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肉食動物の困惑
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「ロイはいらっしゃる? 」
マチルダは執務室のドアを開けるなり、不躾に尋ねた。
礼儀を重んじる彼女らしからぬ態度。
約束もなく、高級娼館ローレンスへずかずかと入ってきた女性客に、クマのぬいぐるみそっくりな「ロイの代理人」はポカンと口を開いた。
「ロイ? ロイなら今、手洗いに」
「今日はいらっしゃるのね? 」
「あ、ああ。東国の茶葉を土産に持って来て」
代理の男性が話し終わらないうちに、マチルダは天を仰いでほうっと熱っぽい息を吐いた。
姉に嵌められて口にした違法薬物は、未だにマチルダの体を燻らせている。そればかりか、ますます火照らせていく。熱い。熱くて熱くて仕方ない。もう、この場でドレスを脱いでしまいたいくらいに熱さが止まらない。
「マチルダ? どうした? こんな場所に? 」
執務室のドアを開けたロイは、この場に不似合いな令嬢の姿に、切れ長の目を見開き素っ頓狂な声を上げた。
「こんな場所で悪かったな」
すかさず代理人が鼻に皺を寄せる。
「ロイ! 会いたかったわ! 」
不意にマチルダが叫んだ。
「な、ななな何だ何だ! どうした! 」
いきなり鳩尾めがけて飛び込んできた女に、状況を処理しきれないロイは切れ長の双眸をこれでもかと丸く変化させる。
媚薬によって朦朧とするマチルダがまず思い浮かべたのは、ロイの皮肉った笑い方だった。
ハッキリ言ってしまえば、ロイはマチルダの理想の男性像だ。
その容姿はおろか、マチルダのことを穿った目で見ないその眼差し。危機に瀕するマチルダを颯爽と救いに来てくれた騎士のような頼りがい。隙のないマナー。人を惹きつける会話力。どれ一つとっても外さない。
自信過剰過ぎる物言いが欠点だが、そこはこの際、目を瞑っておくとして。
とにかく、誰かにこの疼きを抑えてもらいたいと考えたとき、躊躇なく向かった先がローレンスだったのだ。
ちょっと手が触れただけでぎゃあぎゃあとやかましく騒ぎ立てるくらい初心なマチルダが、大胆にも自ら男の胸に飛び込んでくるとは。
ロイは驚愕し過ぎて、石像のようにその場に固まってしまった。
マチルダはロイが抵抗を見せないから、躊躇いなく彼の腰に腕を回してぎゅうぎゅうと締め付ける。
鍛え抜かれた彼の体は筋肉が硬く締まっていて、マチルダに居心地の良さを与えた。
「おいおい。真昼間から、私の目の前でイチャイチャするな」
「うるさいぞ、ぬいぐるみ」
彼女の背に手を回そうかどうか思案していたロイは、友人の軽口にいらっとなって舌打ちする。
「おい。学生時代の渾名で呼ぶな」
ローレンスの代理人を務める男は、不貞腐れて言い返した。
「それに、私がスタッフトイなら、お前は肉食動物だろう」
ロイのかつての渾名を吐き捨てる。
「この場合、肉食はこの娘だろうが」
男を虜にする悪女。やはり、火のないところに煙は立たない。あながち間違いではない。
「危険を感じてるのは、お前だけだ」
面白そうに「スタッフトイ」が頬の肉を歪めた。
「私なら大歓迎さ」
「何だと」
「私なら、すぐさま彼女をベッドに連れ込んでやるがな」
「おい。冗談でも口にしてみろ。締め上げるからな」
「やはり肉食動物だな」
「黙れ」
スタッフトイの軽口に、ロイは忌々しく舌打ちする。
ロイに巻き付いた彼女の腕は、ぎっちり絡んで離れそうにない。しかも、ぎゅうぎゅうと体を擦りつけてくるものだから、豊かな胸の膨らみの感触をまともに受けてしまう。
弱り切って友人に視線を流したロイは、ニタニタと笑いっぱなしのクマのぬいぐるみに、嫌そうに顔をしかめた。
マチルダは執務室のドアを開けるなり、不躾に尋ねた。
礼儀を重んじる彼女らしからぬ態度。
約束もなく、高級娼館ローレンスへずかずかと入ってきた女性客に、クマのぬいぐるみそっくりな「ロイの代理人」はポカンと口を開いた。
「ロイ? ロイなら今、手洗いに」
「今日はいらっしゃるのね? 」
「あ、ああ。東国の茶葉を土産に持って来て」
代理の男性が話し終わらないうちに、マチルダは天を仰いでほうっと熱っぽい息を吐いた。
姉に嵌められて口にした違法薬物は、未だにマチルダの体を燻らせている。そればかりか、ますます火照らせていく。熱い。熱くて熱くて仕方ない。もう、この場でドレスを脱いでしまいたいくらいに熱さが止まらない。
「マチルダ? どうした? こんな場所に? 」
執務室のドアを開けたロイは、この場に不似合いな令嬢の姿に、切れ長の目を見開き素っ頓狂な声を上げた。
「こんな場所で悪かったな」
すかさず代理人が鼻に皺を寄せる。
「ロイ! 会いたかったわ! 」
不意にマチルダが叫んだ。
「な、ななな何だ何だ! どうした! 」
いきなり鳩尾めがけて飛び込んできた女に、状況を処理しきれないロイは切れ長の双眸をこれでもかと丸く変化させる。
媚薬によって朦朧とするマチルダがまず思い浮かべたのは、ロイの皮肉った笑い方だった。
ハッキリ言ってしまえば、ロイはマチルダの理想の男性像だ。
その容姿はおろか、マチルダのことを穿った目で見ないその眼差し。危機に瀕するマチルダを颯爽と救いに来てくれた騎士のような頼りがい。隙のないマナー。人を惹きつける会話力。どれ一つとっても外さない。
自信過剰過ぎる物言いが欠点だが、そこはこの際、目を瞑っておくとして。
とにかく、誰かにこの疼きを抑えてもらいたいと考えたとき、躊躇なく向かった先がローレンスだったのだ。
ちょっと手が触れただけでぎゃあぎゃあとやかましく騒ぎ立てるくらい初心なマチルダが、大胆にも自ら男の胸に飛び込んでくるとは。
ロイは驚愕し過ぎて、石像のようにその場に固まってしまった。
マチルダはロイが抵抗を見せないから、躊躇いなく彼の腰に腕を回してぎゅうぎゅうと締め付ける。
鍛え抜かれた彼の体は筋肉が硬く締まっていて、マチルダに居心地の良さを与えた。
「おいおい。真昼間から、私の目の前でイチャイチャするな」
「うるさいぞ、ぬいぐるみ」
彼女の背に手を回そうかどうか思案していたロイは、友人の軽口にいらっとなって舌打ちする。
「おい。学生時代の渾名で呼ぶな」
ローレンスの代理人を務める男は、不貞腐れて言い返した。
「それに、私がスタッフトイなら、お前は肉食動物だろう」
ロイのかつての渾名を吐き捨てる。
「この場合、肉食はこの娘だろうが」
男を虜にする悪女。やはり、火のないところに煙は立たない。あながち間違いではない。
「危険を感じてるのは、お前だけだ」
面白そうに「スタッフトイ」が頬の肉を歪めた。
「私なら大歓迎さ」
「何だと」
「私なら、すぐさま彼女をベッドに連れ込んでやるがな」
「おい。冗談でも口にしてみろ。締め上げるからな」
「やはり肉食動物だな」
「黙れ」
スタッフトイの軽口に、ロイは忌々しく舌打ちする。
ロイに巻き付いた彼女の腕は、ぎっちり絡んで離れそうにない。しかも、ぎゅうぎゅうと体を擦りつけてくるものだから、豊かな胸の膨らみの感触をまともに受けてしまう。
弱り切って友人に視線を流したロイは、ニタニタと笑いっぱなしのクマのぬいぐるみに、嫌そうに顔をしかめた。
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