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暴風雨、加えて落雷
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執務室で書類にサインをしていたザカリスは、ふと滑らせていたペン先を止めた。
「何だ? 何か用か? 」
マホガニー製の机上の両脇には書類が堆く積み上げられ、その間に挟まれているザカリスは、あくまで目線は下を向いたまま、ノックもしない不躾な侵入者に低い声で尋ねた。
「これから俺はブライス邸へ出向くところなんだが」
鬱陶しさ全開だ。
夜着を下に着込んでゴワゴワするドレスのせいで、不自然なほどギクシャクした歩き方で彼に近寄るリリアーナ。
ザカリスは見向きもしないから、そんなリリアーナの動きを評することはない。
「お、女の方といかがわしいことをしにですか? 」
息を吸うと、リリアーナは思い切って問いかけた。
「何? 」
ようやくザカリスが目線を上げた。
「ご、誤魔化しても無駄です。し、知っているんですから」
「な、何をだ? 」
ほんの僅か、ザカリスの声が震えた。
やはり図星だ。
レイラに撃たれる際、確かに彼女はそう言っていた。
聞き間違いであってほしかったが、リリアーナの望みは砕かれてしまった。
リリアーナはショックを受けつつ、さらに鼻から息を吸って何とか平静を保つ。
「お、お友達四人で女性と、その、何と言うか、男女の深い関係を結ぶのでしょう? 」
「誰から聞いた? 」
苦々しい顔でザカリスが口を開いた。
「だ、誰からも聞いてはおりません。で、ですが、ちゃんとわかります」
レイラの話であると言っても、一笑にふされるだけ。
「い、いつもの香水ではないし」
彼から漂う香りが、今は明らかにいつもと異なっている。
彼はプライベートで香水を使い分けするようだ。
「し、仕事のときは柑橘系なのに。今は、オリエンタルの、しかもムスクが強めのものを」
「お前は犬か。何でそう嗅ぎ分けられるんだ」
「ザカリス様をお慕いしているからです! 」
ヒステリックにリリアーナは叫んだ。
「出掛ける前に書類を仕上げるんだ。仕事の邪魔をするな」
リリアーナのアピールも彼には少しも届かない。むしろ、ますます拒絶される。
たが、ここで挫けるわけにはいかない。
ドレスの下に着込んだ夜着が、じんわりと汗ばんだ。
「わ、私も連れてください」
「本気か? 」
リリアーナを無視して仕事を再開したザカリスだが、視界の端で石膏像の固まる彼女がやはり気に掛かるらしく、すぐに手を止める。
「もし本気なら、もううちには出入り禁止だ」
ピシャリときつい一言。
「誰が子供など連れて行くか」
リリアーナも引くわけにはいかない。
挑むようにザカリスを睨みつける。
灰褐色の瞳の中、心なしか身を引いたザカリスが映された。
「こ、子供ではありません。もう二十三歳です」
「精神的にだ」
軽く咳払いしたザカリスは、もう、いつものリリアーナに対してだけの怜悧な雰囲気を作り出していた。
「連れて行ってあげなさいよ」
第三者の発言に、ザカリスはいつもは垂れがちな目を鋭く尖らせる。
最近のレディは礼儀がなっていないらしい。
ぶつぶつと呟き、ザカリスはノックもせずに入ってきた妹を睨みつけた。
「こいつに余計なことを吹き込んだのはお前か。ユリアン」
「誤解だわ」
ユリアンはわざとらしく肩を竦める。
「相当の覚悟があるわよ」
ユリアンはリリアーナに目配せする。彼女は完全に成り行きを楽しんでいた。
「駄目だ。あんな変態の野獣らに、誰がみすみす子兎を差し出すか」
「確か兎は性欲が強かったはずよ」
「黙れ! 」
ユリアンの余計な一言に、ザカリスの双眸がますまス険しくなる。
穏やかな草原は、今は暴風雨。青緑色の瞳には優しさの欠片もない。
「とにかく、駄目なものは駄目だ! 」
ザカリスは声を張り上げ、どんと机の表面を拳で殴りつけた。弾みで書類の山が崩れる。
リリアーナは三センチ飛び上がった。
ユリアンはそんな兄の剣幕にはびくともしない。
「あら、そう。だったら、リリアーナは独りで飛び込むわよ。きっと」
「何! 」
「兄さんのいないときを狙って」
挑発気味にユリアンがニヤリと口元を吊った。
この親友は何でもお見通しだ。
ザカリスが駄目なら、無礼を承知でブライス伯爵に直談判するつもりだった。おそらく軟派な伯爵ならば、喜んで受け入れるはず。
ザカリスはぎりぎりと奥歯を擦り潰した。
「兄さんがちゃんと守れば良いのよ」
「何で俺が」
「リリアーナの騎士でしょ」
「ふざけるな」
「今こそ騎士道精神を発揮するときじゃないの? 」
くすくすと、ユリアンは心底楽しそうだ。
「畜生! 」
顔を真っ赤にしていきりたち、ザカリスはどんどんと何度も机を殴りつけた。
「リリアーナ! どうなっても俺は責任は持たないからな! 」
彼の目は、暴風雨に加え、落雷が止まらない。
我を忘れたかのごとく、ザカリスはリリアーナに指を差して怒鳴りつけた。
「何だ? 何か用か? 」
マホガニー製の机上の両脇には書類が堆く積み上げられ、その間に挟まれているザカリスは、あくまで目線は下を向いたまま、ノックもしない不躾な侵入者に低い声で尋ねた。
「これから俺はブライス邸へ出向くところなんだが」
鬱陶しさ全開だ。
夜着を下に着込んでゴワゴワするドレスのせいで、不自然なほどギクシャクした歩き方で彼に近寄るリリアーナ。
ザカリスは見向きもしないから、そんなリリアーナの動きを評することはない。
「お、女の方といかがわしいことをしにですか? 」
息を吸うと、リリアーナは思い切って問いかけた。
「何? 」
ようやくザカリスが目線を上げた。
「ご、誤魔化しても無駄です。し、知っているんですから」
「な、何をだ? 」
ほんの僅か、ザカリスの声が震えた。
やはり図星だ。
レイラに撃たれる際、確かに彼女はそう言っていた。
聞き間違いであってほしかったが、リリアーナの望みは砕かれてしまった。
リリアーナはショックを受けつつ、さらに鼻から息を吸って何とか平静を保つ。
「お、お友達四人で女性と、その、何と言うか、男女の深い関係を結ぶのでしょう? 」
「誰から聞いた? 」
苦々しい顔でザカリスが口を開いた。
「だ、誰からも聞いてはおりません。で、ですが、ちゃんとわかります」
レイラの話であると言っても、一笑にふされるだけ。
「い、いつもの香水ではないし」
彼から漂う香りが、今は明らかにいつもと異なっている。
彼はプライベートで香水を使い分けするようだ。
「し、仕事のときは柑橘系なのに。今は、オリエンタルの、しかもムスクが強めのものを」
「お前は犬か。何でそう嗅ぎ分けられるんだ」
「ザカリス様をお慕いしているからです! 」
ヒステリックにリリアーナは叫んだ。
「出掛ける前に書類を仕上げるんだ。仕事の邪魔をするな」
リリアーナのアピールも彼には少しも届かない。むしろ、ますます拒絶される。
たが、ここで挫けるわけにはいかない。
ドレスの下に着込んだ夜着が、じんわりと汗ばんだ。
「わ、私も連れてください」
「本気か? 」
リリアーナを無視して仕事を再開したザカリスだが、視界の端で石膏像の固まる彼女がやはり気に掛かるらしく、すぐに手を止める。
「もし本気なら、もううちには出入り禁止だ」
ピシャリときつい一言。
「誰が子供など連れて行くか」
リリアーナも引くわけにはいかない。
挑むようにザカリスを睨みつける。
灰褐色の瞳の中、心なしか身を引いたザカリスが映された。
「こ、子供ではありません。もう二十三歳です」
「精神的にだ」
軽く咳払いしたザカリスは、もう、いつものリリアーナに対してだけの怜悧な雰囲気を作り出していた。
「連れて行ってあげなさいよ」
第三者の発言に、ザカリスはいつもは垂れがちな目を鋭く尖らせる。
最近のレディは礼儀がなっていないらしい。
ぶつぶつと呟き、ザカリスはノックもせずに入ってきた妹を睨みつけた。
「こいつに余計なことを吹き込んだのはお前か。ユリアン」
「誤解だわ」
ユリアンはわざとらしく肩を竦める。
「相当の覚悟があるわよ」
ユリアンはリリアーナに目配せする。彼女は完全に成り行きを楽しんでいた。
「駄目だ。あんな変態の野獣らに、誰がみすみす子兎を差し出すか」
「確か兎は性欲が強かったはずよ」
「黙れ! 」
ユリアンの余計な一言に、ザカリスの双眸がますまス険しくなる。
穏やかな草原は、今は暴風雨。青緑色の瞳には優しさの欠片もない。
「とにかく、駄目なものは駄目だ! 」
ザカリスは声を張り上げ、どんと机の表面を拳で殴りつけた。弾みで書類の山が崩れる。
リリアーナは三センチ飛び上がった。
ユリアンはそんな兄の剣幕にはびくともしない。
「あら、そう。だったら、リリアーナは独りで飛び込むわよ。きっと」
「何! 」
「兄さんのいないときを狙って」
挑発気味にユリアンがニヤリと口元を吊った。
この親友は何でもお見通しだ。
ザカリスが駄目なら、無礼を承知でブライス伯爵に直談判するつもりだった。おそらく軟派な伯爵ならば、喜んで受け入れるはず。
ザカリスはぎりぎりと奥歯を擦り潰した。
「兄さんがちゃんと守れば良いのよ」
「何で俺が」
「リリアーナの騎士でしょ」
「ふざけるな」
「今こそ騎士道精神を発揮するときじゃないの? 」
くすくすと、ユリアンは心底楽しそうだ。
「畜生! 」
顔を真っ赤にしていきりたち、ザカリスはどんどんと何度も机を殴りつけた。
「リリアーナ! どうなっても俺は責任は持たないからな! 」
彼の目は、暴風雨に加え、落雷が止まらない。
我を忘れたかのごとく、ザカリスはリリアーナに指を差して怒鳴りつけた。
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