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令嬢リリアーナは恋してる

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「ザカリス様。大好きです」
「あ、そう。俺は大嫌いだ」
 ザカリスは言うなり、読んでいた小説をパタンと閉じると、フンと鼻を鳴らした。
 そっぽ向かれようと、動じるリリアーナではない。
「もう。照れちゃって。可愛らしいったら」
「別に照れてもいないし、七つも下の女に可愛いなどと言われる筋合いはない」
「またまた。照れ隠しですか? 」
 図書室のテーブルに肘をつき、身を乗り出す。
 ザカリスは鬱陶しそうに顔をしかめた。
「リリアーナ・ラーナ」
 一字一字を強めに、ザカリスは彼女を呼ぶ。
 リリアーナは小首を傾げて、肩下あたりまで揃えた赤い髪を揺らした。
「嫌だわ。ザカリス様ったら。そんな他人行儀な」
「他人だ」
「リリアーナとでも、リリィとでもお呼びくださいと申しましたのに」
「ハッサム家リリアーナ・ラーナ」
 ザカリスはわざと彼女の本名を呼ぶ。
「七年だ」
「え? 」
 いきなり飛び出した数字に、リリアーナはさらに首を傾げる。灰褐色の瞳が瞬いた。
「俺が二十三で男爵家を継いで、七年だ」
「もう、そんなになりますの」
 ザカリスは父親が年老いた頃に出来た子供だったため、跡を継いだのはまだ若いうちだ。
 彼の父は今は田舎で優雅に庭いじりに勤しんでいるとか。
 リリアーナも彼の父には幼い頃、可愛がってもらった。
「お前、社交デビューして七年だろ」
「ええ」
「今年で二十三だ」
「はい」
「女子の適齢期は、十六から二十三」
「今年で適齢期が終わりますわね」
「わかっているじゃないか」
 ザカリスはふーっと鼻から長く息を吐くと、椅子の背に深く凭れ掛かった。
 ロナルド男爵家の図書室は、おそらくどの貴族の屋敷よりも広々として、凝った造りとなっている。
 税金の関係で無駄に窓が設えられていないこの国には珍しく、ロナルド邸は外観重視で建物には等間隔に窓が並び、見事なステンドグラスが嵌め込まれていた。
 図書室も例外ではなく、ロナルド家の紋章に使われているクチナシの花が図案化されたステンドグラスだ。
 ちょうど西陽に晒されて七色の光がテーブルに届いた。
 脚を組んで踏ん反るザカリスは、光を浴びて、まさしく皇帝閣下の威厳すらある。
 とても、一男爵とは思えない。
 リリアーナは、うっとりと睫毛を瞬かせる。
「もしかして、プロポーズですか? 」
 ぽう、と見惚れたまま、リリアーナは尋ねた。
「何? 」
 不愉快にザカリスの眉根が寄る。
「いやだわ。遠回しに」
 リリアーナは肘をついた手に顎を乗せて、くすくすと鈴の声を揺らす。
「ザカリス様って、案外、回りくどい方なのね」
 何を言っているんだ、この娘は。そう言いたげにザカリスの目つきが鋭くなる。
「勿論、お受けします」
「おい」
「私、これでも女主人の心得は出来てましてよ」
「待て」
急拵きゅうごしらえですが、読み書きに加え、算術も。三カ国語も何とか会得しております。護身術も今、習っておりますの」
「待て待て」
「閨の知識もバッチリですわ。昼も夜も、ザカリス様を満足させる自信が」
「待て待て待て! 」
 堪らずザカリスが声を張り上げた。
「アホか! 」
 力任せにテーブルを拳で叩きつける。
「まあ、いきなり不躾な」
 リリアーナは大袈裟なくらい目を丸めた。
「アホにアホと言って、何が悪い! 」
 怒り心頭のザカリスは、さらに天板を殴りつけた。
「誰がお前にプロポーズすると言った! 」
 対するリリアーナは、キョトンとする。
「ですから、ザカリス様が」
「言ってない! 」
 ザカリスがあんまり大きな口を開けて怒鳴りつけるものだから、彼の喉彦がリリアーナに丸見えだった。
 こんなふうに声を荒げる彼も、普段は見えない喉彦まで目に出来るのも、私だけ。
 リリアーナは前向きに考え、満足気にほくそ笑んだ。
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