61 / 71
制裁の弾丸
しおりを挟む
「もう猫はここには戻らん」
ケロッグは、不恰好に伸びた口髭をもごもごさせた。
「猫だけではない。多くの猫も、明日には野良だ」
諦めにも似た話し方。
社交界でも話題になる精力的な姿はどこにもない。まるで地獄へと堕とされ、途方に暮れる頼りなさ。
「どういうことだ? 」
彼が何を含ませているのかわからない。ザカリスは注意深くケロッグを観察する。
「お前が告げ口したのだろう? 」
ケロッグはたるんだ頬肉を僅かに揺らした。
「何がだ? 」
「わしはもう終わりだ」
ザカリスの問いかけには答えず、ケロッグは項垂れて両手で顔を覆った。最早、一介の老人だ。
「違法薬物の流通。何故か情報が警察に入っていて、警察署長から明日には直々の取り調べがある」
警察、の単語にザカリスの脳にはすぐさまロイの顔が浮かんだ。
あの男の根回しの良さには舌を巻く。
リリアーナはロイのお気に入りの子うさぎだ。彼女の窮地を知って、何もしないはずがない。
さすがは海運業を営み、荒くれ者らを相手にするだけあって、裏の情報にも精通する男だ。
つくづく自分は運が良い。あの男と友人であって。ザカリスは、その運を無駄にしないよう奮起する。
「もう終わりだ。わしは終わりだ」
ケロッグは啜り泣いた。
「違法薬物だと? まさか、今、王都で出回っているとかいう、あれか」
小瓶一つで廃人になるほどの媚薬が、近頃、王都に出回っている。三口含めば、どんな淑女でもたちまち娼婦になるとかいう効き目だ。それを使っての貴婦人への強姦が問題視され、ついに王宮が動いたらしい。
「密告者はお前ではなかったのか」
ザカリスの言動から、ケロッグは拍子抜けして顔を上げた。たるんだ皺には汗と涙が入り込んでいる。
「まさかお前が薬物を流していた元締めとは」
「わしが元締めだと? 」
ケロッグは鼻で笑う。
「わしなんて、末端の末端だ。黒幕が誰かなど、わしにさえわからん」
のろのろと立ち上がるなり、ケロッグは再び玉座紛いの椅子に座り直す。
所詮は紛い物。
幾ら財産を手にしようと、ケロッグとて、誰かの操り人形でしかない。
「わしは命じられるまま、薬を流していただけだ」
言い訳がましいケロッグに、ザカリスは冷たい視線を送る。
「わしは近いうちに逮捕され、裁判にかけられるだろう」
もし裁判にかけられたなら、芋蔓式に続々と悪事が明るみになるのは確か。表に出てはまずい人物もいるだろう。そうなれば、ケロッグに生きていられたら困ることになる。
「連中はわしの死を望んでいる」
ケロッグは呻いて、カーテンの引かれた窓をチラリと見た。
「見ろ。その窓を」
ケロッグの視線の先まで歩いたザカリスは、黙ってカーテンを開けた。
窓ガラスには、銃弾が貫通し、放射線状にひび割れしていた。
「警告だ。自ら死を選ぶか、あるいは」
「最後に聞く。レイラの行方は? 」
ザカリスはケロッグの声を遮り、早口で問いかける。
「以前、わしが買ってやった別荘がある」
ケロッグは掠れた弱々しさで答える。
「どこだ」
「西の果てだ。隣国との境。かつて『眠りの森』と呼ばれてていた森の裏手だ」
ザカリスは聞き終わらないうちにケロッグに背を向けるとドアへと向かった。
最早、一刻を争う。
「お、おい! 助けてくれ! 」
ケロッグは椅子から尻を浮かせると、焦って手を伸ばす。
「このままでは、わしは口封じで殺されてしまう! 」
おそらく、この男は近いうちに運河の魚の餌となっているだろう。
たかだか男爵が介入出来る話ではない。
「レイラの行方を話したのだ! だから助けてくれ! 」
形振り構わず懇願するケロッグに、ザカリスは冷え切った眼差ししか送らない。
「自業自得だ。せいぜい、その日まで神に懺悔しておけ」
私腹を肥やそうと見誤った結果だ。
ザカリスはそう遠くないうちの新聞記事を想像し、鼻を鳴らした。
ケロッグは、不恰好に伸びた口髭をもごもごさせた。
「猫だけではない。多くの猫も、明日には野良だ」
諦めにも似た話し方。
社交界でも話題になる精力的な姿はどこにもない。まるで地獄へと堕とされ、途方に暮れる頼りなさ。
「どういうことだ? 」
彼が何を含ませているのかわからない。ザカリスは注意深くケロッグを観察する。
「お前が告げ口したのだろう? 」
ケロッグはたるんだ頬肉を僅かに揺らした。
「何がだ? 」
「わしはもう終わりだ」
ザカリスの問いかけには答えず、ケロッグは項垂れて両手で顔を覆った。最早、一介の老人だ。
「違法薬物の流通。何故か情報が警察に入っていて、警察署長から明日には直々の取り調べがある」
警察、の単語にザカリスの脳にはすぐさまロイの顔が浮かんだ。
あの男の根回しの良さには舌を巻く。
リリアーナはロイのお気に入りの子うさぎだ。彼女の窮地を知って、何もしないはずがない。
さすがは海運業を営み、荒くれ者らを相手にするだけあって、裏の情報にも精通する男だ。
つくづく自分は運が良い。あの男と友人であって。ザカリスは、その運を無駄にしないよう奮起する。
「もう終わりだ。わしは終わりだ」
ケロッグは啜り泣いた。
「違法薬物だと? まさか、今、王都で出回っているとかいう、あれか」
小瓶一つで廃人になるほどの媚薬が、近頃、王都に出回っている。三口含めば、どんな淑女でもたちまち娼婦になるとかいう効き目だ。それを使っての貴婦人への強姦が問題視され、ついに王宮が動いたらしい。
「密告者はお前ではなかったのか」
ザカリスの言動から、ケロッグは拍子抜けして顔を上げた。たるんだ皺には汗と涙が入り込んでいる。
「まさかお前が薬物を流していた元締めとは」
「わしが元締めだと? 」
ケロッグは鼻で笑う。
「わしなんて、末端の末端だ。黒幕が誰かなど、わしにさえわからん」
のろのろと立ち上がるなり、ケロッグは再び玉座紛いの椅子に座り直す。
所詮は紛い物。
幾ら財産を手にしようと、ケロッグとて、誰かの操り人形でしかない。
「わしは命じられるまま、薬を流していただけだ」
言い訳がましいケロッグに、ザカリスは冷たい視線を送る。
「わしは近いうちに逮捕され、裁判にかけられるだろう」
もし裁判にかけられたなら、芋蔓式に続々と悪事が明るみになるのは確か。表に出てはまずい人物もいるだろう。そうなれば、ケロッグに生きていられたら困ることになる。
「連中はわしの死を望んでいる」
ケロッグは呻いて、カーテンの引かれた窓をチラリと見た。
「見ろ。その窓を」
ケロッグの視線の先まで歩いたザカリスは、黙ってカーテンを開けた。
窓ガラスには、銃弾が貫通し、放射線状にひび割れしていた。
「警告だ。自ら死を選ぶか、あるいは」
「最後に聞く。レイラの行方は? 」
ザカリスはケロッグの声を遮り、早口で問いかける。
「以前、わしが買ってやった別荘がある」
ケロッグは掠れた弱々しさで答える。
「どこだ」
「西の果てだ。隣国との境。かつて『眠りの森』と呼ばれてていた森の裏手だ」
ザカリスは聞き終わらないうちにケロッグに背を向けるとドアへと向かった。
最早、一刻を争う。
「お、おい! 助けてくれ! 」
ケロッグは椅子から尻を浮かせると、焦って手を伸ばす。
「このままでは、わしは口封じで殺されてしまう! 」
おそらく、この男は近いうちに運河の魚の餌となっているだろう。
たかだか男爵が介入出来る話ではない。
「レイラの行方を話したのだ! だから助けてくれ! 」
形振り構わず懇願するケロッグに、ザカリスは冷え切った眼差ししか送らない。
「自業自得だ。せいぜい、その日まで神に懺悔しておけ」
私腹を肥やそうと見誤った結果だ。
ザカリスはそう遠くないうちの新聞記事を想像し、鼻を鳴らした。
57
お気に入りに追加
308
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】悪役令嬢の反撃の日々
くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる