【完結】死に戻り令嬢リリアーナ・ラーナの恋愛騒動記

晴 菜葉

文字の大きさ
上 下
69 / 71

舞い降りた天使

しおりを挟む
「ちょっと。ちょっと。黙って聞いていたら。こんなところで人生が終わるような会話をしないで」
 しんみりとした空気が、いきなり尖ったハスキーな声に消し飛ばされた。
 空耳などではない。
 溌剌とした、聞き覚えのある声。
 それは、こんな場所には決していないはずの声。
 ザカリスは、「あ」とか「う」とか、声にすらならない響きを喉奥でくぐもらせている。余程、驚いているようだ。
 リリアーナの閉じていた目が、これでもかと落ちてしまいそうなくらいカッと見開いた。



 そこにいたのは、天使だ。
 気の強そうな、ザカリスに面差しのよく似た天使。
 天使は生意気そうに口元をムズムズさせ、ぷうっ、と頬を膨らませた。


「ユリアン? 」


 リリアーナは天使の名を口にする。
 真っ白の細身のシンプルなドレスを纏ったユリアンが、腰に手を当てて仁王立ちになっていた。
 背後で燃え盛る炎が、彼女から吹き出したのかと錯覚するほど、この場の景色に違和感なく一体化している。
 普段、彼女が好んで着るデザインのドレスではない。
 ユリアンはレースやリボンに繊細な模様を織り込んだものを好む。
 しかし今、彼女が身につけているのは、飾り一つない無地のドレス。
 それはどことなく死装束を連想させた。
「ユリアン? あなたは、一体? 」
 何故、彼女がここにいるのか?
 いつからいたのか? 
 そもそもどうやって、火事の最中の別荘に入ったのか。
 馬のいななきも、御者の慌てた声すら聞こえない。
 馬車は? 
 火の粉を被っているのに、顔色一つ変えない。
 ぐるぐると疑問が回転するリリアーナ。
「愚図愚図している場合じゃないでしょ。早くここを出なくちゃ」
 呑気に悶々とするリリアーナを、ユリアンが叱り飛ばす。
「だ、駄目なの。出入り口が塞がって」
 すでに火の手がドアを塞いでいた。
「ザカリス様の脚が」
 彼の脚は血が通わず、膨れている。もし今、負荷を避けたとしても、逆に一気に血が流れてショックを起こしてしまう。
 もう、逃げる手立てはない。
「しょうがないわね」
 ユリアンは腰を屈めると、片手でひょいと天板を箪笥ごと持ち上げた。
 リリアーナがあれほど両手を使ってうんうん唸っても、びくともしなかったのに。
「ユリアン! 火傷するわ! 」
「平気よ。私には神様のご加護があるから」
 ユリアンはにっこり笑う。
「ザカリス様の脚が! 」
「大丈夫。神のご加護よ」
 一気に血が巡る弊害を、ユリアンはたった一言で片付けた。
 実際に、ザカリスはショックなど起こさず、むしろ足は羽根のように軽やかに動いた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...