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外れた道
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かたかたかたかた、と小刻みに体が揺れている。
うっすら目を開けたリリアーナは、ここが伯爵邸の特別室ではないことがわかった。
馬車の中だ。
貴族が所有する豪奢な内装ではない。座席は硬く、クッションも綿が詰まっておらず、ぺらぺらに薄っぺらい。狭くて窮屈極まりなく、御者の腕も悪く、ちょっとした小石を噛んでは車輪が大きく跳ねて、しょっちゅうガタガタしている。
内装といい、御者の馬の扱い方といい、値段の安い貸馬車だ。
リリアーナは貸馬車によって、どこかへ運ばれている。
「リリアーナ・ラーナ」
向かいに座っていたのは、メイドだ。
「どれほど美しい女かと思えば。全然、子供じゃないの」
ハスキーな喉奥からの笑い。
「先日のプレゼントはお気に召して? 」
プレゼント?
リリアーナは怪訝に眉を寄せた。
「あ、あなたは? 」
「ああ、そうだったわね。まだ自己紹介がまだだったわ」
メイドは、さも今気がついたように、ツンとした目を向ける。
青い目が細くなった。
「レイラ・オースティン」
リリアーナの頭に稲妻が落ちた。
レイラ・オースティン。
忘れもしないその名前。
死に戻ってから、初めて会うレイラ。
彼女が今、リリアーナの目の前にいる。
「や、やっぱり、あなただったのね! 」
プレゼントが何を示しているのか、リリアーナは即座に理解した。
飼い猫同然だった三毛の、凄惨な姿。
あれは、彼女の仕業だ。
「あら。大方の予想はついていたのね? ああ、そう。ケロッグ様が口を滑らせたのかしら」
三毛猫の死にも、ケロッグが噛んでいた。
ケロッグは愛人の悪業を咎めるどころか、加担していたなんて。
狂っている。
リリアーナは怒りで真っ赤になり、膝の上で握り込んだ拳がぶるぶる震わせた。
同時に己の状況を理解する。
バスローブ姿のまま、拉致されてしまった。
メイドは、レイラの素顔だ。
濃い化粧の下に別人のような顔を潜めていたなんて。
またもや、がくんと車体が跳ねる。
リリアーナは、バスローブの合わせがずれないよう手で必死に押さえた。
が、布地からは小さな乳房がちらちらと覗く。
レイラは一瞥し、ふんと鼻を鳴らした。
「体だって、私の方がずっと色気があるのに。ザカリス様は夢中で私の乳房に顔を埋めていたわ」
「な、何ですって! 」
「ザカリス様はベッドでは、それはもうお優しい方だったのよ」
レイラは、うっとりした目つきでザカリスとの閨を思い出している。
「ことが終われば、お仲間の方々はそそくさとお帰りなさるのに。あの方だけは、私の体を気遣ってくださって」
「聞きたくないわ! 」
リリアーナは両耳を塞いでいやいやと首を振った。
たとえ過去だろうと、ザカリスが他の誰かを抱いていた話なんて耳に入れたくない。
「聞きなさい。私があの方にどれほど愛されていたかを」
レイラはカッと目を吊り上げ、リリアーナの手首を掴んで耳から引き剥がした。
物凄い力だ。彼女の指が皮膚に食い込む。
「お前さえ邪魔しなければ、私はあの方と添い遂げるはずだったのに! 」
「違うわ! ザカリス様は、あなたのことなんて、何とも思っていないわ! 」
リリアーナは必死に反論した。
たとえ一時、彼がレイラを意識したとしても。
最終的に選んだのは、レイラではない。
リリアーナ・ラーナだ。
「いいえ! 今は勘違いしているだけ! 彼はすぐに私の元へ戻ってくるわ! 」
「そんなわけないじゃない! 」
レイラは、ケロッグという男の愛人だ。
他の男に囲われている女を、ザカリスが相手にするわけがない。彼は心の芯は一途だ。
レイラはザカリスに異常な執着を見せつつ、好き勝手させてくれる金蔓を手放す気はさらさらない。
リリアーナは、身勝手過ぎるレイラへの怒りで肩を震わせた。
うっすら目を開けたリリアーナは、ここが伯爵邸の特別室ではないことがわかった。
馬車の中だ。
貴族が所有する豪奢な内装ではない。座席は硬く、クッションも綿が詰まっておらず、ぺらぺらに薄っぺらい。狭くて窮屈極まりなく、御者の腕も悪く、ちょっとした小石を噛んでは車輪が大きく跳ねて、しょっちゅうガタガタしている。
内装といい、御者の馬の扱い方といい、値段の安い貸馬車だ。
リリアーナは貸馬車によって、どこかへ運ばれている。
「リリアーナ・ラーナ」
向かいに座っていたのは、メイドだ。
「どれほど美しい女かと思えば。全然、子供じゃないの」
ハスキーな喉奥からの笑い。
「先日のプレゼントはお気に召して? 」
プレゼント?
リリアーナは怪訝に眉を寄せた。
「あ、あなたは? 」
「ああ、そうだったわね。まだ自己紹介がまだだったわ」
メイドは、さも今気がついたように、ツンとした目を向ける。
青い目が細くなった。
「レイラ・オースティン」
リリアーナの頭に稲妻が落ちた。
レイラ・オースティン。
忘れもしないその名前。
死に戻ってから、初めて会うレイラ。
彼女が今、リリアーナの目の前にいる。
「や、やっぱり、あなただったのね! 」
プレゼントが何を示しているのか、リリアーナは即座に理解した。
飼い猫同然だった三毛の、凄惨な姿。
あれは、彼女の仕業だ。
「あら。大方の予想はついていたのね? ああ、そう。ケロッグ様が口を滑らせたのかしら」
三毛猫の死にも、ケロッグが噛んでいた。
ケロッグは愛人の悪業を咎めるどころか、加担していたなんて。
狂っている。
リリアーナは怒りで真っ赤になり、膝の上で握り込んだ拳がぶるぶる震わせた。
同時に己の状況を理解する。
バスローブ姿のまま、拉致されてしまった。
メイドは、レイラの素顔だ。
濃い化粧の下に別人のような顔を潜めていたなんて。
またもや、がくんと車体が跳ねる。
リリアーナは、バスローブの合わせがずれないよう手で必死に押さえた。
が、布地からは小さな乳房がちらちらと覗く。
レイラは一瞥し、ふんと鼻を鳴らした。
「体だって、私の方がずっと色気があるのに。ザカリス様は夢中で私の乳房に顔を埋めていたわ」
「な、何ですって! 」
「ザカリス様はベッドでは、それはもうお優しい方だったのよ」
レイラは、うっとりした目つきでザカリスとの閨を思い出している。
「ことが終われば、お仲間の方々はそそくさとお帰りなさるのに。あの方だけは、私の体を気遣ってくださって」
「聞きたくないわ! 」
リリアーナは両耳を塞いでいやいやと首を振った。
たとえ過去だろうと、ザカリスが他の誰かを抱いていた話なんて耳に入れたくない。
「聞きなさい。私があの方にどれほど愛されていたかを」
レイラはカッと目を吊り上げ、リリアーナの手首を掴んで耳から引き剥がした。
物凄い力だ。彼女の指が皮膚に食い込む。
「お前さえ邪魔しなければ、私はあの方と添い遂げるはずだったのに! 」
「違うわ! ザカリス様は、あなたのことなんて、何とも思っていないわ! 」
リリアーナは必死に反論した。
たとえ一時、彼がレイラを意識したとしても。
最終的に選んだのは、レイラではない。
リリアーナ・ラーナだ。
「いいえ! 今は勘違いしているだけ! 彼はすぐに私の元へ戻ってくるわ! 」
「そんなわけないじゃない! 」
レイラは、ケロッグという男の愛人だ。
他の男に囲われている女を、ザカリスが相手にするわけがない。彼は心の芯は一途だ。
レイラはザカリスに異常な執着を見せつつ、好き勝手させてくれる金蔓を手放す気はさらさらない。
リリアーナは、身勝手過ぎるレイラへの怒りで肩を震わせた。
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