7 / 71
忍び寄る魔の手(回想)
しおりを挟む
渡り廊下を真っ直ぐ進んで、中庭の噴水で鳥肌が立つくらいの甘い口説き文句を吐く恋人達を通り過ぎ、裏庭の温室前に出たときだ。
温室には、サボテンやアロエといった外国産の一風変わった鉢植えがずらりと並んでいる。夜は閉鎖され、頑丈に南京錠が掛けられていた。
生ぬるい風が頬を滑っていく。
まだ梅雨に入るには早いというのに。
その風の不気味な感触は、これから何やら不吉なことが起こるような、妙な胸騒ぎをリリアーナに予感させた。
このときすでに、リリアーナの第六感は的確に作動していたのだ。
「ザカリス様! 」
不意にキンキンした声で呼び止められた。
明らかに染色したとわかる黄色い髪を縦に巻き、丁寧に結い上げた女性が、仁王立ちでぶるぶると震えていた。
付け睫が重く瞼の付け根に乗り、濃いめの化粧が派手派手しい。
深緑色のドレスにはリボンやレース、刺繍といったあらゆる装飾が大ぶりで、目がチカチカさえする。
肉付きの良いむっちりした体は、ムンムンした色気を放っている。
「あなたにファーストネームで呼ばれる筋合いはない」
ザカリスは冷たく言い放つ。
「酷いわ。先週はベッドの中でレイラとお呼びくださったのに」
「呼んだのはロイであって、私ではない」
斜め後ろに控えるリリアーナを気にしつつ、ザカリスは忌々し気に吐き捨てた。
「冷たいのね。あれほど熱い夜を過ごしたというのに」
レイラはリリアーナを凝視している。ザカリスを相手にすると言うよりは、リリアーナを挑発しているのだ。
「私だけではないだろ。他の三人にも言ってやってくれ」
ムスッと不機嫌に眉を寄せたザカリスは、さっさとレイラの前を通り抜けようとする。
リリアーナを前にしたときの、穏やかな雰囲気のザカリスではない。
「待って。ザカリス様」
レイラは両手を広げて進路を遮った。ザカリスの一睨みを食らって、言い直す。
「ロナルド卿」
鬱陶しげにザカリスが振り向いた。
「随分と可愛らしいお嬢様をお連れね」
「知り合いの娘だ。穿った目で見るな」
リリアーナを庇い、彼女を背後に隠す。リリアーナはすっぽりとザカリスの背中に収まった。
「ベッドを共にしているのは、私だけではないのはわかっています」
己の胸に手を当てて、レイラは納得したように頷く。
「そちらのお嬢様もそうでしょう? 」
言いながら、ザカリスの背中からひょこりと顔を覗かせたリリアーナを睨みつけた。
びくり、とリリアーナの踵が三センチ浮く。
迫力ある美人の睨みを食らった。
「あらまあ。随分と許容範囲が広いのね」
二十三歳のリリアーナだが、童顔で身長も低いため、未だに十代に間違えられることがある。
「おい。それ以上、言うな」
ザカリスは苦虫を噛み潰す。
「彼女は何も知らないんだ」
「だから? 」
「醜い世界なんか、見せるんじゃない」
とても適齢期にぎりぎり引っ掛かる女性に対してのものではない。
リリアーナは、ザカリスが己に対してどのような目で見ているのか、思い知らされた。
温室には、サボテンやアロエといった外国産の一風変わった鉢植えがずらりと並んでいる。夜は閉鎖され、頑丈に南京錠が掛けられていた。
生ぬるい風が頬を滑っていく。
まだ梅雨に入るには早いというのに。
その風の不気味な感触は、これから何やら不吉なことが起こるような、妙な胸騒ぎをリリアーナに予感させた。
このときすでに、リリアーナの第六感は的確に作動していたのだ。
「ザカリス様! 」
不意にキンキンした声で呼び止められた。
明らかに染色したとわかる黄色い髪を縦に巻き、丁寧に結い上げた女性が、仁王立ちでぶるぶると震えていた。
付け睫が重く瞼の付け根に乗り、濃いめの化粧が派手派手しい。
深緑色のドレスにはリボンやレース、刺繍といったあらゆる装飾が大ぶりで、目がチカチカさえする。
肉付きの良いむっちりした体は、ムンムンした色気を放っている。
「あなたにファーストネームで呼ばれる筋合いはない」
ザカリスは冷たく言い放つ。
「酷いわ。先週はベッドの中でレイラとお呼びくださったのに」
「呼んだのはロイであって、私ではない」
斜め後ろに控えるリリアーナを気にしつつ、ザカリスは忌々し気に吐き捨てた。
「冷たいのね。あれほど熱い夜を過ごしたというのに」
レイラはリリアーナを凝視している。ザカリスを相手にすると言うよりは、リリアーナを挑発しているのだ。
「私だけではないだろ。他の三人にも言ってやってくれ」
ムスッと不機嫌に眉を寄せたザカリスは、さっさとレイラの前を通り抜けようとする。
リリアーナを前にしたときの、穏やかな雰囲気のザカリスではない。
「待って。ザカリス様」
レイラは両手を広げて進路を遮った。ザカリスの一睨みを食らって、言い直す。
「ロナルド卿」
鬱陶しげにザカリスが振り向いた。
「随分と可愛らしいお嬢様をお連れね」
「知り合いの娘だ。穿った目で見るな」
リリアーナを庇い、彼女を背後に隠す。リリアーナはすっぽりとザカリスの背中に収まった。
「ベッドを共にしているのは、私だけではないのはわかっています」
己の胸に手を当てて、レイラは納得したように頷く。
「そちらのお嬢様もそうでしょう? 」
言いながら、ザカリスの背中からひょこりと顔を覗かせたリリアーナを睨みつけた。
びくり、とリリアーナの踵が三センチ浮く。
迫力ある美人の睨みを食らった。
「あらまあ。随分と許容範囲が広いのね」
二十三歳のリリアーナだが、童顔で身長も低いため、未だに十代に間違えられることがある。
「おい。それ以上、言うな」
ザカリスは苦虫を噛み潰す。
「彼女は何も知らないんだ」
「だから? 」
「醜い世界なんか、見せるんじゃない」
とても適齢期にぎりぎり引っ掛かる女性に対してのものではない。
リリアーナは、ザカリスが己に対してどのような目で見ているのか、思い知らされた。
56
お気に入りに追加
311
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@初書籍発売中【二度婚約破棄】
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる