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伯爵のお節介(回想)
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「これは、これは。ハッサム家のリリアーナ嬢」
陽気に片手を挙げながら、漆黒の髪をした大きな男が渡り廊下に近づいてきた。ニヤニヤと何やら企みを秘めた笑い方。
リリアーナの脇を、風と共に舌打ちが過った。
「おい! どういうつもりだ! 」
ザカリスが声を強張らせて、否応なしにその大男の胸倉を掴んだ。
漆黒の髪といい、物凄い背の高さといい、彼こそがブライス伯爵その人だ。
「何がだ? 」
ブライス伯爵フェルロイ・ラムズ。確か彼はプライベートではロイ・オルコットと名乗り、使い分けしているらしい。
「リリアーナをよくもこんな場所に引き摺り出したな」
険悪な雰囲気に、リリアーナはハラハラし、胸の前で手を組む。
リリアーナの前では穏やかなザカリスの、初めて見る一面だ。
「お前が愚図愚図しているからだ」
「何! 」
「バレバレだ。馬鹿者」
鬱陶しそうに伯爵は掴まれた手を振り払うと、襟首を直す。
「だからこの伯爵である私自らがお節介を焼いてやったと言うのに」
「誤解するな。リリアーナは妹同然に可愛がっている娘だ」
ザカリスは腕を組むなり、いらいらと靴先で床を鳴らす。
「確かお前は貧乳好みだったな。大人びた美女ではなく、可愛らしい幼い、ちょうどあのような感じの」
などと、意味を含んだ眼差しをリリアーナに向ける伯爵。
「いい加減にしろ! 」
ザカリスが激昂する。
「やれやれ。大切にし過ぎて、籠に閉じ込めておくつもりか? 」
「違う。時期が来れば、然るべきやつに渡してやるんだ。まだそのときじゃない」
「悠長なことを。後悔するぞ? 」
「見境なく手当たり次第のお前は、そうだろうよ」
「指を咥えて、他のやつに委ねる気か? 」
伯爵はリリアーナを一瞥する。
仮面で覆っているのに、彼の眼差しは鋭く尖っている。
リリアーナは思わず踵を引いた。
「ロイ。お前は誤解している」
リリアーナの怯えに気づいたザカリスは、さりげなく彼女の前に立つと、その肩幅で伯爵からの視線を遮る。
「リリアーナは妹みたいなものだ。これから先もな」
ザカリスの優しさは、あくまで妹同然の昔馴染みに対するもの。
最初はザカリスに安心感を抱いて泣けてきたのだが、こうもあっさり恋愛に対して論外とされては、また違った涙が出てくる。
「話は終わりだ」
ザカリスは告げた。
「リリアーナ。帰るぞ」
彼の背後で、こっそりと仮面の下の涙を拭っていたリリアーナは、慌てて指先の雫を散らす。
「パーティーを楽しまないのか? レイラが探してたぞ」
伯爵はリリアーナの微妙な動きで泣いていることに気づいたようだが、敢えて見ない振りを決め込んだ。
「レイラか。あの女、最近やたらと執着してくるんだ」
リリアーナに背を向けているザカリスは、彼女のそんな些細な動作には気づいていない。
レイラとか言う女性の名を嫌そうに口にした。
「気をつけろよ。あの女、物凄い目つきだったぞ」
伯爵はあくまで他人事だ。
「ご忠告、どうも」
苦々しい顔つきで、ザカリスは嫌味っぽく返した。
陽気に片手を挙げながら、漆黒の髪をした大きな男が渡り廊下に近づいてきた。ニヤニヤと何やら企みを秘めた笑い方。
リリアーナの脇を、風と共に舌打ちが過った。
「おい! どういうつもりだ! 」
ザカリスが声を強張らせて、否応なしにその大男の胸倉を掴んだ。
漆黒の髪といい、物凄い背の高さといい、彼こそがブライス伯爵その人だ。
「何がだ? 」
ブライス伯爵フェルロイ・ラムズ。確か彼はプライベートではロイ・オルコットと名乗り、使い分けしているらしい。
「リリアーナをよくもこんな場所に引き摺り出したな」
険悪な雰囲気に、リリアーナはハラハラし、胸の前で手を組む。
リリアーナの前では穏やかなザカリスの、初めて見る一面だ。
「お前が愚図愚図しているからだ」
「何! 」
「バレバレだ。馬鹿者」
鬱陶しそうに伯爵は掴まれた手を振り払うと、襟首を直す。
「だからこの伯爵である私自らがお節介を焼いてやったと言うのに」
「誤解するな。リリアーナは妹同然に可愛がっている娘だ」
ザカリスは腕を組むなり、いらいらと靴先で床を鳴らす。
「確かお前は貧乳好みだったな。大人びた美女ではなく、可愛らしい幼い、ちょうどあのような感じの」
などと、意味を含んだ眼差しをリリアーナに向ける伯爵。
「いい加減にしろ! 」
ザカリスが激昂する。
「やれやれ。大切にし過ぎて、籠に閉じ込めておくつもりか? 」
「違う。時期が来れば、然るべきやつに渡してやるんだ。まだそのときじゃない」
「悠長なことを。後悔するぞ? 」
「見境なく手当たり次第のお前は、そうだろうよ」
「指を咥えて、他のやつに委ねる気か? 」
伯爵はリリアーナを一瞥する。
仮面で覆っているのに、彼の眼差しは鋭く尖っている。
リリアーナは思わず踵を引いた。
「ロイ。お前は誤解している」
リリアーナの怯えに気づいたザカリスは、さりげなく彼女の前に立つと、その肩幅で伯爵からの視線を遮る。
「リリアーナは妹みたいなものだ。これから先もな」
ザカリスの優しさは、あくまで妹同然の昔馴染みに対するもの。
最初はザカリスに安心感を抱いて泣けてきたのだが、こうもあっさり恋愛に対して論外とされては、また違った涙が出てくる。
「話は終わりだ」
ザカリスは告げた。
「リリアーナ。帰るぞ」
彼の背後で、こっそりと仮面の下の涙を拭っていたリリアーナは、慌てて指先の雫を散らす。
「パーティーを楽しまないのか? レイラが探してたぞ」
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「レイラか。あの女、最近やたらと執着してくるんだ」
リリアーナに背を向けているザカリスは、彼女のそんな些細な動作には気づいていない。
レイラとか言う女性の名を嫌そうに口にした。
「気をつけろよ。あの女、物凄い目つきだったぞ」
伯爵はあくまで他人事だ。
「ご忠告、どうも」
苦々しい顔つきで、ザカリスは嫌味っぽく返した。
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