【完結】華麗なるマチルダの密約

晴 菜葉

文字の大きさ
上 下
3 / 114

屈辱的な会話

しおりを挟む
「で、何でまた気位の高いお嬢様が、男を買いたいんだ? 」
 男はしゃあしゃあと個人的事情に侵出してきた。
 高級娼婦を派遣する娼館「ローレンス」は、守秘義務が徹底されているからこそ、マチルダのような貴族御用達として繁栄しているはず。
 顧客といえば、貴族院の重鎮を始め、王家に直結する血筋の者、裕福な上流貴族、稀に貴婦人と、いづれもおおっぴらに名を明かせない者ばかり。
 彼らは人目を忍んで、王都でも一等地にある白亜の建物に入るのだ。
 花崗岩で造られたその建物は、両脇を太い円柱が支え、その柱には見事な蔦飾りが彫られている。一見すると、何処かの城に迷い込んだのかとさえ思うほど豪奢な造りだ。
 売春宿のイメージがいっぺんに吹き飛ぶくらい、趣味が良い。
 淫らな絵画やいかがわしい彫刻など一切なく、時間配分が徹底されているのか、客や娼婦の姿は見当たらない。さすが、予約した者しか受け付けないだけのことはある。
 入り口をくぐり、館の主人に予め示されていた応接室へと長い廊下を進んでいく。
 言われた通りに中央のドアを開いたら、だらしなく長椅子で眠りこける主人と出会でくわした。
 その時点で回れ右して帰るべきだった。
 流行のダマスク柄の壁紙はモスグリーンで落ち着いており、マホガニー製の家具で占められた室内が娼館らしくなく、むしろ図書室のようにあんまり居心地良さげだったから、つい、足を止めてしまった。
 それに、館の主人がマチルダの知るどの男よりも知的でハンサムだったから。
 この、絵本に登場する騎士と話がしてみたい。
 ほんの少しの欲が、そもそもの間違いだったのだ。
 まあ、掛けてくれ。なんて偉そうに促されるまま、今しがたまで男が寝そべっていた長椅子に腰を下ろした。
 そして男は、一人掛けの方にどかっと座り込んだ。
 マチルダは、数分前の自分の脳天に拳骨を振り下ろしたくて仕方ない。
「ローレンスの評判も見掛け倒しのようね」
 男の質問には答えず、マチルダは率直に述べた。
「何だと? 」
 ひょい、と男の細い眉が上がる。
「だってそうでしょ。個人の私的な事情をずけずけ聞くなんて」
 マチルダお得意の睨みを男に呉れてやる。
 大抵は、マチルダの睨みに怯んで口を噤むのだが。
「特殊な案件だからな。当然のことだ」
 さすが、一癖も二癖もある貴族を相手にしているだけある。男を臆させるどころか、興味深さに余計に火を点けてしまったらしい。漆黒の瞳に輝きが生まれた。
「ローレンスは主に男性が顧客だ。勿論、女性の相手も請け負っているが。そうある話じゃない」
「私が変わり者だと言いたいの? 」
「端的に言えば、そうだ」
 惑うことなく、男は頷く。
 カーッとマチルダの血圧が上昇した。
「し、失敬な! 」
 バン、とテーブルを平手で叩いて立ち上がった。
「話にならないわ! こんな侮辱をされて! 」
 

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】体目的でもいいですか?

ユユ
恋愛
王太子殿下の婚約者候補だったルーナは 冤罪をかけられて断罪された。 顔に火傷を負った狂乱の戦士に 嫁がされることになった。 ルーナは内向的な令嬢だった。 冤罪という声も届かず罪人のように嫁ぎ先へ。 だが、護送中に巨大な熊に襲われ 馬車が暴走。 ルーナは瀕死の重症を負った。 というか一度死んだ。 神の悪戯か、日本で死んだ私がルーナとなって蘇った。 * 作り話です * 完結保証付きです * R18

処理中です...