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愚かな娘
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「迂闊なことをしたな」
ローレンスの館の主人は、率直に述べた。
「幾ら姉の婚約者といえど、易々と男を自分の寝室に入れるとはな」
漆黒の切れ長の目つきは、今や呆れたように垂れ下がってしまっている。その眼差しは、まさに幼い子供に向ける教育者そのもの。
上から目線の愉し方に、ムッとマチルダは口を尖らせた。
正当な意見であるから、尚更、腹立たしい。
「君は男に対して全く警戒心というものがない」
「いちいち指摘されなくても、わかっております」
「いや。何もわかっていない」
断言される。
「君はまだ理解していないようだな」
「え? 」
不意に頭上に影が出来た。
マチルダの顔に緊張が走ったときには、すでに男に肘を掴まれてしまっていた。
男は上背があるから、上半身を乗り出されたら、まるで覆い被さられているような錯覚さえする。
「は、離して! な、何をなさるの! 」
上下に振れば、あっさりと戒めは解かれた。
触れられた個所がジンジンと熱を持った。男は一切力を入れていないのに。大きくて逞しい手だ。ところどころ、剣だこまで出来ている。物凄い力を隠し持っているのは一目瞭然。ナイフとフォーク以外に重い物など持たない主義のアンサーとは、比べ物にならない。
「私も男なんだよ、マチルダ」
ニコリともせず、大真面目な顔で男は言い切る。
「な、馴れ馴れしくファーストネームで呼ばないで」
ぷいと顔を背けるマチルダ。耳朶まで赤く染まってしまっている。
「やはり、か」
男の目がギラギラと光った。
「君、処女だろう? 」
問いかけではない。明らかな確信を持って放たれた指摘。
「なっ! 」
あまりの不躾さに、マチルダは絶句した。
「図星か」
彼女の反応に答え合わせして、男は顎を撫でながら何やらうんうんと頷いている。
ここで違うと反発したところで、何もかも見透かす男の目から逃れることは出来そうにない。マチルダは悟った。
下手をすれば、卑猥な質問攻めに遭いかねない。
ほんの僅かな時間で、マチルダは男の本性を見抜いていた。
言い返せない悔しさでいっぱいになり、マチルダは太腿の上で拳を作ると、小刻みに震わせる。
それが余計に相手を楽しませているとも知らずに。
「妙だと思ったんだ。どうも奥手過ぎる。私が手を触れだけで、いちいち飛び上がるのだからな」
「べ、別に飛び上がってなど」
「いや、確かだよ。靴先が三センチは浮いていた」
「そ、そんなわけないでしょ! 」
「どうだかな」
男はニタリと唇だけ吊って笑う。
「きゃっ! 」
マチルダの尻がソファから浮いた。
テーブル越しににゅっと伸びた手が、マチルダの右頬に触れたからだ。
「ふうん。それなら、これは」
「ちょっ、やだ」
今度は顎をくすぐられる。
「これは? 」
「きゃあ」
耳の軟骨を指先が這った。
これほどまでに、異性に体を触れさせたことなんてない。
彼の触れた後がじんわりと熱を持っていく。
「か、揶揄うのもいい加減にしてちょうだい」
いつまでも弄ばれてなるものか。
とうとうブチ切れて、マチルダは男の手の甲をぴしゃりと叩いた。
「君の反応を確かめたまでだ」
至極当然のような物言いに、マチルダは最早我慢も限界で、容赦なく男の頬に平手を打ち込んだ。
ローレンスの館の主人は、率直に述べた。
「幾ら姉の婚約者といえど、易々と男を自分の寝室に入れるとはな」
漆黒の切れ長の目つきは、今や呆れたように垂れ下がってしまっている。その眼差しは、まさに幼い子供に向ける教育者そのもの。
上から目線の愉し方に、ムッとマチルダは口を尖らせた。
正当な意見であるから、尚更、腹立たしい。
「君は男に対して全く警戒心というものがない」
「いちいち指摘されなくても、わかっております」
「いや。何もわかっていない」
断言される。
「君はまだ理解していないようだな」
「え? 」
不意に頭上に影が出来た。
マチルダの顔に緊張が走ったときには、すでに男に肘を掴まれてしまっていた。
男は上背があるから、上半身を乗り出されたら、まるで覆い被さられているような錯覚さえする。
「は、離して! な、何をなさるの! 」
上下に振れば、あっさりと戒めは解かれた。
触れられた個所がジンジンと熱を持った。男は一切力を入れていないのに。大きくて逞しい手だ。ところどころ、剣だこまで出来ている。物凄い力を隠し持っているのは一目瞭然。ナイフとフォーク以外に重い物など持たない主義のアンサーとは、比べ物にならない。
「私も男なんだよ、マチルダ」
ニコリともせず、大真面目な顔で男は言い切る。
「な、馴れ馴れしくファーストネームで呼ばないで」
ぷいと顔を背けるマチルダ。耳朶まで赤く染まってしまっている。
「やはり、か」
男の目がギラギラと光った。
「君、処女だろう? 」
問いかけではない。明らかな確信を持って放たれた指摘。
「なっ! 」
あまりの不躾さに、マチルダは絶句した。
「図星か」
彼女の反応に答え合わせして、男は顎を撫でながら何やらうんうんと頷いている。
ここで違うと反発したところで、何もかも見透かす男の目から逃れることは出来そうにない。マチルダは悟った。
下手をすれば、卑猥な質問攻めに遭いかねない。
ほんの僅かな時間で、マチルダは男の本性を見抜いていた。
言い返せない悔しさでいっぱいになり、マチルダは太腿の上で拳を作ると、小刻みに震わせる。
それが余計に相手を楽しませているとも知らずに。
「妙だと思ったんだ。どうも奥手過ぎる。私が手を触れだけで、いちいち飛び上がるのだからな」
「べ、別に飛び上がってなど」
「いや、確かだよ。靴先が三センチは浮いていた」
「そ、そんなわけないでしょ! 」
「どうだかな」
男はニタリと唇だけ吊って笑う。
「きゃっ! 」
マチルダの尻がソファから浮いた。
テーブル越しににゅっと伸びた手が、マチルダの右頬に触れたからだ。
「ふうん。それなら、これは」
「ちょっ、やだ」
今度は顎をくすぐられる。
「これは? 」
「きゃあ」
耳の軟骨を指先が這った。
これほどまでに、異性に体を触れさせたことなんてない。
彼の触れた後がじんわりと熱を持っていく。
「か、揶揄うのもいい加減にしてちょうだい」
いつまでも弄ばれてなるものか。
とうとうブチ切れて、マチルダは男の手の甲をぴしゃりと叩いた。
「君の反応を確かめたまでだ」
至極当然のような物言いに、マチルダは最早我慢も限界で、容赦なく男の頬に平手を打ち込んだ。
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