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暗雲低迷
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おかしい!
リリアーナが気づいたときには、ケロッグの馬車は鬱蒼とした森の中へと入って行くところだった。
生い茂る針葉樹を切り拓いて造られた道は、あまり人の手が入っていないのか、舗装がされずにガタガタしている。車輪に小石が噛むごとに、車体が大きく跳ね上がった。
「ど、どこへ連れて行くつもりですか? 」
リリアーナは蒼白になり、膝が戦慄くのを止められない。恐ろしい考えが、森を進むごとに膨らんでいき、歯の根がかちかち鳴った。
「ハッサムの屋敷に帰してくれるのではなくて? 」
老紳士の見た目にすっかり騙されてしまった。
カバのように、おっとりした優しい雰囲気の方。
しかしカバは毎年五百と人間を噛み殺す、凶暴な哺乳類だ。一噛みで、一溜まりもない。
油断した。
「帰しますよ、勿論」
ケロッグは弾む車体のせいで体を上下させながら、ニンマリと頬肉を歪ませる。
「では、早く帰して」
リリアーナの睨みなど、この男は何ら気にしてはいない。
「なあに。まだ黄昏時まで時間がある。寄り道くらいは、構わないだろう? 」
「これは、れっきとした誘拐ですよ」
「滅多なことを言うものではない。単なる、我が家への招待だ」
ケロッグは済まして言った。
彼は養豚業を営んでいると言っていた。貴族の令嬢を誘拐・監禁などと世間に知れ渡れば、会社の存続に深く関わる。余程の馬鹿ではない限り、愚かなことにはならないはず。
リリアーナは曖昧な算段に、取り敢ず己を納得させる。
そうでなければ、発狂してしまいかねなかった。
「あんた、あのロナルドにかなり可愛がられているのだな」
「嫌われているの間違いです」
リリアーナは即座に否定する。
その返答に、ケロッグは不服そうに鼻を鳴らした。
「そんなことで誤魔化したつもりか? 」
「何が仰りたいの? 」
「まだ白を切るつもりか」
またもや、カバのように大きな鼻の穴から息が漏れる。
「迷路で君達はキスを交わしていただろう? 」
「……! 」
見られていた!
人の通りのないところだからと思っていたのに。
「私の可愛い可愛いル・シャットが、君らに嫉妬をしてな。だから私が、少々、君を懲らしめてやろうと思ってな」
ケロッグにはどうやら可愛がっている女性がいるらしい。
このような誘拐スレスレの行為も、その女性のためだ。
「随分と猫可愛がりなんですね」
「ああ。今、一番のお気に入りの愛玩動物だよ」
動物に例える時点で、この男が女性をどのような目で見ているかわかる。
リリアーナは軽蔑し、睨んだ。
「それで、その猫はいらっしゃるの? 」
「うちの猫は、使い古しの家畜小屋になど寄り付かんよ」
これからどこに連れて行かれるかも判明する。
およそ招待をするべき場所ではないことを。
「今後は私の猫の機嫌を損ねることはやめておくれ」
「随分と身勝手ね」
リリアーナの、いつもは穏やかな灰褐色の瞳に火が点く。火は灰を赤く色づかせた。
「私に、ザカリス様に近寄るなと言いたいのね? 」
「見かけによらず、物分かりの良い娘だな」
小娘の睨みなど意に介さず、ケロッグはせせら笑う。
「お前も、わしのペットに加えてやろうか? 」
「結構よ! 」
「それは残念」
ケロッグは頬をたるませた。
「ロナルドに速達を送った。後は、あの男の采配だな」
監禁ではなく、あくまで招待であることをケロッグは示唆した。
「果たして、来るのか、来ないのか」
そもそも、今頃はイメルダとベッドでよろしくやっているはずだから、速達が彼の手に届くことすら危うい。
リリアーナは涙を堪えて鼻を啜った。
リリアーナが気づいたときには、ケロッグの馬車は鬱蒼とした森の中へと入って行くところだった。
生い茂る針葉樹を切り拓いて造られた道は、あまり人の手が入っていないのか、舗装がされずにガタガタしている。車輪に小石が噛むごとに、車体が大きく跳ね上がった。
「ど、どこへ連れて行くつもりですか? 」
リリアーナは蒼白になり、膝が戦慄くのを止められない。恐ろしい考えが、森を進むごとに膨らんでいき、歯の根がかちかち鳴った。
「ハッサムの屋敷に帰してくれるのではなくて? 」
老紳士の見た目にすっかり騙されてしまった。
カバのように、おっとりした優しい雰囲気の方。
しかしカバは毎年五百と人間を噛み殺す、凶暴な哺乳類だ。一噛みで、一溜まりもない。
油断した。
「帰しますよ、勿論」
ケロッグは弾む車体のせいで体を上下させながら、ニンマリと頬肉を歪ませる。
「では、早く帰して」
リリアーナの睨みなど、この男は何ら気にしてはいない。
「なあに。まだ黄昏時まで時間がある。寄り道くらいは、構わないだろう? 」
「これは、れっきとした誘拐ですよ」
「滅多なことを言うものではない。単なる、我が家への招待だ」
ケロッグは済まして言った。
彼は養豚業を営んでいると言っていた。貴族の令嬢を誘拐・監禁などと世間に知れ渡れば、会社の存続に深く関わる。余程の馬鹿ではない限り、愚かなことにはならないはず。
リリアーナは曖昧な算段に、取り敢ず己を納得させる。
そうでなければ、発狂してしまいかねなかった。
「あんた、あのロナルドにかなり可愛がられているのだな」
「嫌われているの間違いです」
リリアーナは即座に否定する。
その返答に、ケロッグは不服そうに鼻を鳴らした。
「そんなことで誤魔化したつもりか? 」
「何が仰りたいの? 」
「まだ白を切るつもりか」
またもや、カバのように大きな鼻の穴から息が漏れる。
「迷路で君達はキスを交わしていただろう? 」
「……! 」
見られていた!
人の通りのないところだからと思っていたのに。
「私の可愛い可愛いル・シャットが、君らに嫉妬をしてな。だから私が、少々、君を懲らしめてやろうと思ってな」
ケロッグにはどうやら可愛がっている女性がいるらしい。
このような誘拐スレスレの行為も、その女性のためだ。
「随分と猫可愛がりなんですね」
「ああ。今、一番のお気に入りの愛玩動物だよ」
動物に例える時点で、この男が女性をどのような目で見ているかわかる。
リリアーナは軽蔑し、睨んだ。
「それで、その猫はいらっしゃるの? 」
「うちの猫は、使い古しの家畜小屋になど寄り付かんよ」
これからどこに連れて行かれるかも判明する。
およそ招待をするべき場所ではないことを。
「今後は私の猫の機嫌を損ねることはやめておくれ」
「随分と身勝手ね」
リリアーナの、いつもは穏やかな灰褐色の瞳に火が点く。火は灰を赤く色づかせた。
「私に、ザカリス様に近寄るなと言いたいのね? 」
「見かけによらず、物分かりの良い娘だな」
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「お前も、わしのペットに加えてやろうか? 」
「結構よ! 」
「それは残念」
ケロッグは頬をたるませた。
「ロナルドに速達を送った。後は、あの男の采配だな」
監禁ではなく、あくまで招待であることをケロッグは示唆した。
「果たして、来るのか、来ないのか」
そもそも、今頃はイメルダとベッドでよろしくやっているはずだから、速達が彼の手に届くことすら危うい。
リリアーナは涙を堪えて鼻を啜った。
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