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暗然
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倒木だ。
馬がいななきを上げて急停止したため、何事かと窓から顔を出したザカリスは、あまりの忌々しさに舌打ちをした。
明らかに不自然な倒れ方。
推定二百年はいっているだろう銀杏の幹は、およそ根回りが三メートル。三、四百年で四,五メートルなのでまだ若木だが、それでも易々と男二人で退けることは不可能。根回りには刃物を叩きつけた跡がある。
何者かが幹に斧を振るい、馬車道を塞いだのだ。
誰がそれをさせたのか、容易に想像出来た。
ケロッグという男は、とことん底意地の悪いやつだ。
ザカリスはギリギリと奥歯を擦り潰す。
これでは先に進めない。
「畜生! 」
ザカリスは空を見上げた。
薄く張っていた雲は、今やたっぷりと湿気を含み、空から垂れ下がっている。今にも弾けてしまいそうだ。
愚図愚図していられない。
ザカリスは手紙の文面を思い出す。
ケロッグは所用があり先に失礼する旨がしたためてあった。
即ち、リリアーナ一人が森の中に取り残されている。
「旦那様。これは斧が必要です」
御者は倒された幹を凝視するなり、ザカリスに判断を仰ぐ。
「取りに戻れば、嵐に遭う」
「ですが、馬は通れません」
「そんなこと、わかりきっている」
ザカリスはイライラして御者を叱りつけた。
言いたいことは、わかっている。
生温い風が頬を滑っていく。
湿気を含んだ雲は、さらに重みを増していた。
リリアーナを助けるのは、風雨が収まってからにしろと。
悠長にしていれば、子うさぎが嵐の中で一人きり残されてしまう。
「お前は引き返せ」
倒木をヒョイと飛び越え、ザカリスは言いつけた。
「だ、旦那様は? 」
「俺は一人で先に進む」
「い、いけません! 」
「主人に命令するな」
切迫するザカリスの睨みは、御者を震えあがらせた。
「このままでは嵐になる。心配するな。すぐに古屋に着いて、そこで雨宿りしておく」
「で、ですが」
「雨が上がれば助けに来い」
有無を言わせぬ主人の命令に、御者は逆らうことが出来ず、戸惑い立ち尽くす。
「さっさと行け。嵐になれば、馬が怯えるだろ」
御者の返事を待たずに、ザカリスは地面を蹴った。
生い茂る木々が邪魔をして日が差さない地面は、朽ちない落ち葉が堆積し、靴裏をずるずると滑らせる。
ザカリスは悪路を進んだ。
「リリアーナ! 」
果てしなく続く木々が、いきなり拓けた。
目の前にあるのは、朽ちて今にも崩れ落ちそうになっている家畜小屋。
手紙に書かれてあった「茶会の場所」だ。
「よくも、このような場所にリリアーナを閉じ込めたな」
ザカリスの青緑色の双眸は、怒りを孕んで轟々と燃えた。
馬がいななきを上げて急停止したため、何事かと窓から顔を出したザカリスは、あまりの忌々しさに舌打ちをした。
明らかに不自然な倒れ方。
推定二百年はいっているだろう銀杏の幹は、およそ根回りが三メートル。三、四百年で四,五メートルなのでまだ若木だが、それでも易々と男二人で退けることは不可能。根回りには刃物を叩きつけた跡がある。
何者かが幹に斧を振るい、馬車道を塞いだのだ。
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ザカリスはギリギリと奥歯を擦り潰す。
これでは先に進めない。
「畜生! 」
ザカリスは空を見上げた。
薄く張っていた雲は、今やたっぷりと湿気を含み、空から垂れ下がっている。今にも弾けてしまいそうだ。
愚図愚図していられない。
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ケロッグは所用があり先に失礼する旨がしたためてあった。
即ち、リリアーナ一人が森の中に取り残されている。
「旦那様。これは斧が必要です」
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「取りに戻れば、嵐に遭う」
「ですが、馬は通れません」
「そんなこと、わかりきっている」
ザカリスはイライラして御者を叱りつけた。
言いたいことは、わかっている。
生温い風が頬を滑っていく。
湿気を含んだ雲は、さらに重みを増していた。
リリアーナを助けるのは、風雨が収まってからにしろと。
悠長にしていれば、子うさぎが嵐の中で一人きり残されてしまう。
「お前は引き返せ」
倒木をヒョイと飛び越え、ザカリスは言いつけた。
「だ、旦那様は? 」
「俺は一人で先に進む」
「い、いけません! 」
「主人に命令するな」
切迫するザカリスの睨みは、御者を震えあがらせた。
「このままでは嵐になる。心配するな。すぐに古屋に着いて、そこで雨宿りしておく」
「で、ですが」
「雨が上がれば助けに来い」
有無を言わせぬ主人の命令に、御者は逆らうことが出来ず、戸惑い立ち尽くす。
「さっさと行け。嵐になれば、馬が怯えるだろ」
御者の返事を待たずに、ザカリスは地面を蹴った。
生い茂る木々が邪魔をして日が差さない地面は、朽ちない落ち葉が堆積し、靴裏をずるずると滑らせる。
ザカリスは悪路を進んだ。
「リリアーナ! 」
果てしなく続く木々が、いきなり拓けた。
目の前にあるのは、朽ちて今にも崩れ落ちそうになっている家畜小屋。
手紙に書かれてあった「茶会の場所」だ。
「よくも、このような場所にリリアーナを閉じ込めたな」
ザカリスの青緑色の双眸は、怒りを孕んで轟々と燃えた。
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