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不退転の決意
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リリアーナはごくりと唾を飲み下した。
ブライス伯爵邸は、リリアーナのハッサム家の三倍近い敷地のある財産家として知られている。
花崗岩で造られたゴシック建築を表した白亜の建物は、まさに宮殿をコンパクトにしたようなデザイン。頑丈な両柱には、蔓模様と勿忘草が彫られ、王都の名のある職人が手掛けたと一目でわかる。
等間隔に並んだ窓にはステンドグラスが嵌め込まれ、幾何学模様の光が太陽に反射して眩しい。
ちょうどブライス伯爵が、フェルトハットを頭に乗せながら玄関の階段を降りてきたところだった。
「何だ、もう来たのか? お前に報せようとしたところだったのに」
持ち手がライオンの顔になっているステッキをくるくると回しながら、伯爵は拍子抜けしたように言った。
「どうかしたのか? 」
ザカリスはリリアーナを背中に隠しながら、警戒する。
「今日は中止だ」
従僕に帽子とステッキを預ける伯爵。
「相手のお嬢さんの都合が悪くなってな。まあ、はっきり言ってしまえば生理だ。こうなっては仕方ないと、今、男二人が帰ったところだ」
伯爵は性に関して開けっぴろげだ。年相応の紳士が、躊躇いなく生理と口にするなんて。
「おいおい、ロナルド。まさか見物客を連れて来たのか? 」
目敏くリリアーナを見つけるなり、伯爵の漆黒の目玉がくるりと大きくなった。まるで、獲物を見つけたライオンそのもの。抜け目なくギラギラと眼が鈍く光った。
「いや。こいつは関係ない」
ザカリスが半歩前に出て、リリアーナが伯爵から完全に隠れる位置を探る。
リリアーナはそんなザカリスの背後から身を乗り出し、彼の些細な努力をあっさりと無碍にした。
「わ、私を抱いてください! 」
脈略なく、いきなり叫んだ。
「おい! リリアーナ! 」
ザカリスの額に汗が浮かぶ。
余裕ぶっていた伯爵も、あまりの突拍子のなさに、さすがに引いた。
「ザカリス様に抱かれるなら、ら、乱交など、どんとこいです! 」
「何を言い出すんだ! このアホ! 」
「アホだろうが、何だろうが、構いません! 」
慌てるザカリスに対し、リリアーナはぐいぐいと前に出る。
吹っ切れたリリアーナには、もう怖いものなしだ。
弱り切ったザカリスは、押されっぱなし。
「へえ」
二人を客観的に眺めていた伯爵は、顎を撫でながら悪い企みを含んでニヤリと笑った。
「なかなか、面白いお嬢さんだ」
彼の興味はリリアーナに完全に傾いている。
膝を屈んでリリアーナと目線を同じにした伯爵は、馴れ馴れしく彼女の肩に手を回し、耳元に唇を寄せた。
耳朶がこそばゆい。
彼は内緒話をするように声を低める。
「そうか。この男に抱かれるためなら、ついでに別の男に玩具にされようが構わないと? 」
「い、致し方ありません」
「成程な」
明らかに人の悪い笑み。
「おい、ロイ。お前、まさか」
ザカリスはムスッとして、リリアーナの肩に回した伯爵の手を強めに引き離すと、真横に突き飛ばした。
バランスを崩しつつ、踏ん張った伯爵は、怒るどころかそれすら楽しんでいる。
「健気な望みは叶えてやらないとな」
「本気にするな、ロイ」
「それなら何故、ここまで連れて来たんだ? 」
「そ、それは」
ザカリスは狼狽える。
「そ、それは。メイソンのあの歯槽膿漏の息でも嗅げば、すぐに裸足で逃げ出すだろうと」
「残念だったな。メイソンは自分の屋敷に別の女を呼びつけて、今頃は高鼾だ。ついでにフェイラーのやつもな」
伯爵は、乱交仲間の残り二人が戻って来ないことを示唆した。
「それに、このお嬢さんの覚悟は相当だぞ」
二メートル近い大男に見下ろされ、リリアーナに影が落ちる。
「君、ザカリスのことがそれほど好きか? 」
「はい」
迷いなく返事するリリアーナ。
「なかなか、はっきりしている。気に入った」
伯爵はこの上なく満足そうに頷くと、屋敷の入り口へと体の向きを変えた。
「おいで。お嬢さん」
まるで小さい子供を相手するような手招き。
たが、その目はギラギラと不気味だ。決して子供に相対する目ではない。
「おい! ロイ! 本気か! 」
ザカリスの顔色が変わる。
「お嬢さんの決死の覚悟を無碍にするのは、まずい」
「お前、面白がってるだろ! 」
「いちいち、喚くな。近所迷惑だろうが」
構える屋敷が王宮に近ければ近いほど、権力の高さを示す。伯爵邸の界隈は、どれもが王家に何かしら深く関わる者ばかり。かくいう伯爵も、血筋を辿れば王家の何某かに辿り着く。
権利者ばかりの土地で下品に喚いている場合ではない。
ザカリスは大きく舌打ちすると、ムッツリと口を引き結んだ。
「なに。私は処女の扱いには不慣れだが。まあ、何とかなるだろ」
「し、処女だと! 」
ザカリスの顔がたちまち青ざめる。
「はい。初めてはザカリス様と決めておりました」
リリアーナは認めた。
とんでもない提案をするくらいだから、ある程度は経験を積んでいるものだと、どうやら思い込んでいたようだ。
失敬な話だ。リリアーナは頬を膨らませる。
これほど、ザカリス一筋であるとアピールしているというのに。
彼には一方通行だ。
「ロナルド。ここでお前が帰れば、私は否応なく彼女を抱くだけだ。泣こうが喚こうが、お構いなしで」
「やめろ」
「だったら、逃げるな」
伯爵はザカリスの退路を立つ。
「不退転の決意に応えてやれ」
伯爵はリリアーナにウィンクし、彼女を後押しした。
ブライス伯爵邸は、リリアーナのハッサム家の三倍近い敷地のある財産家として知られている。
花崗岩で造られたゴシック建築を表した白亜の建物は、まさに宮殿をコンパクトにしたようなデザイン。頑丈な両柱には、蔓模様と勿忘草が彫られ、王都の名のある職人が手掛けたと一目でわかる。
等間隔に並んだ窓にはステンドグラスが嵌め込まれ、幾何学模様の光が太陽に反射して眩しい。
ちょうどブライス伯爵が、フェルトハットを頭に乗せながら玄関の階段を降りてきたところだった。
「何だ、もう来たのか? お前に報せようとしたところだったのに」
持ち手がライオンの顔になっているステッキをくるくると回しながら、伯爵は拍子抜けしたように言った。
「どうかしたのか? 」
ザカリスはリリアーナを背中に隠しながら、警戒する。
「今日は中止だ」
従僕に帽子とステッキを預ける伯爵。
「相手のお嬢さんの都合が悪くなってな。まあ、はっきり言ってしまえば生理だ。こうなっては仕方ないと、今、男二人が帰ったところだ」
伯爵は性に関して開けっぴろげだ。年相応の紳士が、躊躇いなく生理と口にするなんて。
「おいおい、ロナルド。まさか見物客を連れて来たのか? 」
目敏くリリアーナを見つけるなり、伯爵の漆黒の目玉がくるりと大きくなった。まるで、獲物を見つけたライオンそのもの。抜け目なくギラギラと眼が鈍く光った。
「いや。こいつは関係ない」
ザカリスが半歩前に出て、リリアーナが伯爵から完全に隠れる位置を探る。
リリアーナはそんなザカリスの背後から身を乗り出し、彼の些細な努力をあっさりと無碍にした。
「わ、私を抱いてください! 」
脈略なく、いきなり叫んだ。
「おい! リリアーナ! 」
ザカリスの額に汗が浮かぶ。
余裕ぶっていた伯爵も、あまりの突拍子のなさに、さすがに引いた。
「ザカリス様に抱かれるなら、ら、乱交など、どんとこいです! 」
「何を言い出すんだ! このアホ! 」
「アホだろうが、何だろうが、構いません! 」
慌てるザカリスに対し、リリアーナはぐいぐいと前に出る。
吹っ切れたリリアーナには、もう怖いものなしだ。
弱り切ったザカリスは、押されっぱなし。
「へえ」
二人を客観的に眺めていた伯爵は、顎を撫でながら悪い企みを含んでニヤリと笑った。
「なかなか、面白いお嬢さんだ」
彼の興味はリリアーナに完全に傾いている。
膝を屈んでリリアーナと目線を同じにした伯爵は、馴れ馴れしく彼女の肩に手を回し、耳元に唇を寄せた。
耳朶がこそばゆい。
彼は内緒話をするように声を低める。
「そうか。この男に抱かれるためなら、ついでに別の男に玩具にされようが構わないと? 」
「い、致し方ありません」
「成程な」
明らかに人の悪い笑み。
「おい、ロイ。お前、まさか」
ザカリスはムスッとして、リリアーナの肩に回した伯爵の手を強めに引き離すと、真横に突き飛ばした。
バランスを崩しつつ、踏ん張った伯爵は、怒るどころかそれすら楽しんでいる。
「健気な望みは叶えてやらないとな」
「本気にするな、ロイ」
「それなら何故、ここまで連れて来たんだ? 」
「そ、それは」
ザカリスは狼狽える。
「そ、それは。メイソンのあの歯槽膿漏の息でも嗅げば、すぐに裸足で逃げ出すだろうと」
「残念だったな。メイソンは自分の屋敷に別の女を呼びつけて、今頃は高鼾だ。ついでにフェイラーのやつもな」
伯爵は、乱交仲間の残り二人が戻って来ないことを示唆した。
「それに、このお嬢さんの覚悟は相当だぞ」
二メートル近い大男に見下ろされ、リリアーナに影が落ちる。
「君、ザカリスのことがそれほど好きか? 」
「はい」
迷いなく返事するリリアーナ。
「なかなか、はっきりしている。気に入った」
伯爵はこの上なく満足そうに頷くと、屋敷の入り口へと体の向きを変えた。
「おいで。お嬢さん」
まるで小さい子供を相手するような手招き。
たが、その目はギラギラと不気味だ。決して子供に相対する目ではない。
「おい! ロイ! 本気か! 」
ザカリスの顔色が変わる。
「お嬢さんの決死の覚悟を無碍にするのは、まずい」
「お前、面白がってるだろ! 」
「いちいち、喚くな。近所迷惑だろうが」
構える屋敷が王宮に近ければ近いほど、権力の高さを示す。伯爵邸の界隈は、どれもが王家に何かしら深く関わる者ばかり。かくいう伯爵も、血筋を辿れば王家の何某かに辿り着く。
権利者ばかりの土地で下品に喚いている場合ではない。
ザカリスは大きく舌打ちすると、ムッツリと口を引き結んだ。
「なに。私は処女の扱いには不慣れだが。まあ、何とかなるだろ」
「し、処女だと! 」
ザカリスの顔がたちまち青ざめる。
「はい。初めてはザカリス様と決めておりました」
リリアーナは認めた。
とんでもない提案をするくらいだから、ある程度は経験を積んでいるものだと、どうやら思い込んでいたようだ。
失敬な話だ。リリアーナは頬を膨らませる。
これほど、ザカリス一筋であるとアピールしているというのに。
彼には一方通行だ。
「ロナルド。ここでお前が帰れば、私は否応なく彼女を抱くだけだ。泣こうが喚こうが、お構いなしで」
「やめろ」
「だったら、逃げるな」
伯爵はザカリスの退路を立つ。
「不退転の決意に応えてやれ」
伯爵はリリアーナにウィンクし、彼女を後押しした。
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