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死に戻り令嬢の決意(回想)

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「お嬢様。間もなく朝食の時間ですよ」
 カーテンを開けた途端、窓から差し込んだ強い光に、リリアーナは思わず目を眇める。
 淡いピンクの小花が散った壁紙。ベッドボードやワードローブ、書斎机、化粧台といった、マホガニー材に、薔薇の彫り物がなされたチューダー様式を取り入れた家具。
 絨毯は毛足の長いピンク地に薔薇模様が織り込まれている。
 ベルベットのカーテンもピンク。
 ここは、リリアーナの寝室だ。
「……夢? 」
 リリアーナは目を擦りながら、ベッドで上半身を起こしてみる。
 お気に入りの薄い木綿の夜着は、年の割に幼いデザインで、胸元にも袖や裾にも小さなリボンが連なっている。
「痛っ」
 急に脇腹に痛みが走り、リリアーナは呻いた。そっと痛みの元を確かめると、脇腹の肉が五センチほど赤黒く盛り上がっている。撃たれた箇所だ。
「ねえ。私、どれくらい眠っていたの? 」
 リリアーナは行儀悪く欠伸をする。
「たっぷりと八時間は睡眠を取られておりましたよ」
 レディーズメイドは、次々にカーテンを開きながら、機嫌良く返事する。
「そう。ザカリス様は? 」
 息を詰まらせつつ、これだけは聞かねばと口を開いた。ごくりと唾を飲み下す。
「ザカリス様? ロナルド卿ですか? さあ? 」
 緊張するリリアーナに反して、呑気そうに首を傾げるメイド。
「か、彼は無事? 」
「? 昨日はお元気そうでしたが? 」
 レディーズメイドは、何故そんなことを聞くのかと顔に書きつつ、質問には的確に答え、今度はワードローブを開いた。
「そ、そう。彼はもう回復されたのね? 」
 蒼ざめて動かなかったから、てっきり。
 絶望の淵から、一気に希望の空へと舞い上がる。
 彼は生きている! 
 白かったリリアーナの頬に赤みが差した。
「回復? ご病気のようには思えませんでしたけど? 」
 淡いピンクか薄い緑か。メイドは交互にドレスを眺めながら、気もそぞろに返事する。
「病気ではないわ。撃たれたから」
「撃たれた? 」
「ええ。仮面舞踏会で」
「仮面舞踏会? 」
 その段になってようやく、メイドは何かを確信したらしい。はいはい、と大きく頷いた。
「まあ、お嬢様ったら。まだ寝惚けてらっしゃるのですね」
 薄緑のドレスをワードローブに仕舞い込む。
「ロナルド卿は撃たれてもいませんし、仮面舞踏会だなんて怪しいパーティーにお嬢様が参加されたこともございませんよ」
「え! 」
 リリアーナは素っ頓狂な声を上げた。
「嘘でしょ? 」
 全て、リリアーナの夢だと言うのか。
 しかし、腹部の傷跡は生々しく残り、引き攣れたピリリとした痛みをもたらす。
「何故、この私が嘘など」
 メイドは憤慨しながら、化粧台に化粧水、クリーム、瓶付け油、香水と次々に並べていく。
「さあさ、お嬢様。今朝も気持ちの良い朝ですよ」
 早く起きろと急かされ、渋々とリリアーナはベッドから這い出る。
 カーテンの開いた窓辺に立つと、そっとガラスを押した。
 朝の冷えた空気が入り込む。
「まあ! ラベンダーがまだ咲いてるわ! 」
 またもやリリアーナは声を裏返した。
 庭には、枯れて庭師が引っこ抜き、跡形もなかったはずのラベンダーが、花壇を一面の薄紫にして、穏やかな風によってほのかに揺れている。
「何を仰りますか。ここ二日程前に咲いたばかりですよ」
 まだ寝惚けているのかと、メイドは非難がましく口を挟む。
 リリアーナの頭に、ある疑惑が生まれた。
 馬鹿馬鹿しい考えである。
 まさに、幼い子供が寝物語に聞かされるような、ありえない考えが。
 しかし、確かめないことにはいられない。
「ね、ねえ。今、何月何日? 」
「嫌だわ。まだ頭が冴えてらっしゃらないのですね? 」
「何月何日か聞いているの! 」
 珍しく語気を荒げるリリアーナに、メイドは不審に眉根を寄せた。
「三月三日ですよ」
「……! 」
 リリアーナは言葉を失う。
 まさか、まさか? 
 どくどくと心臓が脈打ち、鼓膜を破らんばかりにその音を高めていく。
 うっすらと額に吹き出す汗の粒。
 喉がカラカラになり、口の中がねばついた。
 三月三日。メイドは確かにそう答えた。
「本当に? 」
 念の為に聞いている。
「嘘なんかつきますか」
 やはり事実だ。
「傷跡は残っているのに」
 決して夢などではない。
 未だに腹に銃弾が残されているかは定かではないが、確実に傷はリリアーナの体に跡をつけている。


「リリアーナ! ブライス伯爵から仮面舞踏会のお誘いよ! 」
 唐突にドアが開いたかと思えば、頬を紅潮させた母が目を潤ませて飛び込んで来た。
「我が家も上級貴族の目に止まったのよ! 」
 彼女は勿忘草の箔押しがなされた白封筒を、恭しく頭上に掲げてみせた。
 三カ月前と同じシーン。同じ台詞。
 同じことが繰り返されている!
「ああ! 早速、ドレスを仕立てましょうね! 色は青藤色で。胸の詰まったデザインで。バリー夫人の店を予約しましょう。彼女は今、王都で一番のデザイナーよ」
 まるで定型の台詞のように、一言一句違わない。
「ネックレスは私の真珠を使いなさいな。ああ、楽しみだわ」
 両頬を手のひらで包み込み、ありったけの喜びを表現する母。
 全く同じことだ。
「も、もしかして、やっぱり、三カ月前に時間が戻ってる? 」
 三カ月前の三月三日。
 仮面舞踏会の招待状が来た日に、時間が巻き戻っている。
「や、やり直せるの? 」
 嘘かも知れない。
 だけど、本当かも知れない。
 この世にはリリアーナの常識では測れないことが、確実にある。
 これはきっと、神様が与えてくださった好機だ。
「そ、それなら。彼を死なせたりはしない」
 やり直せるなら、今度こそヘマはしない。
 みすみす目の前で彼を失うことを。
「彼を誘惑して、私だけに目を向けさせるわ」
 リリアーナは決意した。
「そうしたら、彼は他の女性になんて見向きもしないはず」
 むやみやたらと火遊びをしたから、思わぬしっぺ返しにあった。
 それなら、そもそも火遊びをさせなければ良い。
「あのレイラにも、関わることなんてないわ」
 ザカリスが自分だけに夢中になれば、そもそもレイラなどにちょっかいをかけることもない。
 今までのリリアーナでは、思いつきもしないことだった。
 だが、一度死んでしまったからか、もう以前の自分ではないように思う。
 吹っ切れたと言うべきか。
 怖いものなしだ。
 絶対にやれる。
 根拠のない自信がむくむくと膨らんでいった。

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