【完結】死に戻り令嬢リリアーナ・ラーナの恋愛騒動記

晴 菜葉

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制裁の弾丸

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「もうル・シャットはここには戻らん」
 ケロッグは、不恰好に伸びた口髭をもごもごさせた。
ル・シャットだけではない。多くの猫も、明日には野良だ」
 諦めにも似た話し方。
 社交界でも話題になる精力的な姿はどこにもない。まるで地獄へと堕とされ、途方に暮れる頼りなさ。
「どういうことだ? 」
 彼が何を含ませているのかわからない。ザカリスは注意深くケロッグを観察する。
「お前が告げ口したのだろう? 」
 ケロッグはたるんだ頬肉を僅かに揺らした。
「何がだ? 」
「わしはもう終わりだ」
 ザカリスの問いかけには答えず、ケロッグは項垂れて両手で顔を覆った。最早、一介の老人だ。
「違法薬物の流通。何故か情報が警察に入っていて、警察署長から明日には直々の取り調べがある」
 警察、の単語にザカリスの脳にはすぐさまロイの顔が浮かんだ。
 あの男の根回しの良さには舌を巻く。
 リリアーナはロイのお気に入りの子うさぎラプローだ。彼女の窮地を知って、何もしないはずがない。
 さすがは海運業を営み、荒くれ者らを相手にするだけあって、裏の情報にも精通する男だ。
 つくづく自分は運が良い。あの男と友人であって。ザカリスは、その運を無駄にしないよう奮起する。
「もう終わりだ。わしは終わりだ」
 ケロッグは啜り泣いた。
「違法薬物だと? まさか、今、王都で出回っているとかいう、あれか」
 小瓶一つで廃人になるほどの媚薬が、近頃、王都に出回っている。三口含めば、どんな淑女でもたちまち娼婦になるとかいう効き目だ。それを使っての貴婦人への強姦が問題視され、ついに王宮が動いたらしい。
「密告者はお前ではなかったのか」
 ザカリスの言動から、ケロッグは拍子抜けして顔を上げた。たるんだ皺には汗と涙が入り込んでいる。
「まさかお前が薬物を流していた元締めとは」
「わしが元締めだと? 」
 ケロッグは鼻で笑う。
「わしなんて、末端の末端だ。黒幕が誰かなど、わしにさえわからん」
 のろのろと立ち上がるなり、ケロッグは再び玉座紛いの椅子に座り直す。
 所詮は紛い物。
 幾ら財産を手にしようと、ケロッグとて、誰かの操り人形でしかない。
「わしは命じられるまま、薬を流していただけだ」
 言い訳がましいケロッグに、ザカリスは冷たい視線を送る。
「わしは近いうちに逮捕され、裁判にかけられるだろう」
 もし裁判にかけられたなら、芋蔓式に続々と悪事が明るみになるのは確か。表に出てはまずい人物もいるだろう。そうなれば、ケロッグに生きていられたら困ることになる。
「連中はわしの死を望んでいる」
 ケロッグは呻いて、カーテンの引かれた窓をチラリと見た。
「見ろ。その窓を」
 ケロッグの視線の先まで歩いたザカリスは、黙ってカーテンを開けた。
 窓ガラスには、銃弾が貫通し、放射線状にひび割れしていた。
「警告だ。自ら死を選ぶか、あるいは」
「最後に聞く。レイラの行方は? 」
 ザカリスはケロッグの声を遮り、早口で問いかける。
「以前、わしが買ってやった別荘がある」
 ケロッグは掠れた弱々しさで答える。
「どこだ」
「西の果てだ。隣国との境。かつて『眠りの森』と呼ばれてていた森の裏手だ」
 ザカリスは聞き終わらないうちにケロッグに背を向けるとドアへと向かった。
 最早、一刻を争う。
「お、おい! 助けてくれ! 」
 ケロッグは椅子から尻を浮かせると、焦って手を伸ばす。
「このままでは、わしは口封じで殺されてしまう! 」
 おそらく、この男は近いうちに運河の魚の餌となっているだろう。
 たかだか男爵が介入出来る話ではない。
「レイラの行方を話したのだ! だから助けてくれ! 」
 形振なりふり構わず懇願するケロッグに、ザカリスは冷え切った眼差ししか送らない。
「自業自得だ。せいぜい、その日まで神に懺悔しておけ」
 私腹を肥やそうと見誤った結果だ。
 ザカリスはそう遠くないうちの新聞記事を想像し、鼻を鳴らした。
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