えているというのに。
マチルダを何より不可解な気分にさせたのは、太腿の間に何かが挟まっているような奇妙な感覚だった。おまけに生理でもないのに、子宮がジンジンと痺れている。何故か膣は粘液性のものでべたべただ。
マチルダの記憶にある最後は、イメルダに騙されて飲んだワインだ。飲んだ直後、頭の中にもやが張って、体が燃えるように熱くなり……それから、ぷっつりと意識が途切れている。
記憶喪失の間に、何が起こったというのか。
「何! 何なの! 口が物凄く生臭いわ! 」
「いちいち、うるさい。騒ぐな」
その原因が何であるか把握しているロイが、忌々しそうに呻いた。
「……! 」
不意に上がった低音に、マチルダは飛び上がり、あやうくベッドから転がり落ちそうになった。
寸でのところで腕を引かれて、ロイの腹の上に乗せられる。
ロイだ!
何故、彼がこの場所に!
おまけに、全裸!
「ま、ままままさか! 」
己の身体状況と、相手の状態が、頭の中で一本の線となり繋がる。
狭いベッドの上で、ロイは窮屈そうに身じろぎした。
「ロ、ロイ! ではなくて、オルコットさん! 」
「今更、よそよそしい呼び方をするな」
彼の言葉遣いは相変わらず偉そうだが、マチルダへの接し方が明らかに今までと異なる。
一応はレディ相手に一線引いた態度だったのに。
ロイは指先でマチルダの唇の輪郭をなぞった。
とてもではないが、顧客に対してのものではない。
「わ、私は一体何を? 」
一つの考えが、ますます信憑性を高めていく。
マチルダはパニックになり、ぶつぶつと思いつく限りの否定的なシチュエーションを捻出しようとした。
だが、どんなに捻ろうとも、打ち負かされてしまう。
「嫌だ。嘘でしょう? そんな。まさか」
「何が嫌だ。嬉々として五回はこの私の精子を絞り取っただろうが。私の腹の上で何度も跳ねたり、口で吸い付いたり、それから」
「いやあああああ! 」
「やめてえええ! 」
マチルダの疑惑は、あっさりと証明されてしまった。
マチルダの絶望感に、ロイはムッと機嫌を悪くする。
「おい。私を強姦魔に仕立てるつもりか? 互いに同意の上だろうが」
「嘘よ! 」
「嘘ではない。むしろ、君が私を襲ってきたんだぞ」
「嘘! 嘘、嘘! 違うわ! 」
「上の階の娼婦に聞いてみろ。数人から、あんまり君の声が激しくて眠れないと苦情がきた」
「それ以上、言わないで! 」
耳を塞いで、記憶喪失の自分の失態を拒絶する。
おそらく彼の言葉通りなのだろう。
自分の体は自分が一番理解している。彼と睦んだのは、間違いがない。
己の腹の上で真っ赤になって悶えるマチルダに、ロイはがっくりと肩を落とした。
媚薬によって作り出された「炎の魔女」は、最早、幻でしかない。
「ロイ。済んだか? 」
見計らったように、ドアの外から友人が声を掛けてきた。
「覗くなよ」
「誰が覗くか」
憤慨している。
「マチルダ嬢の代わりのドレスを手配した。少々、丈が短いが」
「ああ、そこらへんの女より背が高いからな」
汗で張り付いたマチルダの頬についた髪を指先で払ってやりながら、ロイはマチルダに軽くウィンクを寄越してきた。
頭にくるくらい、くらくらする笑顔だ。
「手加減しろと言ったはずだ。肉食動物」
ドアの外では、彼の友人が苦言を呈している。
「うるさい。私なりに慮っていた」
「どうだかな。娼婦らを宥めるのは、なかなか手こずったぞ」
「それもお前の仕事だろ」
「仕事を増やすな」
忌々しそうな舌打ちが、ドア越しにロイまで届く。
ロイは何ら気にする素振りなど見せず、マチルダの背中の筋を指先で辿った。
「ひっ! 」
第三者に声を聞かれたくない。
マチルダは慌てて口を手で覆うと、喉奥で何とか悲鳴を押し留めた。
ロイは悪戯が成功した子供そのもの。極上の笑顔だ。
悔しくて、ロイの胸板を軽く小突いた。
ロイは笑いを噛み殺しながら、ドアの外にいる友人と会話を続けている。
「お前の家の馬車に乗せて帰るだろ? 」
「当たり前だ」
「くれぐれも馬車の中では野獣になるなよ」
「うるさいぬいぐるみ野郎め」
ロイが思わせぶりにマチルダに片目を瞑ってみせた。
その段階になって、ようやくマチルダは自分が彼に乳房を晒し、おまけに相手の性器すれすれで腹の上に跨っていることを自覚し、ぐらりと目眩を起こしたのだった。
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