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忍び寄る魔の手(回想)

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 渡り廊下を真っ直ぐ進んで、中庭の噴水で鳥肌が立つくらいの甘い口説き文句を吐く恋人達を通り過ぎ、裏庭の温室前に出たときだ。
 温室には、サボテンやアロエといった外国産の一風変わった鉢植えがずらりと並んでいる。夜は閉鎖され、頑丈に南京錠が掛けられていた。
 生ぬるい風が頬を滑っていく。
 まだ梅雨に入るには早いというのに。
 その風の不気味な感触は、これから何やら不吉なことが起こるような、妙な胸騒ぎをリリアーナに予感させた。
 このときすでに、リリアーナの第六感は的確に作動していたのだ。


「ザカリス様! 」
 不意にキンキンした声で呼び止められた。
 明らかに染色したとわかる黄色い髪を縦に巻き、丁寧に結い上げた女性が、仁王立ちでぶるぶると震えていた。
 付け睫が重く瞼の付け根に乗り、濃いめの化粧が派手派手しい。
 深緑色のドレスにはリボンやレース、刺繍といったあらゆる装飾が大ぶりで、目がチカチカさえする。
 肉付きの良いむっちりした体は、ムンムンした色気を放っている。
「あなたにファーストネームで呼ばれる筋合いはない」
 ザカリスは冷たく言い放つ。
「酷いわ。先週はベッドの中でレイラとお呼びくださったのに」
「呼んだのはロイであって、私ではない」
 斜め後ろに控えるリリアーナを気にしつつ、ザカリスは忌々し気に吐き捨てた。
「冷たいのね。あれほど熱い夜を過ごしたというのに」
 レイラはリリアーナを凝視している。ザカリスを相手にすると言うよりは、リリアーナを挑発しているのだ。
「私だけではないだろ。他の三人にも言ってやってくれ」
 ムスッと不機嫌に眉を寄せたザカリスは、さっさとレイラの前を通り抜けようとする。
 リリアーナを前にしたときの、穏やかな雰囲気のザカリスではない。
「待って。ザカリス様」
 レイラは両手を広げて進路を遮った。ザカリスの一睨みを食らって、言い直す。
「ロナルド卿」
 鬱陶しげにザカリスが振り向いた。
「随分と可愛らしいお嬢様をお連れね」
「知り合いの娘だ。穿った目で見るな」
 リリアーナを庇い、彼女を背後に隠す。リリアーナはすっぽりとザカリスの背中に収まった。
「ベッドを共にしているのは、私だけではないのはわかっています」
 己の胸に手を当てて、レイラは納得したように頷く。
「そちらのお嬢様もそうでしょう? 」
 言いながら、ザカリスの背中からひょこりと顔を覗かせたリリアーナを睨みつけた。
 びくり、とリリアーナの踵が三センチ浮く。
 迫力ある美人の睨みを食らった。
「あらまあ。随分と許容範囲が広いのね」
 二十三歳のリリアーナだが、童顔で身長も低いため、未だに十代に間違えられることがある。
「おい。それ以上、言うな」
 ザカリスは苦虫を噛み潰す。
「彼女は何も知らないんだ」
「だから? 」
「醜い世界なんか、見せるんじゃない」
 とても適齢期にぎりぎり引っ掛かる女性に対してのものではない。
 リリアーナは、ザカリスが己に対してどのような目で見ているのか、思い知らされた。
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