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怪しい男
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アスカー通りで箱馬車による多重事故、引火。六人重軽傷。
王国公認の新聞の見出しに目を通したとき、名前を呼ばれて立ち上がる。
勘定を済ませ、医者の屋敷を出たところで、レイノリアは足を止めた。
「よお。大丈夫か」
頬に切り傷を作った隊長が、軽く片手を上げる。
レイノリアはそれに対し、どう切り返すべきか逡巡し、結局、目を逸らすことしが出来なかった。
昨日の事故で医者の邸宅に運ばれたレイノリアは、背中に軽度の熱傷と診断され、治療のために一日入院した。
それほど大ごとではなく、翌朝にはもう退院だ。
姉の嫁ぎ先に厄介になっている両親には、わざわざ戻る必要もないことを早馬で伝えてあり、隊員の見舞いも丁重に断ってあったので、まさか隊長がこの場に姿を見せるとは思いも寄らなかった。
どうして、とレイノリアは聞けない。
さりげなくレイノリアのボストンバッグを持ってくれるライナードの横顔が、何やら怒っているように細目になっていたからだ。眉間の縦皺がいつになく濃いのは、気のせいではない。
「レイノリア・リューさん」
不意に名前を呼ばれて振り返れば、どこかで見た顔だ。
「怪我されたそうですね。大丈夫ですか。もう心配で心配で、いてもたってもいられず」
ロベルト公爵私設騎士団が事故に巻き込まれたなど、どの新聞にも出ていないはずだ。医者の関係者から情報を入手したのだろうか。
レイノリアがいかにも訝るように眉をぴくりと動かしても、男は構うことなく大股で近づいてきた。
両方の手でレイノリアの右手首を掴むと、上下に振った。
「無事で良かった。本当に良かった」
その仕草に数日前の内部閉じ込みの件が蘇った。
「デイビスさん、でしたっけ? 」
何故ここに。最後の言葉を飲み込んで問いかけると、たちまちデイビスは破顔する。
「覚えてくれてたんですか。いやあ、光栄だなあ。僕はね、レイノリアさん。あなたのことが」
「レイノリア・リュー。うちの箱馬車はこっち。送ってやるから乗れ」
話の途中でライナードが割って入る。いつもに比べて声が一オクターブ低い。
ジロリと上から睨みつけられ、デイビスはヒッと喉を鳴らして姿勢を正した。
その隙に、ライナードはレイノリアの腕をおもむろに掴むや力任せに引っ張り、足を速めた。
ライナードの実家は由緒正しき騎士の家系だ。母方は王家の傍系だとか。代々、騎士を拝領された近衛兵の中でも位の高い家ときく。
その三男坊のライナードはかつての婚約破談が拗れ、家を出て、ロベルト家お抱え騎士に鞍替えしたらしい。
小うるさい見合い話がなくなって、せいせいしたよ。
破格の給金で屋敷を建て、独身生活を満喫しているとうそぶいた。
羽目を外すところだが、その割に女性関係には疎い。そんな硬派な隊長に、レイノリアは心酔した。
客車に乗り込むときも、走行中も、レイノリアの仮の住処である宿屋の前で停車させたときも、向かい側に腰を下ろすライナードは終始無言だった。
こっそりレイノリアが目だけ向けると、ライナードの眉間の皺は消えてはおらす、怒っているかのように相変わらず唇を引き結んだままだ。
「ちょっと話があるんだが。いいか? 」
馬を止め、先に降りて手を差し出しながら、仏頂面を崩さず尋ねてきた。
わざわざ迎えに来たのは、二人きりで話をするため。
先日の隊員らの会話が過る。
ライナードの得体の知れない素っ気なさと結びついた。
「ど、どうぞ」
断るはずが、出て来た言葉は肯定だった。
真っ直ぐにライナードに見据えられると、思い通りに操られてしまう。
彼から告げられるのが、自分にとってこの上なく悲惨なものであるとわかっていようとも。
王国公認の新聞の見出しに目を通したとき、名前を呼ばれて立ち上がる。
勘定を済ませ、医者の屋敷を出たところで、レイノリアは足を止めた。
「よお。大丈夫か」
頬に切り傷を作った隊長が、軽く片手を上げる。
レイノリアはそれに対し、どう切り返すべきか逡巡し、結局、目を逸らすことしが出来なかった。
昨日の事故で医者の邸宅に運ばれたレイノリアは、背中に軽度の熱傷と診断され、治療のために一日入院した。
それほど大ごとではなく、翌朝にはもう退院だ。
姉の嫁ぎ先に厄介になっている両親には、わざわざ戻る必要もないことを早馬で伝えてあり、隊員の見舞いも丁重に断ってあったので、まさか隊長がこの場に姿を見せるとは思いも寄らなかった。
どうして、とレイノリアは聞けない。
さりげなくレイノリアのボストンバッグを持ってくれるライナードの横顔が、何やら怒っているように細目になっていたからだ。眉間の縦皺がいつになく濃いのは、気のせいではない。
「レイノリア・リューさん」
不意に名前を呼ばれて振り返れば、どこかで見た顔だ。
「怪我されたそうですね。大丈夫ですか。もう心配で心配で、いてもたってもいられず」
ロベルト公爵私設騎士団が事故に巻き込まれたなど、どの新聞にも出ていないはずだ。医者の関係者から情報を入手したのだろうか。
レイノリアがいかにも訝るように眉をぴくりと動かしても、男は構うことなく大股で近づいてきた。
両方の手でレイノリアの右手首を掴むと、上下に振った。
「無事で良かった。本当に良かった」
その仕草に数日前の内部閉じ込みの件が蘇った。
「デイビスさん、でしたっけ? 」
何故ここに。最後の言葉を飲み込んで問いかけると、たちまちデイビスは破顔する。
「覚えてくれてたんですか。いやあ、光栄だなあ。僕はね、レイノリアさん。あなたのことが」
「レイノリア・リュー。うちの箱馬車はこっち。送ってやるから乗れ」
話の途中でライナードが割って入る。いつもに比べて声が一オクターブ低い。
ジロリと上から睨みつけられ、デイビスはヒッと喉を鳴らして姿勢を正した。
その隙に、ライナードはレイノリアの腕をおもむろに掴むや力任せに引っ張り、足を速めた。
ライナードの実家は由緒正しき騎士の家系だ。母方は王家の傍系だとか。代々、騎士を拝領された近衛兵の中でも位の高い家ときく。
その三男坊のライナードはかつての婚約破談が拗れ、家を出て、ロベルト家お抱え騎士に鞍替えしたらしい。
小うるさい見合い話がなくなって、せいせいしたよ。
破格の給金で屋敷を建て、独身生活を満喫しているとうそぶいた。
羽目を外すところだが、その割に女性関係には疎い。そんな硬派な隊長に、レイノリアは心酔した。
客車に乗り込むときも、走行中も、レイノリアの仮の住処である宿屋の前で停車させたときも、向かい側に腰を下ろすライナードは終始無言だった。
こっそりレイノリアが目だけ向けると、ライナードの眉間の皺は消えてはおらす、怒っているかのように相変わらず唇を引き結んだままだ。
「ちょっと話があるんだが。いいか? 」
馬を止め、先に降りて手を差し出しながら、仏頂面を崩さず尋ねてきた。
わざわざ迎えに来たのは、二人きりで話をするため。
先日の隊員らの会話が過る。
ライナードの得体の知れない素っ気なさと結びついた。
「ど、どうぞ」
断るはずが、出て来た言葉は肯定だった。
真っ直ぐにライナードに見据えられると、思い通りに操られてしまう。
彼から告げられるのが、自分にとってこの上なく悲惨なものであるとわかっていようとも。
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