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猫の牙

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 檜の葉がガサガサと風に揺れた。
 折り重なるように生育した木々は、鬱蒼とした森を作り上げる。
 手入れのなされていない木は枝葉を伸ばし放題で、太陽の光を遮り、雨の後の地面はぬかるみのままだ。
 そんな森を背に、こじんまりした別荘がある。
 ヒバの木で作られた切妻屋根の平屋建て。庶民が貴族の真似事で別荘を作ったような、貧相な外観だ。
「この屋敷は虫が凄いし、草はすぐに伸び放題。裏の森の木々が邪魔をして、日はあまり差さないし。はっきり言って、持て余していたのよね」
 別荘が欲しいと我儘を言えど、求めていたのは貴族の屋敷を模したものだ。ブライス伯爵邸とまではいかずとも、貧乏子爵家の何某くらいの広さは欲しい。
 だが、ケロッグはケチだ。
 飼い猫を放任はしても、金銭のかかる真似はしない。ケチ臭い豚、とレイラは吐き捨てた。
「せっかくだから、あんたごと焼き尽くしてやるわ」
 いっそのこと焼き尽くして、新しい屋敷を構えた方がマシ。
 レイラは邪魔な女ごと燃やすつもりだ。
 後ろ手に縄で縛られたリリアーナは、背中をどんと突き飛ばされ、別荘の中へ。
 もう随分長いこと使われていないのか、家具やランプは埃が積もっている。
 欅で作られたテーブルセット、クローゼット、三段の引き出し箪笥。部屋の隅には申し訳程度のシングルベッド。クッションすらない二人掛けの板張りソファ。
 夜通し仕事をした木こりが仕方なしに泊まるような内装だ。
「後のことは任せなさい。ザカリス様は、私がたっぷり愛情を持って引き受けるから」
 勢い余って床に倒れ込めば、仁王立ちで見下ろすレイラの視線をくらう。
「ふ、ふざけないで! ザカリス様はあなたのことなんて、これっぽっちも想ってはいないわ! 」
「うるさい! 小娘が! 」
「きゃあ! 」
 背中を蹴り上げられ、リリアーナは悲鳴を上げた。
「あんたなんか、一時の気の迷いよ! 」
 絶対に痣が出来ている。
 痛みに顔をしかめつつ、リリアーナはこれだけは言わねばと声を張り上げた。
「ザカリス様はこのリリアーナを好いてくださっているの! はっきり、愛してると仰ったわ! 」
 たとえ、かつてレイラへと気が向いたとしても。
 現在、愛の言葉を口にする相手はリリアーナ・ラーナだ。
 リリアーナはそれを主張した。
「きゃあ! 」
 またしても背中を蹴られた。手加減など一切なく。これで痣は背中に二つ。
 負けるもんか。
 リリアーナは涙を溜めつつ、奥歯を噛んで耐えた。
 レイラはリリアーナを見下し、鼻を鳴らす。
「ザカリス様は未だに私を想っているわ」
 レイラはまだ固執している。
「そんなの妄想よ! 」
「黙りなさい! 」
 レイラは牙を剥いた。
 毛染めしていない赤茶色の地毛が、静電気でびりびりと震え、尖った。




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