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不機嫌な男
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伯爵邸からハッサム家への馬車の中、真向かいに座るザカリスは、脚を組みクッションに凭れて、ムスッと瞼を閉じたままだ。
その顔には「後悔」の二文字が浮かんでいる。
雰囲気に呑まれたからといって、あくまで幼馴染みであるリリアーナと一線を越えてしまったのだ。
そこに、愛などない。
本能に突き動かされただけのこと。
だから、リリアーナに勘違いなどされるのは不本意である。
リリアーナは、ザカリスの顔つきから、彼の内心をそう読み取った。
「ザカリス様」
やはり自分の解釈は正しかったと、リリアーナは思った。
呼びかけに耳をぴくりとしたくせに、彼は返事すらしない。ムスッとして、寝たふりを決め込んでいる。
「ザカリス様。私はそう厚かましい女ではありませんよ」
ザカリスが無反応でも挫けず、リリアーナは頑張って口角を曲げて笑顔を作り出す。
「今日は、私達には何もありませんでした」
ふと、ザカリスが薄目する。
彼の表情筋はちっとも動かないので、感情は不明だ。
「今日のことは忘れます」
きっぱり言い切るリリアーナに、ザカリスは不審に目を眇める。
「ザカリス様の仕出かしにも、目を瞑ります」
ザカリスも男。男性の適齢期は大体二十七歳から三十歳前後、三十五歳くらいまでに婚姻する。彼はまだまだ若い。性欲も。心とは裏腹に、雰囲気に呑まれてしまっても仕方ない。
「私は諦めません。あなたが、心から私を想ってくださるまで、これからも主張していきます」
彼の心と体が一致して抱いてもらえるまで、リリアーナは主張を続ける。
「……しつこい女だな。お前は」
「それが私の取り柄ですから」
「欠点だろ」
「でしたら、私の長所は何もなくなります」
この期に及んで、惨めな気持ちになんてならない。
「美人でもなければ、頭も良くない。閨の手ほどきも、良しとは言い難い。私に残されているのは、不屈の精神です」
「お前、もっと鏡を見ろ。お前は、自己評価が低過ぎる」
「どういう意味ですか? 」
「……別に」
何故かザカリスは機嫌を損ねて、ぷいと顔を背けた。
今の会話から、彼が不機嫌になる理由がわからない。
もしかすると、そのような魅力のない女を成り行きで抱いてしまったことが、腹立たしいのかも知れない。
リリアーナの胸をナイフが抉るが、敢えてその痛みには素知らぬふりを決め込む。傷ついていちいち泣いていたら、ザカリスにぐいぐい迫るなんて出来ない。
「そもそも、何でこんな俺が良いんだ。表と裏の顔が違い過ぎるだろ。普通の女は俺の裏を知れば、皆んな去って行くのに」
ザカリスは顔を背けたまま、ぶっきらぼうに尋ねた。
この男は、己自身をよく把握している。
「確かに二重人格には驚きました」
「やかましい」
リリアーナに同意されるのは、気に障るらしい。
「ですが、私はそんなあなたに救われたのです」
たとえ、表裏使い分ける性格の悪さだろうと、ザカリスの根っこの部分は心優しいことを知っている。
それは、十六年の時を経ようと。
リリアーナは、七つの頃に出会った彼を想い起こした。
その顔には「後悔」の二文字が浮かんでいる。
雰囲気に呑まれたからといって、あくまで幼馴染みであるリリアーナと一線を越えてしまったのだ。
そこに、愛などない。
本能に突き動かされただけのこと。
だから、リリアーナに勘違いなどされるのは不本意である。
リリアーナは、ザカリスの顔つきから、彼の内心をそう読み取った。
「ザカリス様」
やはり自分の解釈は正しかったと、リリアーナは思った。
呼びかけに耳をぴくりとしたくせに、彼は返事すらしない。ムスッとして、寝たふりを決め込んでいる。
「ザカリス様。私はそう厚かましい女ではありませんよ」
ザカリスが無反応でも挫けず、リリアーナは頑張って口角を曲げて笑顔を作り出す。
「今日は、私達には何もありませんでした」
ふと、ザカリスが薄目する。
彼の表情筋はちっとも動かないので、感情は不明だ。
「今日のことは忘れます」
きっぱり言い切るリリアーナに、ザカリスは不審に目を眇める。
「ザカリス様の仕出かしにも、目を瞑ります」
ザカリスも男。男性の適齢期は大体二十七歳から三十歳前後、三十五歳くらいまでに婚姻する。彼はまだまだ若い。性欲も。心とは裏腹に、雰囲気に呑まれてしまっても仕方ない。
「私は諦めません。あなたが、心から私を想ってくださるまで、これからも主張していきます」
彼の心と体が一致して抱いてもらえるまで、リリアーナは主張を続ける。
「……しつこい女だな。お前は」
「それが私の取り柄ですから」
「欠点だろ」
「でしたら、私の長所は何もなくなります」
この期に及んで、惨めな気持ちになんてならない。
「美人でもなければ、頭も良くない。閨の手ほどきも、良しとは言い難い。私に残されているのは、不屈の精神です」
「お前、もっと鏡を見ろ。お前は、自己評価が低過ぎる」
「どういう意味ですか? 」
「……別に」
何故かザカリスは機嫌を損ねて、ぷいと顔を背けた。
今の会話から、彼が不機嫌になる理由がわからない。
もしかすると、そのような魅力のない女を成り行きで抱いてしまったことが、腹立たしいのかも知れない。
リリアーナの胸をナイフが抉るが、敢えてその痛みには素知らぬふりを決め込む。傷ついていちいち泣いていたら、ザカリスにぐいぐい迫るなんて出来ない。
「そもそも、何でこんな俺が良いんだ。表と裏の顔が違い過ぎるだろ。普通の女は俺の裏を知れば、皆んな去って行くのに」
ザカリスは顔を背けたまま、ぶっきらぼうに尋ねた。
この男は、己自身をよく把握している。
「確かに二重人格には驚きました」
「やかましい」
リリアーナに同意されるのは、気に障るらしい。
「ですが、私はそんなあなたに救われたのです」
たとえ、表裏使い分ける性格の悪さだろうと、ザカリスの根っこの部分は心優しいことを知っている。
それは、十六年の時を経ようと。
リリアーナは、七つの頃に出会った彼を想い起こした。
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