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第三の男

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「レイラ・オースティンだな」


 不意に第三の声が割って入った。
 漆黒のローブを纏い、フードを鼻の下まで深く被っているため顔は良く見えない。かろうじて覗く喉仏から男だとはわかるが、若いのか年をとっているのか判別しない。
 背はザカリスとほぼ同じくらい。この国の平均身長より十五センチほど高い。痩せているのかは、だぼつく布地のせいでわからない。
 風のように耳をすり抜けた声は、若々しく思えたが。
「な、何よ! あんたは! 」
 不意打ちの邪魔者に、レイラは激しく警戒心を露わにし、犬歯を剥く。
「お前に生きていられたら困るものだ」
 淡々とローブの男は答えた。
「ケロッグと共に葬ってやるつもりだったが」
 男はリリアーナには一切目を呉ず、スタスタと靴音も立てずにレイラへと歩み寄った。
 まさに空気が動く感じ。
 無駄な動作がない。
 それはまさに、巧みに糸で操られたマリオネットのよう。
「丁度良い。新薬の検体にしてやろう」
 男はやや腰を屈め、レイラの顎を指先で摘んだ。
 細工職人のようにスッと細長い指だ。
「な、何よ! あんたは! は、離しなさい! 」
 レイラは男の指を解こうと、彼の手首を掴んだが、相手はレイラを遥かに凌ぎ、なかなか振り払えないようだ。
「わ、私を誰だと思っているの! 」
 首を左右に振り、怒りで目を尖らせ、ヒステリックに叫ぶ。
「ケロッグ商会の社長の愛人だった女だ」
 淡々と男は答える。
「今ではただの厚かましい淫乱女」
 さらに付け加えた後、薄く引かれた唇がくっと斜めに吊り上がった。
「何ですって! 」
 レイラの顔が怒りで真っ赤に膨れた。
「ケロッグがしくじりやがった」
 ぎくり、とレイラは抵抗をやめた。
「ケロッグと共に薬を流していたお前も同罪だ」
 リリアーナは置いてけぼりだ。
 レイラから虐げられていたが、今や目の前ではすっかり立場が変わって、レイラが責めを受けている。
「は、離して! あんな豚野郎、私には関係ないわ! 」
「散々、あの豚の甘い汁を吸っていたくせに。酷い言い草だな」
「無礼よ! 離しなさい! 」
 元々、レイラも女性の平均値よりも力はある。
 手首を掴まれても何のこれしきと、前後左右に闇雲に動かして、戒めを解こうとする。
 男は小さく舌打ちし、さらに皮膚に指を食い込ませる。
 揉み合いが始まる。
 レイラは体を退き、男が前のめりになった。
 ふと、男のローブがはだけ、金の円形の飾りのついたペンダントがふわりと揺れた。
 男は慌ててローブの内側にそれを仕舞い込んだ。
 ほんの一瞬だったものの、レイラはそれを瞳に焼き付けた。
 薔薇を図案化した紋章は有名だ。
 この国の者なら、知らない者はいない。
「そ、その紋章は……アンドレア侯爵家の……」
 男の目がローブから覗いた。
 濃紺の昏い眼差し。
 彼は静かながら沸々と高温で燃える炎のように怒っている。
 リリアーナは、黒いローブから燻る不気味な炎を錯覚した。
「ますます、お前は生かしてはおけないな」
「あ、あなたは……侯爵の落とし胤とかいう……」
「それ以上口にすると、その喉笛を掻き切るぞ」
 男は容赦なくレイラの首を掴むや、上方へと持ち上げた。
 片手で軽々と女一人の体を宙に浮かせる。ヒールの先が浮いた。
 酸素が取り込めず、赤からやがて白へと、レイラの顔色が変化していく。
 苦しそうに喉を掻きむしるが、拘束が解かれることはない。
「こんなことで命を奪うのは惜しいな」
 背筋がゾッとするくらい冷たい響き。
 男はパッと手を広げた。
 がくん、とレイラの体が下がる。
 どすん、と地響きをさせ尻餅をついた。
 振動で室内の家具が数センチ位置をずらすほどの衝撃だった。
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