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恋する乙女は挫けない

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「都合の良い早とちりはやめろ」
 うんざりして、ザカリスは本に挟んだ栞を探す。目的のページが見つかった途端、もうリリアーナには視線すら送らない。
「俺は、お前がそろそろ飽きる頃ではないかと聞いたんだ」
「何にでしょうか? 」
「俺にだ! 」
「ありえません」
 リリアーナは断言する。
 文章を追うザカリスの目元が引き攣る。
「私は七つの頃から丸十六年。ザカリス様一筋です」
「十六から七年だろ」
「いえ。七つから十六年です」
 リリアーナはハッキリ訂正した。ここは譲れない。恋する年月は、誰にも負けないつもりだ。
「好きだと大っぴらに口にしてまだ一ヶ月ですが、あなたのことは十六年間、ずっと慕っておりました」
 ザカリスは本から目線を上げないものの、文章を追うのは諦めたらしい。
「嘘つけ」
「本当です」
「十六年前は、俺は寄宿学校にいたぞ」
「一度、お会いしております」
「いつだ? 」
「あなたのお母様の葬儀です」
 肺病を患い他界したザカリスの母。母同士昔から懇意であり、リリアーナのことも娘同然だったから、葬儀に出るのは至極当然のことだった。
 そのときに、まだ声変わりすらしていない少年だったザカリスに出会っている。
「覚えてないな」
 ザカリスは素っ気なく言い放った。
「これで二十回目です。もしかして、記憶中枢に異常を来しているのではありませんか? 」
「何だと? 」
「一度、お医者様に診ていただいた方が」
「黙れ! 」
 ことあるごとにこの話題を出すが、ザカリスの耳は素通りしていくばかり。
「お前の話なんか、聞くに値しないから、聞かないだけだ」
 なかなか手厳しい。  
「まあ。意地悪な言い方」
 こんなことくらいで、挫けてたまるか。
 リリアーナはこっそりと胸を拳で叩いて気合いを入れると、深呼吸する。凹んだりしたら、相手の思う壺だ。
 リリアーナは笑顔を張り付かせた。
「もしかして、好きな女の子に対してわざと意地悪をすると言う、子供特有の愛情表現ですか? 」
 あくまで前向きな発言。
「おい」
 ザカリスは指先でこめかみを押さえながら呻いた。
「お前と話していると目眩がする。帰れ」
 リリアーナは首を横に振った。
「ですが、まだ本を選んではおりません」
「何? 」
「今日はロナルド邸の蔵書をお借りしに来ましたのよ」
 そもそもリリアーナがこの場所を訪ねたのは、語学の勉強を兼ねて本を借りに来たからだ。
 昔に比べてだいぶと手に入れ易くなったとはいえ、本はまだまだ貴重だった。おいそれと手に出来る代物ではない。
 だが、ロナルド家は知識に関して金に糸目をつけず、蔵書は年々増すばかり。
 彼曰く母の遺言で「リリアーナにたくさん本を読ませてあげて」と言うことらしく、ザカリスは未だに忠実にそれを守り、リリアーナが図書室に踏み入ることを許可してくれている。
 恋愛小説、冒険譚、伝記、歴史物、あらゆる種別の本が揃っている、リリアーナにとっては夢の空間だ。
「ああ。そうだったな。好きな本を選んでさっさと帰れ。目障りだ」
 面倒臭そうに早口でザカリスは言い捨てた。
「相変わらず、酷い方」
 リリアーナは可愛らしく頬を膨らませてみせる。
「それ以上口を開くと、この拳を飲み込ませるぞ」
 ザカリスを余計に苛立たせるだけだった。
「そんなことをされたら、顎が砕けてしまいます」
「ああ、そうだ。だったら早く俺の前から去れ」
 まるで野良犬を追い払うように、シッシッとされる。
 リリアーナはこっそりと苦い息を吐いた。
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