【完結】女騎士レイノリアは秘密ではない恋をしている

晴 菜葉

文字の大きさ
上 下
20 / 26

拉致されたレイノリア

しおりを挟む
 うっすらと瞼を開けると、飛び込んできたのは、見慣れない天井の木目。
 恐る恐る起き上がる。
 明らかに己の部屋とは違う光景。
 染みの目立つ薄汚れた漆喰壁、広さ四畳半の日に焼けた板間。テーブルや椅子といった生活家具が一切なく、がらんとしている。片隅には絵描きの家でよく見るキャンパスがある。だが、カーテンさえない。部屋の隅に何やら書き殴った紙片が何枚も広がるのみで、まるで引っ越し直後のような室内だ。
「お目覚めですか」
 汚れ一つない靴先が目の前にある。目線を上へと移動させると、これが夢ではないことを突きつけられ、凍りついた。
 デイビスは無表情で、真上から紙片をばらまいた。
「なっ」
 ひらひらと舞う一枚一枚に、血の気が引く。
 どれもが、セックスの最中の模写だ。
 レイノリアは一枚たりとも残さずといった勢いで掻き集め、胸に抱く。誰かの目に晒したら大変だ。
 デイビスは最後の一枚を横から掠め取ると、不機嫌に鼻を鳴らした。
「こんな大男のどこがいいんですか。まあ、体はなかなか良い造りですけどね。それだけだ」
 ぐしゃ、と握り潰したのは、ライナードの恍惚の表情がアップされたもの。デイビスはそれを放り捨てると、レイノリアに顔を近付けた。
「僕の方があなたを大切にします。補償する」
「や、やめて! 近づかないで! 」
「酷い言い方だなあ」
 何とか笑おうと試みたが失敗した、そんな風にデイビスは鼻の頭に皺を寄せる。
「この模写をばらかまれてもいいんですか? 」
 中身がレイノリアに確認出来るよう、キャンパスの位置をずらす。向けられた絵を目にしたとき、レイノリアは言葉を失い、思わず尻持ちをついたまま後ろへと身を退いた。
「私の機嫌を損ねれば、新聞社に流しますよ。そうなれば、あなたの大好きな隊長は終わる。確実に」
 レイノリアとライナードが睦合う姿が大きく描かれている。実際の姿よりも遥かに卑猥としか言いようがない。興奮して反り返り壁を蹴る仕草など、局部が丸出しだ。親が見れば、確実に首を吊る。
「何が目的? 金? 」
「そんなつまらないもの、望んではいませんよ」
「じゃあ、何よ」
 悔しくて唇を噛めば、あまりの強さで血が滲む。鉄臭い味が口中に広がる。
 やれやれ、とデイビスはわざとらしく肩を竦めてみせた。
「手紙を読まなかったんですか? あれほど、情熱的な言葉を書き込んでいたというのに」
「何」
「豪雨で逃げ遅れた人々の救助にあたるあなたに一目惚れしました。あなたを抱きたい。滅茶苦茶に犯してやりたい。私なしでは生きていけなくなるまで監禁してやる。そう書いてあったでしょう」
 ライナードが手紙を処分するはずだ。
 内容は度を越えている。
 卑猥な文面に、レイノリアは唾を吐きかけたくなる。真夏特有のじめじめした蒸し暑さなのに、皮膚にはポツポツと鳥肌が浮かび始めていた。
「あなたに確実に届くようにと、初めての手紙は、わざわざ隊員の方に文面を見せて、手渡しまでしたのに」
 悪寒にばかり気を取られて、構えるのが遅れた。
 あっと気付いたときには、デイビスに手首を掴まれ頭上に捻り上げられていた。
「い、痛い! 」
「よくも今まで、さんざん無視してくれましたね。私は怒っているんです。お仕置きが必要ですね」
「や、やめなさい! 」
 騎士団として、日々の訓練は怠ったことがない。腕力も世間一般の男子並みにある方だ。それなのに、何故かデイビスに掴まれた手を振り解けない。指先が皮膚に食い込み、レイノリアは痛みで顔をしかめた。
 これが潜在能力というものだろうか。
 自分の腕の半分くらいしかない男の秘められた力に、レイノリアはぎゅっと奥歯を噛んだ。
 じりじりとデイビスの顔が迫ってくる。鼻先を、吐く息が掠めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...