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舞い降りた天使
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「ちょっと。ちょっと。黙って聞いていたら。こんなところで人生が終わるような会話をしないで」
しんみりとした空気が、いきなり尖ったハスキーな声に消し飛ばされた。
空耳などではない。
溌剌とした、聞き覚えのある声。
それは、こんな場所には決していないはずの声。
ザカリスは、「あ」とか「う」とか、声にすらならない響きを喉奥でくぐもらせている。余程、驚いているようだ。
リリアーナの閉じていた目が、これでもかと落ちてしまいそうなくらいカッと見開いた。
そこにいたのは、天使だ。
気の強そうな、ザカリスに面差しのよく似た天使。
天使は生意気そうに口元をムズムズさせ、ぷうっ、と頬を膨らませた。
「ユリアン? 」
リリアーナは天使の名を口にする。
真っ白の細身のシンプルなドレスを纏ったユリアンが、腰に手を当てて仁王立ちになっていた。
背後で燃え盛る炎が、彼女から吹き出したのかと錯覚するほど、この場の景色に違和感なく一体化している。
普段、彼女が好んで着るデザインのドレスではない。
ユリアンはレースやリボンに繊細な模様を織り込んだものを好む。
しかし今、彼女が身につけているのは、飾り一つない無地のドレス。
それはどことなく死装束を連想させた。
「ユリアン? あなたは、一体? 」
何故、彼女がここにいるのか?
いつからいたのか?
そもそもどうやって、火事の最中の別荘に入ったのか。
馬のいななきも、御者の慌てた声すら聞こえない。
馬車は?
火の粉を被っているのに、顔色一つ変えない。
ぐるぐると疑問が回転するリリアーナ。
「愚図愚図している場合じゃないでしょ。早くここを出なくちゃ」
呑気に悶々とするリリアーナを、ユリアンが叱り飛ばす。
「だ、駄目なの。出入り口が塞がって」
すでに火の手がドアを塞いでいた。
「ザカリス様の脚が」
彼の脚は血が通わず、膨れている。もし今、負荷を避けたとしても、逆に一気に血が流れてショックを起こしてしまう。
もう、逃げる手立てはない。
「しょうがないわね」
ユリアンは腰を屈めると、片手でひょいと天板を箪笥ごと持ち上げた。
リリアーナがあれほど両手を使ってうんうん唸っても、びくともしなかったのに。
「ユリアン! 火傷するわ! 」
「平気よ。私には神様のご加護があるから」
ユリアンはにっこり笑う。
「ザカリス様の脚が! 」
「大丈夫。神のご加護よ」
一気に血が巡る弊害を、ユリアンはたった一言で片付けた。
実際に、ザカリスはショックなど起こさず、むしろ足は羽根のように軽やかに動いた。
しんみりとした空気が、いきなり尖ったハスキーな声に消し飛ばされた。
空耳などではない。
溌剌とした、聞き覚えのある声。
それは、こんな場所には決していないはずの声。
ザカリスは、「あ」とか「う」とか、声にすらならない響きを喉奥でくぐもらせている。余程、驚いているようだ。
リリアーナの閉じていた目が、これでもかと落ちてしまいそうなくらいカッと見開いた。
そこにいたのは、天使だ。
気の強そうな、ザカリスに面差しのよく似た天使。
天使は生意気そうに口元をムズムズさせ、ぷうっ、と頬を膨らませた。
「ユリアン? 」
リリアーナは天使の名を口にする。
真っ白の細身のシンプルなドレスを纏ったユリアンが、腰に手を当てて仁王立ちになっていた。
背後で燃え盛る炎が、彼女から吹き出したのかと錯覚するほど、この場の景色に違和感なく一体化している。
普段、彼女が好んで着るデザインのドレスではない。
ユリアンはレースやリボンに繊細な模様を織り込んだものを好む。
しかし今、彼女が身につけているのは、飾り一つない無地のドレス。
それはどことなく死装束を連想させた。
「ユリアン? あなたは、一体? 」
何故、彼女がここにいるのか?
いつからいたのか?
そもそもどうやって、火事の最中の別荘に入ったのか。
馬のいななきも、御者の慌てた声すら聞こえない。
馬車は?
火の粉を被っているのに、顔色一つ変えない。
ぐるぐると疑問が回転するリリアーナ。
「愚図愚図している場合じゃないでしょ。早くここを出なくちゃ」
呑気に悶々とするリリアーナを、ユリアンが叱り飛ばす。
「だ、駄目なの。出入り口が塞がって」
すでに火の手がドアを塞いでいた。
「ザカリス様の脚が」
彼の脚は血が通わず、膨れている。もし今、負荷を避けたとしても、逆に一気に血が流れてショックを起こしてしまう。
もう、逃げる手立てはない。
「しょうがないわね」
ユリアンは腰を屈めると、片手でひょいと天板を箪笥ごと持ち上げた。
リリアーナがあれほど両手を使ってうんうん唸っても、びくともしなかったのに。
「ユリアン! 火傷するわ! 」
「平気よ。私には神様のご加護があるから」
ユリアンはにっこり笑う。
「ザカリス様の脚が! 」
「大丈夫。神のご加護よ」
一気に血が巡る弊害を、ユリアンはたった一言で片付けた。
実際に、ザカリスはショックなど起こさず、むしろ足は羽根のように軽やかに動いた。
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