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猫の飼い主

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 貧しい養豚屋を親から引き継いだケロッグは、それはもう死に物狂いで働き、時には悪事にも手を染めて、一代で財を成した。
 その男の仕事に対する力は性欲に比例して、六十の坂を越えても愛人を数人抱え、毎晩、楽しんでいると専ら評判だ。
 その愛人の中でも特にレイラ・オースティンはル・シャットと呼んで可愛がっているらしい。
 ゴールデン・ケロッグは王都の西側に位置する新興住宅地に住んでいる。下流貴族の屋敷の半分くらいの敷地ではあるが、王宮に程近いと、新興の成金らがこぞって買い漁った土地。ケロッグもその内の一人だ。
 化粧漆喰仕上げの家々が並ぶ中で、一際どぎつい赤々とした家。造りは他と変わらないのに。控え目なようでいて、その実体は激しい。まさに彼の性格を主張しているようだ。
「ロイ。後は俺が何とかする」
 玄関先で、ザカリスはロイにつげた。
「お前も厄介事が解決していないんだろ? 」
「だが」
「新婚早々、マチルダ夫人を悲しませるな」
 どことなくロイの顔つきが険しく、カマをかければやはりだ。
 ザカリスに見抜かれ、ロイは肩で息をついた。
「わかった。無茶はするなよ、ロナルド」
「お前もな」
 互いに神妙に頷き合う。
 万が一があって、パートナーを悲しませるつもりはない。
 ふと、ロイが内ポケットに手を入れた。
「忘れるところだった。ロズフェルの頑固者からの預かり物だ」
 言って、青いベルベット地の小箱を差し出してきた。
「もう仕上がったのか? 」
 それは、王都でも名の知れた宝飾細工工が手がけた品。三十手前でありながら、彼の腕は侯爵夫人お墨付きで、今、最も予約の取れない職人だ。
「不器用な男の一世一代の案件が関わっているからな。急いでも細工は一級。しくじるなとの伝言だ」
「ありがたく言葉を頂戴する」
 ようやくザカリスは、リリアーナが失踪して以来忘れていた笑顔を覗かせた。


 どんどんどんどん、と脇目も振らず玄関ドアを殴りつけていると、家令が戸惑いながら鍵を開けた。
「おい! ケロッグを出せ! 」
 ザカリスは家令を押し退けるように中へと入る。
 趣味な悪い玄関だ。
 ザカリスは眉間の皺ん深めた。
 狐や猿、雉、狼、トナカイといった剥製を置くために広くとられた玄関。壁にはハンティングトロフィーと言う鹿や猪の首だけの剥製が一面に並んでいる。
 ガラス玉の不気味な目で一斉に睨みつけられているようで、ザカリスは思わず顔を背けてしまった。
「お、お待ちください」
 貧弱そうな白くてガリガリに痩せた家令が、何とかザカリスを玄関の外へ出そうとする。
 しかし、体格差は歴然だ。ザカリスはいよいよ家令を押し退けると、ずんずんと中へと入った。
「やつに話がある。どこだ」
「申し訳ございません。ただいま、留守に」
「答えろ! どこだ! 」
 声を張り上げたザカリスに、ビクッと家令が飛び上がった。
「明日、お前の顔を肉屋の棚に並ばせるつもりか? 」
 下衆な脅し文句だが、家令には効いた。
「しょ、書斎に」
 たちまち、おとなしくなる家令。
 ザカリスは鼻で笑った。
 バカバカしい脅しなんて、寄宿学校で上級生から売られた喧嘩を買って以来だ。
 偏った栄養ばかり摂ってろくに運動もしない上級生に、鍛えた自分が負けるわけがない。腕っぷしはロイの方がザカリスより上だが、ロイは手加減というものを知っている。その点、ザカリスは狂犬そのもの。一度我を忘れたら、ロイでさえ押さえられないくらいに暴れ狂う。振られて我を失くしたロイがテーブルを壊したが、もしザカリスならテーブルどころでは済まない。
 ケロッグの返答次第では、肉屋でさえ嫌がるほど肉塊になるまで滅茶苦茶に殴りつけてやる確信があった。
 
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