【完結】死に戻り令嬢リリアーナ・ラーナの恋愛騒動記

閨のルール

　伯爵は苦笑いして、リリアーナの涙を指先で掬い取る。
「あんなやつは放っておいて。おいで、子うさぎラプロー」
　言うなり、彼はキングサイズの広々したベッドへとエスコートする。
　リリアーナは彼の手を取るのを躊躇った。
「わ、私はザカリス様と」
　このままでは、伯爵に先に奪われてしまう。
「まずは私の相手をするのが先だよ」
「そ、それはルールなのですか？　」
「ルール？　」
「はい。閨のルールですか？　」
「ああ、そうだ」
　伯爵は悪戯っぽくウィンクする。
「おい、こら！　いつ、そんなルールが出来たんだ！　」
　ザカリスの声が横から割って入った。
　並々と注がれていた強めの酒が、半分に減っている。
「うるさいぞ、外野。黙って酒を飲んでいろ」
　面白そうに伯爵が言い返した。
　リリアーナは伯爵に手首を掴まれたかと思うと、体はすでに青いシーツの上にある。
　野生味溢れる伯爵の赤々としたイメージとは真反対で、彼の寝室は落ち着きある雰囲気の青を基調としていた。
　群青の壁紙や青いシーツが、まるで深い海底に潜っているような錯覚をリリアーナに起こさせる。
　甘い音色を響かせて海の底へと沈ませる、不可思議ない魔物に取り憑かれてしまいそう。
　伯爵はリリアーナを組み敷くと、潰さないように注意しながら、彼女を覗き込んだ。
「子うさぎラプロー。震えてるな。キスも初めて？　」
「は、初めてはザカリス様のために残していますから」
「そう。それなら私が予行練習をしてやろう」
「え？　」
「私はなかなかキスが上手いからな。君に教えてやろう」
　言うなり、わざとらしく尖らせた口をリリアーナに近づける。
　彼の柑橘の香水が強くなる。
　至近距離に伯爵の顔。
　唇すれすれで、誰かに後頭部を押さえつけられたら確実に彼が初めてになってしまう。
　やっぱり嫌だ！　
　初めてはザカリス様でないと！　
　リリアーナは固く目を瞑った。
　鼻先を爽やかなミントの息が掠める。
「大概にしろよ、ロイ！　」
　極度に声を低めたザカリスが遮った。
　片方の手で伯爵の首根っこを掴むや、リリアーナから引き離す。そのままの勢いで床に叩きつけた。
　絨毯に仰向けになった伯爵は、顔をしかめながら打ちつけた腰をさする。
「何だ？　参加しないのではなかったか？　」
　半身を起こすと、ニヤニヤと頬を歪めた。
「それとこれとは別だ。キスなんかする必要はない」
「雰囲気も大事だろ」
「そんなもの関係あるか！　」
　ザカリスが仁王立ちで怒鳴りつけた。
　助かった。
　リリアーナは緊張の糸が切れて、全身から力が抜けて、あらゆる筋肉がぐにゃりと曲がる。
「わかった、わかった。キスは後回しだ」
　やれやれと降参のポーズをとる伯爵。
「先にこちらを済ませてしまおうか」
　言うなり彼は、ヒョイと軽々ベッドに飛び乗った。
　それはまさに、しなやかな獣。
　獰猛な眼差しが、子うさぎに照準を定めた。