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初キスに心構えなし
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とにかく奇妙な男だ。
まるで呪文でも唱えるように、何言かをぶつぶつと口中で繰り返している。
マチルダがロイへの印象を改めたときだた。
不意に顔に影が落ちた。
かと思えば、唇が柔らかい感触に侵される。
あっと上がった声はそのままロイの唇へと飲み込まれた。
頑なに閉ざされていたマチルダの引き結びは、生温かい彼の舌によっていとも簡単に割られてしまう。
まず輪郭を丹念になぞってから、彼はゆっくりと舌先をマチルダの口腔へと差し入れた。まるで甘い菓子を味わうように、ゆっくりと舌が蠢く。歯列一本すら取りこぼさないように丁寧に舐り、奥歯から戻した舌先は、マチルダの舌に生き物のように絡んだ。
初めてのキスのため、息継ぎのタイミングすら掴めない。
彼の舌が動くその些細な隙をついて、息を吸っては吐いてを繰り返すが、追いつかない。
苦しくて苦しくて。喉奥から漏れる苦悶。
彼はそれすら奪おうと、舌先に巻き付いたまま吸い取ろうとする。
手慣れた女性なら、うっとりと瞼を伏せ、彼の唇を堪能するはず。
だが、初心者のマチルダにそのような技術はない。
鼻先すれすれの、美貌の拡大を、まばたきすら忘れてカッと凝視するしかない。
睫毛が長くて、ふさふさだ。手入れに怠りがなく、男性にしては肌が綺麗。
マチルダは息も絶え絶えにロイを評した。
視線を感じたロイが重い睫毛を上げる。
バッチリと目が合って、彼は驚愕そのものに、その黒曜石がまん丸になる。
不意に呼吸が戻った。
唇の戒めが解かれたのだ。
「こういう場合は、普通、目を閉じるものだろ」
照れ臭そうな、呆れたような低音。
「……! 」
別世界へと思考を沈められていたマチルダは、後頭部を鷲掴みにされて、一気に現実へと引き戻された。
「な、何するのよ! 」
骨を砕いたかのような鈍い音が響く。
「痛ってええ! 拳で殴ったな! 」
真後ろに飛び退くや、ロイは片頬を押さえて整った容貌をこの上なく歪めた。
「恋人の振りをするんだ。これくらいは嗜んでおかないと」
「あ、あなたとキスして何の得があるのよ! 」
キスされた!
キスされてしまった!
初めてのキスだったのに!
頭に酸素が回らなくなり、くらくらと目眩を起こしてしまう。
未だに唇には生温い感触が残っている。
マチルダは真っ赤になった拳をワナワナと震わせた。
初めてのキスがこんな雑多な、しかも娼館の応接室だなんて。
幼い頃から描いてきたキスシーンを台無しにされて、泣き叫びたくて堪らない。
初めてのキスは絵本の王子様のような素敵な紳士と、春の花が咲き乱れる庭園で。お喋りしながら、ふと会話が途切れ、そして、彼と目が合って。
ゆっくりと二人の距離が近づき、そして……。
「良いな、その気の強さ。ゾクゾクくる」
こんな、見てくれだけの不気味な思考の男が相手なんて、有り得ない。
「へ、変態」
「失敬な女だな」
あんまりショックで、とうとうマチルダの目から涙が溢れ出した。ぼろぼろと大粒の雫が落ちていく。
「泣くほどのことか? 」
無神経極まりない。
ますます、マチルダの目から涙が溢れ返る。
「は、初めてのキスなのよ。人生で初めての」
「わ、悪かったな。まさか、そこまで気にするとは」
「酷い! あんまりだわ! 」
「や、やり直すか? 」
「バカ! 最低! 」
容赦ない二発目の拳が、ロイの反対側の頬に入った。
ロイは歯を食い縛り、マチルダの拳を受け止める。
罪悪感があるのか、今度は文句は出なかった。
まるで呪文でも唱えるように、何言かをぶつぶつと口中で繰り返している。
マチルダがロイへの印象を改めたときだた。
不意に顔に影が落ちた。
かと思えば、唇が柔らかい感触に侵される。
あっと上がった声はそのままロイの唇へと飲み込まれた。
頑なに閉ざされていたマチルダの引き結びは、生温かい彼の舌によっていとも簡単に割られてしまう。
まず輪郭を丹念になぞってから、彼はゆっくりと舌先をマチルダの口腔へと差し入れた。まるで甘い菓子を味わうように、ゆっくりと舌が蠢く。歯列一本すら取りこぼさないように丁寧に舐り、奥歯から戻した舌先は、マチルダの舌に生き物のように絡んだ。
初めてのキスのため、息継ぎのタイミングすら掴めない。
彼の舌が動くその些細な隙をついて、息を吸っては吐いてを繰り返すが、追いつかない。
苦しくて苦しくて。喉奥から漏れる苦悶。
彼はそれすら奪おうと、舌先に巻き付いたまま吸い取ろうとする。
手慣れた女性なら、うっとりと瞼を伏せ、彼の唇を堪能するはず。
だが、初心者のマチルダにそのような技術はない。
鼻先すれすれの、美貌の拡大を、まばたきすら忘れてカッと凝視するしかない。
睫毛が長くて、ふさふさだ。手入れに怠りがなく、男性にしては肌が綺麗。
マチルダは息も絶え絶えにロイを評した。
視線を感じたロイが重い睫毛を上げる。
バッチリと目が合って、彼は驚愕そのものに、その黒曜石がまん丸になる。
不意に呼吸が戻った。
唇の戒めが解かれたのだ。
「こういう場合は、普通、目を閉じるものだろ」
照れ臭そうな、呆れたような低音。
「……! 」
別世界へと思考を沈められていたマチルダは、後頭部を鷲掴みにされて、一気に現実へと引き戻された。
「な、何するのよ! 」
骨を砕いたかのような鈍い音が響く。
「痛ってええ! 拳で殴ったな! 」
真後ろに飛び退くや、ロイは片頬を押さえて整った容貌をこの上なく歪めた。
「恋人の振りをするんだ。これくらいは嗜んでおかないと」
「あ、あなたとキスして何の得があるのよ! 」
キスされた!
キスされてしまった!
初めてのキスだったのに!
頭に酸素が回らなくなり、くらくらと目眩を起こしてしまう。
未だに唇には生温い感触が残っている。
マチルダは真っ赤になった拳をワナワナと震わせた。
初めてのキスがこんな雑多な、しかも娼館の応接室だなんて。
幼い頃から描いてきたキスシーンを台無しにされて、泣き叫びたくて堪らない。
初めてのキスは絵本の王子様のような素敵な紳士と、春の花が咲き乱れる庭園で。お喋りしながら、ふと会話が途切れ、そして、彼と目が合って。
ゆっくりと二人の距離が近づき、そして……。
「良いな、その気の強さ。ゾクゾクくる」
こんな、見てくれだけの不気味な思考の男が相手なんて、有り得ない。
「へ、変態」
「失敬な女だな」
あんまりショックで、とうとうマチルダの目から涙が溢れ出した。ぼろぼろと大粒の雫が落ちていく。
「泣くほどのことか? 」
無神経極まりない。
ますます、マチルダの目から涙が溢れ返る。
「は、初めてのキスなのよ。人生で初めての」
「わ、悪かったな。まさか、そこまで気にするとは」
「酷い! あんまりだわ! 」
「や、やり直すか? 」
「バカ! 最低! 」
容赦ない二発目の拳が、ロイの反対側の頬に入った。
ロイは歯を食い縛り、マチルダの拳を受け止める。
罪悪感があるのか、今度は文句は出なかった。
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