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拉致されたレイノリア
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うっすらと瞼を開けると、飛び込んできたのは、見慣れない天井の木目。
恐る恐る起き上がる。
明らかに己の部屋とは違う光景。
染みの目立つ薄汚れた漆喰壁、広さ四畳半の日に焼けた板間。テーブルや椅子といった生活家具が一切なく、がらんとしている。片隅には絵描きの家でよく見るキャンパスがある。だが、カーテンさえない。部屋の隅に何やら書き殴った紙片が何枚も広がるのみで、まるで引っ越し直後のような室内だ。
「お目覚めですか」
汚れ一つない靴先が目の前にある。目線を上へと移動させると、これが夢ではないことを突きつけられ、凍りついた。
デイビスは無表情で、真上から紙片をばらまいた。
「なっ」
ひらひらと舞う一枚一枚に、血の気が引く。
どれもが、セックスの最中の模写だ。
レイノリアは一枚たりとも残さずといった勢いで掻き集め、胸に抱く。誰かの目に晒したら大変だ。
デイビスは最後の一枚を横から掠め取ると、不機嫌に鼻を鳴らした。
「こんな大男のどこがいいんですか。まあ、体はなかなか良い造りですけどね。それだけだ」
ぐしゃ、と握り潰したのは、ライナードの恍惚の表情がアップされたもの。デイビスはそれを放り捨てると、レイノリアに顔を近付けた。
「僕の方があなたを大切にします。補償する」
「や、やめて! 近づかないで! 」
「酷い言い方だなあ」
何とか笑おうと試みたが失敗した、そんな風にデイビスは鼻の頭に皺を寄せる。
「この模写をばらかまれてもいいんですか? 」
中身がレイノリアに確認出来るよう、キャンパスの位置をずらす。向けられた絵を目にしたとき、レイノリアは言葉を失い、思わず尻持ちをついたまま後ろへと身を退いた。
「私の機嫌を損ねれば、新聞社に流しますよ。そうなれば、あなたの大好きな隊長は終わる。確実に」
レイノリアとライナードが睦合う姿が大きく描かれている。実際の姿よりも遥かに卑猥としか言いようがない。興奮して反り返り壁を蹴る仕草など、局部が丸出しだ。親が見れば、確実に首を吊る。
「何が目的? 金? 」
「そんなつまらないもの、望んではいませんよ」
「じゃあ、何よ」
悔しくて唇を噛めば、あまりの強さで血が滲む。鉄臭い味が口中に広がる。
やれやれ、とデイビスはわざとらしく肩を竦めてみせた。
「手紙を読まなかったんですか? あれほど、情熱的な言葉を書き込んでいたというのに」
「何」
「豪雨で逃げ遅れた人々の救助にあたるあなたに一目惚れしました。あなたを抱きたい。滅茶苦茶に犯してやりたい。私なしでは生きていけなくなるまで監禁してやる。そう書いてあったでしょう」
ライナードが手紙を処分するはずだ。
内容は度を越えている。
卑猥な文面に、レイノリアは唾を吐きかけたくなる。真夏特有のじめじめした蒸し暑さなのに、皮膚にはポツポツと鳥肌が浮かび始めていた。
「あなたに確実に届くようにと、初めての手紙は、わざわざ隊員の方に文面を見せて、手渡しまでしたのに」
悪寒にばかり気を取られて、構えるのが遅れた。
あっと気付いたときには、デイビスに手首を掴まれ頭上に捻り上げられていた。
「い、痛い! 」
「よくも今まで、さんざん無視してくれましたね。私は怒っているんです。お仕置きが必要ですね」
「や、やめなさい! 」
騎士団として、日々の訓練は怠ったことがない。腕力も世間一般の男子並みにある方だ。それなのに、何故かデイビスに掴まれた手を振り解けない。指先が皮膚に食い込み、レイノリアは痛みで顔をしかめた。
これが潜在能力というものだろうか。
自分の腕の半分くらいしかない男の秘められた力に、レイノリアはぎゅっと奥歯を噛んだ。
じりじりとデイビスの顔が迫ってくる。鼻先を、吐く息が掠めた。
恐る恐る起き上がる。
明らかに己の部屋とは違う光景。
染みの目立つ薄汚れた漆喰壁、広さ四畳半の日に焼けた板間。テーブルや椅子といった生活家具が一切なく、がらんとしている。片隅には絵描きの家でよく見るキャンパスがある。だが、カーテンさえない。部屋の隅に何やら書き殴った紙片が何枚も広がるのみで、まるで引っ越し直後のような室内だ。
「お目覚めですか」
汚れ一つない靴先が目の前にある。目線を上へと移動させると、これが夢ではないことを突きつけられ、凍りついた。
デイビスは無表情で、真上から紙片をばらまいた。
「なっ」
ひらひらと舞う一枚一枚に、血の気が引く。
どれもが、セックスの最中の模写だ。
レイノリアは一枚たりとも残さずといった勢いで掻き集め、胸に抱く。誰かの目に晒したら大変だ。
デイビスは最後の一枚を横から掠め取ると、不機嫌に鼻を鳴らした。
「こんな大男のどこがいいんですか。まあ、体はなかなか良い造りですけどね。それだけだ」
ぐしゃ、と握り潰したのは、ライナードの恍惚の表情がアップされたもの。デイビスはそれを放り捨てると、レイノリアに顔を近付けた。
「僕の方があなたを大切にします。補償する」
「や、やめて! 近づかないで! 」
「酷い言い方だなあ」
何とか笑おうと試みたが失敗した、そんな風にデイビスは鼻の頭に皺を寄せる。
「この模写をばらかまれてもいいんですか? 」
中身がレイノリアに確認出来るよう、キャンパスの位置をずらす。向けられた絵を目にしたとき、レイノリアは言葉を失い、思わず尻持ちをついたまま後ろへと身を退いた。
「私の機嫌を損ねれば、新聞社に流しますよ。そうなれば、あなたの大好きな隊長は終わる。確実に」
レイノリアとライナードが睦合う姿が大きく描かれている。実際の姿よりも遥かに卑猥としか言いようがない。興奮して反り返り壁を蹴る仕草など、局部が丸出しだ。親が見れば、確実に首を吊る。
「何が目的? 金? 」
「そんなつまらないもの、望んではいませんよ」
「じゃあ、何よ」
悔しくて唇を噛めば、あまりの強さで血が滲む。鉄臭い味が口中に広がる。
やれやれ、とデイビスはわざとらしく肩を竦めてみせた。
「手紙を読まなかったんですか? あれほど、情熱的な言葉を書き込んでいたというのに」
「何」
「豪雨で逃げ遅れた人々の救助にあたるあなたに一目惚れしました。あなたを抱きたい。滅茶苦茶に犯してやりたい。私なしでは生きていけなくなるまで監禁してやる。そう書いてあったでしょう」
ライナードが手紙を処分するはずだ。
内容は度を越えている。
卑猥な文面に、レイノリアは唾を吐きかけたくなる。真夏特有のじめじめした蒸し暑さなのに、皮膚にはポツポツと鳥肌が浮かび始めていた。
「あなたに確実に届くようにと、初めての手紙は、わざわざ隊員の方に文面を見せて、手渡しまでしたのに」
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「い、痛い! 」
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これが潜在能力というものだろうか。
自分の腕の半分くらいしかない男の秘められた力に、レイノリアはぎゅっと奥歯を噛んだ。
じりじりとデイビスの顔が迫ってくる。鼻先を、吐く息が掠めた。
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