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悪役令嬢の噂
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アニストン子爵令嬢マチルダといえば、悪役令嬢の異名で世間に名が通っていた。
母親譲りの黄金色の髪は腰で波打ち、琥珀色の瞳はきつく斜めに吊り上がっている。日に焼けるとすぐに赤くなる肌は元から色素が薄く真っ白で、世の女性の平均的な身長より頭一つは飛び抜けた身長が、より彼女の迫力を増幅させている。
「なよなよした男性は、お断りよ」
それが彼女の口癖であり、実際、そうだった。
彼女の睨みで、大概の男は竦み上がる。
「貴族の甘ったれ坊ちゃんなんて、こちらから願い下げだわ」
そもそも、贅沢三昧の貴族の男といえば、若い年寄りに関係なく、贅肉が頬や腹にこれでもかとついてタプタプ揺れて、油まみれの体臭口臭、おまけに足の臭さ、もうそばに近寄って来ただけでゾワゾワと背筋が震える。
百歩譲って容姿に目を瞑れど、そのような輩は自分のことは棚に上げ、背の高い、どちらかといえば美男子寄りのマチルダに対し、妬み嫉みを交えて「可愛くない大女」「悪魔に魂を入れ替えられた娘」だのと、陰で言いたい放題。陰気臭いったらない。
見てくれの良い男といえば、あちらこちらに色目を振り撒き、浮気は貴族の嗜みなどと嘯いて、誰彼構わず口説き散らし、マチルダを憤慨させた。
「女性を馬鹿にするのも大概になさいませ」
ひと睨みで蹴散らせば、悪評は社交界を駆け抜ける。
今や、マチルダに声をかける物好きなどいない。
三十前後の適齢期の男らは、従順で繊細な、小鳥のようにか弱い若い娘に的を絞る。
貴族の娘の適齢期といえば十六から二十三歳。
マチルダは二十歳。その中に充分入るが、社交界デビューから数えて四年。
彼女にダンスを申し込む挑戦者などいない。
「ねえ、マチルダ。この世界では自分を押し殺す生き方しかないのよ」
あくまで己を貫くマチルダを、姉イメルダはやんわりと嗜める。
姉イメルダは、マチルダと何から何まで正反対。
赤みがかった髪は腰のあたりまで真っ直ぐに伸びて、まるで絹糸のようにサラサラと流れている。
琥珀色の瞳はくりくりとガラス球のように丸く大きく、長い睫毛が動くたびに、さらにきらきらと輝きが増した。
マチルダの胸あたりまでしかない身長や、ややふっくらした体型は、ビスクドールのように繊細な雰囲気で、向き合えば壊れ物を扱うかのごとく、つい慎重になってしまう。
「イメルダお姉様は、男の言いなりになるつもり? 」
「言いなりなんて。世の中には尊敬する男性がたくさんいるわ」
「おおっぴらに愛人を連れ回すような男なんて、尊敬に値しないわ」
「そんな方ばかりじゃないわ」
「そうかしら? 」
「まだ、素敵な殿方に出会ってないだけよ」
「この先も出会える気はしないけど」
マチルダと一歳違いの姉は、夢ばかり。現実的な自分とは、真逆の存在。
ジロリと横目で見やれば、世間では彼女が姉をいじめているように映るらしい。
お陰で、姉をいじめる悪役令嬢などと、専らの評判だ。
イメルダが子爵の亡き先妻の娘だということも、つまらない噂に信憑性を与えていた。
別にマチルダは姉をいじめてなどいない。
だが、姉以外にマチルダに近寄る者がいないから、誰も噂を否定してはくれない。だから言いたい放題。好き勝手に噂は広がっていくのみ。
お陰でマチルダはデビューしてから男性からダンスを誘われることはおろか、声すらかけられたことはなく「壁の花」が定位置だった。
母親譲りの黄金色の髪は腰で波打ち、琥珀色の瞳はきつく斜めに吊り上がっている。日に焼けるとすぐに赤くなる肌は元から色素が薄く真っ白で、世の女性の平均的な身長より頭一つは飛び抜けた身長が、より彼女の迫力を増幅させている。
「なよなよした男性は、お断りよ」
それが彼女の口癖であり、実際、そうだった。
彼女の睨みで、大概の男は竦み上がる。
「貴族の甘ったれ坊ちゃんなんて、こちらから願い下げだわ」
そもそも、贅沢三昧の貴族の男といえば、若い年寄りに関係なく、贅肉が頬や腹にこれでもかとついてタプタプ揺れて、油まみれの体臭口臭、おまけに足の臭さ、もうそばに近寄って来ただけでゾワゾワと背筋が震える。
百歩譲って容姿に目を瞑れど、そのような輩は自分のことは棚に上げ、背の高い、どちらかといえば美男子寄りのマチルダに対し、妬み嫉みを交えて「可愛くない大女」「悪魔に魂を入れ替えられた娘」だのと、陰で言いたい放題。陰気臭いったらない。
見てくれの良い男といえば、あちらこちらに色目を振り撒き、浮気は貴族の嗜みなどと嘯いて、誰彼構わず口説き散らし、マチルダを憤慨させた。
「女性を馬鹿にするのも大概になさいませ」
ひと睨みで蹴散らせば、悪評は社交界を駆け抜ける。
今や、マチルダに声をかける物好きなどいない。
三十前後の適齢期の男らは、従順で繊細な、小鳥のようにか弱い若い娘に的を絞る。
貴族の娘の適齢期といえば十六から二十三歳。
マチルダは二十歳。その中に充分入るが、社交界デビューから数えて四年。
彼女にダンスを申し込む挑戦者などいない。
「ねえ、マチルダ。この世界では自分を押し殺す生き方しかないのよ」
あくまで己を貫くマチルダを、姉イメルダはやんわりと嗜める。
姉イメルダは、マチルダと何から何まで正反対。
赤みがかった髪は腰のあたりまで真っ直ぐに伸びて、まるで絹糸のようにサラサラと流れている。
琥珀色の瞳はくりくりとガラス球のように丸く大きく、長い睫毛が動くたびに、さらにきらきらと輝きが増した。
マチルダの胸あたりまでしかない身長や、ややふっくらした体型は、ビスクドールのように繊細な雰囲気で、向き合えば壊れ物を扱うかのごとく、つい慎重になってしまう。
「イメルダお姉様は、男の言いなりになるつもり? 」
「言いなりなんて。世の中には尊敬する男性がたくさんいるわ」
「おおっぴらに愛人を連れ回すような男なんて、尊敬に値しないわ」
「そんな方ばかりじゃないわ」
「そうかしら? 」
「まだ、素敵な殿方に出会ってないだけよ」
「この先も出会える気はしないけど」
マチルダと一歳違いの姉は、夢ばかり。現実的な自分とは、真逆の存在。
ジロリと横目で見やれば、世間では彼女が姉をいじめているように映るらしい。
お陰で、姉をいじめる悪役令嬢などと、専らの評判だ。
イメルダが子爵の亡き先妻の娘だということも、つまらない噂に信憑性を与えていた。
別にマチルダは姉をいじめてなどいない。
だが、姉以外にマチルダに近寄る者がいないから、誰も噂を否定してはくれない。だから言いたい放題。好き勝手に噂は広がっていくのみ。
お陰でマチルダはデビューしてから男性からダンスを誘われることはおろか、声すらかけられたことはなく「壁の花」が定位置だった。
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