9 / 71
死に戻り令嬢の決意(回想)
しおりを挟む
「お嬢様。間もなく朝食の時間ですよ」
カーテンを開けた途端、窓から差し込んだ強い光に、リリアーナは思わず目を眇める。
淡いピンクの小花が散った壁紙。ベッドボードやワードローブ、書斎机、化粧台といった、マホガニー材に、薔薇の彫り物がなされたチューダー様式を取り入れた家具。
絨毯は毛足の長いピンク地に薔薇模様が織り込まれている。
ベルベットのカーテンもピンク。
ここは、リリアーナの寝室だ。
「……夢? 」
リリアーナは目を擦りながら、ベッドで上半身を起こしてみる。
お気に入りの薄い木綿の夜着は、年の割に幼いデザインで、胸元にも袖や裾にも小さなリボンが連なっている。
「痛っ」
急に脇腹に痛みが走り、リリアーナは呻いた。そっと痛みの元を確かめると、脇腹の肉が五センチほど赤黒く盛り上がっている。撃たれた箇所だ。
「ねえ。私、どれくらい眠っていたの? 」
リリアーナは行儀悪く欠伸をする。
「たっぷりと八時間は睡眠を取られておりましたよ」
レディーズメイドは、次々にカーテンを開きながら、機嫌良く返事する。
「そう。ザカリス様は? 」
息を詰まらせつつ、これだけは聞かねばと口を開いた。ごくりと唾を飲み下す。
「ザカリス様? ロナルド卿ですか? さあ? 」
緊張するリリアーナに反して、呑気そうに首を傾げるメイド。
「か、彼は無事? 」
「? 昨日はお元気そうでしたが? 」
レディーズメイドは、何故そんなことを聞くのかと顔に書きつつ、質問には的確に答え、今度はワードローブを開いた。
「そ、そう。彼はもう回復されたのね? 」
蒼ざめて動かなかったから、てっきり。
絶望の淵から、一気に希望の空へと舞い上がる。
彼は生きている!
白かったリリアーナの頬に赤みが差した。
「回復? ご病気のようには思えませんでしたけど? 」
淡いピンクか薄い緑か。メイドは交互にドレスを眺めながら、気もそぞろに返事する。
「病気ではないわ。撃たれたから」
「撃たれた? 」
「ええ。仮面舞踏会で」
「仮面舞踏会? 」
その段になってようやく、メイドは何かを確信したらしい。はいはい、と大きく頷いた。
「まあ、お嬢様ったら。まだ寝惚けてらっしゃるのですね」
薄緑のドレスをワードローブに仕舞い込む。
「ロナルド卿は撃たれてもいませんし、仮面舞踏会だなんて怪しいパーティーにお嬢様が参加されたこともございませんよ」
「え! 」
リリアーナは素っ頓狂な声を上げた。
「嘘でしょ? 」
全て、リリアーナの夢だと言うのか。
しかし、腹部の傷跡は生々しく残り、引き攣れたピリリとした痛みをもたらす。
「何故、この私が嘘など」
メイドは憤慨しながら、化粧台に化粧水、クリーム、瓶付け油、香水と次々に並べていく。
「さあさ、お嬢様。今朝も気持ちの良い朝ですよ」
早く起きろと急かされ、渋々とリリアーナはベッドから這い出る。
カーテンの開いた窓辺に立つと、そっとガラスを押した。
朝の冷えた空気が入り込む。
「まあ! ラベンダーがまだ咲いてるわ! 」
またもやリリアーナは声を裏返した。
庭には、枯れて庭師が引っこ抜き、跡形もなかったはずのラベンダーが、花壇を一面の薄紫にして、穏やかな風によってほのかに揺れている。
「何を仰りますか。ここ二日程前に咲いたばかりですよ」
まだ寝惚けているのかと、メイドは非難がましく口を挟む。
リリアーナの頭に、ある疑惑が生まれた。
馬鹿馬鹿しい考えである。
まさに、幼い子供が寝物語に聞かされるような、ありえない考えが。
しかし、確かめないことにはいられない。
「ね、ねえ。今、何月何日? 」
「嫌だわ。まだ頭が冴えてらっしゃらないのですね? 」
「何月何日か聞いているの! 」
珍しく語気を荒げるリリアーナに、メイドは不審に眉根を寄せた。
「三月三日ですよ」
「……! 」
リリアーナは言葉を失う。
まさか、まさか?
どくどくと心臓が脈打ち、鼓膜を破らんばかりにその音を高めていく。
うっすらと額に吹き出す汗の粒。
喉がカラカラになり、口の中がねばついた。
三月三日。メイドは確かにそう答えた。
「本当に? 」
念の為に聞いている。
「嘘なんかつきますか」
やはり事実だ。
「傷跡は残っているのに」
決して夢などではない。
未だに腹に銃弾が残されているかは定かではないが、確実に傷はリリアーナの体に跡をつけている。
「リリアーナ! ブライス伯爵から仮面舞踏会のお誘いよ! 」
唐突にドアが開いたかと思えば、頬を紅潮させた母が目を潤ませて飛び込んで来た。
「我が家も上級貴族の目に止まったのよ! 」
彼女は勿忘草の箔押しがなされた白封筒を、恭しく頭上に掲げてみせた。
三カ月前と同じシーン。同じ台詞。
同じことが繰り返されている!
「ああ! 早速、ドレスを仕立てましょうね! 色は青藤色で。胸の詰まったデザインで。バリー夫人の店を予約しましょう。彼女は今、王都で一番のデザイナーよ」
まるで定型の台詞のように、一言一句違わない。
「ネックレスは私の真珠を使いなさいな。ああ、楽しみだわ」
両頬を手のひらで包み込み、ありったけの喜びを表現する母。
全く同じことだ。
「も、もしかして、やっぱり、三カ月前に時間が戻ってる? 」
三カ月前の三月三日。
仮面舞踏会の招待状が来た日に、時間が巻き戻っている。
「や、やり直せるの? 」
嘘かも知れない。
だけど、本当かも知れない。
この世にはリリアーナの常識では測れないことが、確実にある。
これはきっと、神様が与えてくださった好機だ。
「そ、それなら。彼を死なせたりはしない」
やり直せるなら、今度こそヘマはしない。
みすみす目の前で彼を失うことを。
「彼を誘惑して、私だけに目を向けさせるわ」
リリアーナは決意した。
「そうしたら、彼は他の女性になんて見向きもしないはず」
むやみやたらと火遊びをしたから、思わぬしっぺ返しにあった。
それなら、そもそも火遊びをさせなければ良い。
「あのレイラにも、関わることなんてないわ」
ザカリスが自分だけに夢中になれば、そもそもレイラなどにちょっかいをかけることもない。
今までのリリアーナでは、思いつきもしないことだった。
だが、一度死んでしまったからか、もう以前の自分ではないように思う。
吹っ切れたと言うべきか。
怖いものなしだ。
絶対にやれる。
根拠のない自信がむくむくと膨らんでいった。
カーテンを開けた途端、窓から差し込んだ強い光に、リリアーナは思わず目を眇める。
淡いピンクの小花が散った壁紙。ベッドボードやワードローブ、書斎机、化粧台といった、マホガニー材に、薔薇の彫り物がなされたチューダー様式を取り入れた家具。
絨毯は毛足の長いピンク地に薔薇模様が織り込まれている。
ベルベットのカーテンもピンク。
ここは、リリアーナの寝室だ。
「……夢? 」
リリアーナは目を擦りながら、ベッドで上半身を起こしてみる。
お気に入りの薄い木綿の夜着は、年の割に幼いデザインで、胸元にも袖や裾にも小さなリボンが連なっている。
「痛っ」
急に脇腹に痛みが走り、リリアーナは呻いた。そっと痛みの元を確かめると、脇腹の肉が五センチほど赤黒く盛り上がっている。撃たれた箇所だ。
「ねえ。私、どれくらい眠っていたの? 」
リリアーナは行儀悪く欠伸をする。
「たっぷりと八時間は睡眠を取られておりましたよ」
レディーズメイドは、次々にカーテンを開きながら、機嫌良く返事する。
「そう。ザカリス様は? 」
息を詰まらせつつ、これだけは聞かねばと口を開いた。ごくりと唾を飲み下す。
「ザカリス様? ロナルド卿ですか? さあ? 」
緊張するリリアーナに反して、呑気そうに首を傾げるメイド。
「か、彼は無事? 」
「? 昨日はお元気そうでしたが? 」
レディーズメイドは、何故そんなことを聞くのかと顔に書きつつ、質問には的確に答え、今度はワードローブを開いた。
「そ、そう。彼はもう回復されたのね? 」
蒼ざめて動かなかったから、てっきり。
絶望の淵から、一気に希望の空へと舞い上がる。
彼は生きている!
白かったリリアーナの頬に赤みが差した。
「回復? ご病気のようには思えませんでしたけど? 」
淡いピンクか薄い緑か。メイドは交互にドレスを眺めながら、気もそぞろに返事する。
「病気ではないわ。撃たれたから」
「撃たれた? 」
「ええ。仮面舞踏会で」
「仮面舞踏会? 」
その段になってようやく、メイドは何かを確信したらしい。はいはい、と大きく頷いた。
「まあ、お嬢様ったら。まだ寝惚けてらっしゃるのですね」
薄緑のドレスをワードローブに仕舞い込む。
「ロナルド卿は撃たれてもいませんし、仮面舞踏会だなんて怪しいパーティーにお嬢様が参加されたこともございませんよ」
「え! 」
リリアーナは素っ頓狂な声を上げた。
「嘘でしょ? 」
全て、リリアーナの夢だと言うのか。
しかし、腹部の傷跡は生々しく残り、引き攣れたピリリとした痛みをもたらす。
「何故、この私が嘘など」
メイドは憤慨しながら、化粧台に化粧水、クリーム、瓶付け油、香水と次々に並べていく。
「さあさ、お嬢様。今朝も気持ちの良い朝ですよ」
早く起きろと急かされ、渋々とリリアーナはベッドから這い出る。
カーテンの開いた窓辺に立つと、そっとガラスを押した。
朝の冷えた空気が入り込む。
「まあ! ラベンダーがまだ咲いてるわ! 」
またもやリリアーナは声を裏返した。
庭には、枯れて庭師が引っこ抜き、跡形もなかったはずのラベンダーが、花壇を一面の薄紫にして、穏やかな風によってほのかに揺れている。
「何を仰りますか。ここ二日程前に咲いたばかりですよ」
まだ寝惚けているのかと、メイドは非難がましく口を挟む。
リリアーナの頭に、ある疑惑が生まれた。
馬鹿馬鹿しい考えである。
まさに、幼い子供が寝物語に聞かされるような、ありえない考えが。
しかし、確かめないことにはいられない。
「ね、ねえ。今、何月何日? 」
「嫌だわ。まだ頭が冴えてらっしゃらないのですね? 」
「何月何日か聞いているの! 」
珍しく語気を荒げるリリアーナに、メイドは不審に眉根を寄せた。
「三月三日ですよ」
「……! 」
リリアーナは言葉を失う。
まさか、まさか?
どくどくと心臓が脈打ち、鼓膜を破らんばかりにその音を高めていく。
うっすらと額に吹き出す汗の粒。
喉がカラカラになり、口の中がねばついた。
三月三日。メイドは確かにそう答えた。
「本当に? 」
念の為に聞いている。
「嘘なんかつきますか」
やはり事実だ。
「傷跡は残っているのに」
決して夢などではない。
未だに腹に銃弾が残されているかは定かではないが、確実に傷はリリアーナの体に跡をつけている。
「リリアーナ! ブライス伯爵から仮面舞踏会のお誘いよ! 」
唐突にドアが開いたかと思えば、頬を紅潮させた母が目を潤ませて飛び込んで来た。
「我が家も上級貴族の目に止まったのよ! 」
彼女は勿忘草の箔押しがなされた白封筒を、恭しく頭上に掲げてみせた。
三カ月前と同じシーン。同じ台詞。
同じことが繰り返されている!
「ああ! 早速、ドレスを仕立てましょうね! 色は青藤色で。胸の詰まったデザインで。バリー夫人の店を予約しましょう。彼女は今、王都で一番のデザイナーよ」
まるで定型の台詞のように、一言一句違わない。
「ネックレスは私の真珠を使いなさいな。ああ、楽しみだわ」
両頬を手のひらで包み込み、ありったけの喜びを表現する母。
全く同じことだ。
「も、もしかして、やっぱり、三カ月前に時間が戻ってる? 」
三カ月前の三月三日。
仮面舞踏会の招待状が来た日に、時間が巻き戻っている。
「や、やり直せるの? 」
嘘かも知れない。
だけど、本当かも知れない。
この世にはリリアーナの常識では測れないことが、確実にある。
これはきっと、神様が与えてくださった好機だ。
「そ、それなら。彼を死なせたりはしない」
やり直せるなら、今度こそヘマはしない。
みすみす目の前で彼を失うことを。
「彼を誘惑して、私だけに目を向けさせるわ」
リリアーナは決意した。
「そうしたら、彼は他の女性になんて見向きもしないはず」
むやみやたらと火遊びをしたから、思わぬしっぺ返しにあった。
それなら、そもそも火遊びをさせなければ良い。
「あのレイラにも、関わることなんてないわ」
ザカリスが自分だけに夢中になれば、そもそもレイラなどにちょっかいをかけることもない。
今までのリリアーナでは、思いつきもしないことだった。
だが、一度死んでしまったからか、もう以前の自分ではないように思う。
吹っ切れたと言うべきか。
怖いものなしだ。
絶対にやれる。
根拠のない自信がむくむくと膨らんでいった。
82
お気に入りに追加
311
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。
梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。
ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。
え?イザックの婚約者って私でした。よね…?
二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。
ええ、バッキバキに。
もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【完結】この運命を受け入れましょうか
なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」
自らの夫であるルーク陛下の言葉。
それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。
「承知しました。受け入れましょう」
ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。
彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。
みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。
だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。
そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。
あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。
これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。
前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。
ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。
◇◇◇◇◇
設定は甘め。
不安のない、さっくり読める物語を目指してます。
良ければ読んでくだされば、嬉しいです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる