【完結】死に戻り令嬢リリアーナ・ラーナの恋愛騒動記

晴 菜葉

文字の大きさ
上 下
55 / 71

外れた道

しおりを挟む
 かたかたかたかた、と小刻みに体が揺れている。
 うっすら目を開けたリリアーナは、ここが伯爵邸の特別室ではないことがわかった。
 馬車の中だ。
 貴族が所有する豪奢な内装ではない。座席は硬く、クッションも綿が詰まっておらず、ぺらぺらに薄っぺらい。狭くて窮屈極まりなく、御者の腕も悪く、ちょっとした小石を噛んでは車輪が大きく跳ねて、しょっちゅうガタガタしている。
 内装といい、御者の馬の扱い方といい、値段の安い貸馬車だ。
 リリアーナは貸馬車によって、どこかへ運ばれている。
「リリアーナ・ラーナ」
 向かいに座っていたのは、メイドだ。
「どれほど美しい女かと思えば。全然、子供じゃないの」
 ハスキーな喉奥からの笑い。
「先日のプレゼントはお気に召して? 」
 プレゼント?
 リリアーナは怪訝に眉を寄せた。
「あ、あなたは? 」
「ああ、そうだったわね。まだ自己紹介がまだだったわ」
 メイドは、さも今気がついたように、ツンとした目を向ける。
 青い目が細くなった。
「レイラ・オースティン」
 リリアーナの頭に稲妻が落ちた。
 レイラ・オースティン。
 忘れもしないその名前。
 死に戻ってから、初めて会うレイラ。
 彼女が今、リリアーナの目の前にいる。
「や、やっぱり、あなただったのね! 」
 プレゼントが何を示しているのか、リリアーナは即座に理解した。
 飼い猫同然だった三毛の、凄惨な姿。
 あれは、彼女の仕業だ。
「あら。大方の予想はついていたのね? ああ、そう。ケロッグ様が口を滑らせたのかしら」
 三毛猫の死にも、ケロッグが噛んでいた。
 ケロッグは愛人の悪業を咎めるどころか、加担していたなんて。
 狂っている。
 リリアーナは怒りで真っ赤になり、膝の上で握り込んだ拳がぶるぶる震わせた。
 同時に己の状況を理解する。
 バスローブ姿のまま、拉致されてしまった。
 メイドは、レイラの素顔だ。
 濃い化粧の下に別人のような顔を潜めていたなんて。
 またもや、がくんと車体が跳ねる。
 リリアーナは、バスローブの合わせがずれないよう手で必死に押さえた。
 が、布地からは小さな乳房がちらちらと覗く。
 レイラは一瞥し、ふんと鼻を鳴らした。
「体だって、私の方がずっと色気があるのに。ザカリス様は夢中で私の乳房に顔を埋めていたわ」
「な、何ですって! 」
「ザカリス様はベッドでは、それはもうお優しい方だったのよ」
 レイラは、うっとりした目つきでザカリスとの閨を思い出している。
「ことが終われば、お仲間の方々はそそくさとお帰りなさるのに。あの方だけは、私の体を気遣ってくださって」
「聞きたくないわ! 」
 リリアーナは両耳を塞いでいやいやと首を振った。
 たとえ過去だろうと、ザカリスが他の誰かを抱いていた話なんて耳に入れたくない。
「聞きなさい。私があの方にどれほど愛されていたかを」
 レイラはカッと目を吊り上げ、リリアーナの手首を掴んで耳から引き剥がした。
 物凄い力だ。彼女の指が皮膚に食い込む。
「お前さえ邪魔しなければ、私はあの方と添い遂げるはずだったのに! 」
「違うわ! ザカリス様は、あなたのことなんて、何とも思っていないわ! 」
 リリアーナは必死に反論した。
 たとえ一時、彼がレイラを意識したとしても。
 最終的に選んだのは、レイラではない。
 リリアーナ・ラーナだ。
「いいえ! 今は勘違いしているだけ! 彼はすぐに私の元へ戻ってくるわ! 」
「そんなわけないじゃない! 」
 レイラは、ケロッグという男の愛人だ。
 他の男に囲われている女を、ザカリスが相手にするわけがない。彼は心の芯は一途だ。
 レイラはザカリスに異常な執着を見せつつ、好き勝手させてくれる金蔓を手放す気はさらさらない。
 リリアーナは、身勝手過ぎるレイラへの怒りで肩を震わせた。
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

処理中です...