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隊長の思惑
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帰りの道中はひたすら静かだ。
皆、思うことがあるのか、セディに倣ってむっつりと口を引き結んでいる。
「二度目、ですよね」
ぽつり、とケインが呟く。
ああ、とワドルフが頷いた。
「何のことですか? 」
キョトン、とレイノリアの目が丸くなる。
セディは相変わらず無言を貫き、馬の扱いに集中していた。
「お前はこの間、公爵夫人の護衛で不在だったからな」
公爵夫人の護衛という名目での、所謂、買い物の荷物持ちだ。
意味深にケインが流し目を寄越してきた。
「何よ? 」
眉の中央に縦皺を作るレイノリアに、ケインはいらいらしたときの癖である、片方の目を細めた。
「だから、あの男は」
「ケイン」
ライナードが遮った。
ケインは片方の目を細めたままだ。
ライナードは首を横に振る。
「あの、隊長? 何ですか? 」
ライナードとケインの目だけの会話に入れない。いらいらとレイノリアは眉根の皺を深くする。
「気にするな。それより、食い損ねたスコーンが待ってるぞ。ぼんやりしてたら、お前の分まで食っちまうからな」
バンバンと背中を平手で叩かれ、ごほごほっとむせ返る。
相変わらずの馬鹿力は、手加減がない。
咳込み過ぎて、仕舞いに涙まで浮かんできた。苦しいこと極まりない。もうちょっと、加減してよね。涙混じりに訴えたら、ライナードはもうスコーンに何のジャムをつけるかでワドルフと談義していた。
「やはり、いちごですね」
「いやいや、ブルーベリーだろう」
「隊長はこう言っているが。セディはどうだい? 」
「……私は木苺が好みです」
「へえ。セディさん、意外に甘党なんだ」
レイノリア置いてけぼりで、ジャムの味で盛り上がっている。
だからレイノリアは、ライナードによって話をうやむやにされてしまったことすら気付かなかった。
夕食後、馬をねぎらい、トイレに寄ってから事務室に入る。先に戻っているはずの他の隊員の姿が見当たらない。
いや、そうではない。
隣の資料室に集まって、ぼそぼそと話し込む声が聞こえてきた。
「レイノリアのことだがなあ」
聞き耳を立てるつもりはなかったが、自分の名前が出てくれば、そうもいかない。息を呑み、中腰になって、恐る恐る資料室の扉に耳をくっつける。除け者にされていい気分はしない。
「さて。どうしたもんかな」
溜め息まじりの野太さは、明らかにライナードだ。
「そのうち、『荒地の魔女』を地で行かれちゃ、堪りませんよ」
ケインが続く。荒地の魔女? 何のこと? 愛しい男に会いたい一心で放火した魔女の童話を記憶の片隅から引っ張り出す。火をつけて、愛しい騎士を呼び、無理心中を図った悲しい御伽話。それが自身とどう結び付くのか、レイノリアにはさっぱりわからない。
「ケイン。他人のごみを勝手に漁って中を確かめるのは、騎士失格だぞ」
「ワドルフさんが、こそこそするからですよ」
「当たり前だろう。こんなもの、お前らに見せられるか」
求めた答えは出て来ず、ケインへの苦言に取っ手変わっている。
だから、荒地の魔女がどうしたの? レイノリアは息を殺し、さらに耳をそばだたせた。
「厄介なことになったもんだ」
ライナードが拳で壁を一つ叩く。
「レイノリアの責任じゃありませんよ」
珍しく意見したセディの声は、意外なことにレイノリアを庇うものだった。
「そりゃそうだ。けど、なあ」
弱り切ったワドルフの声。戸に阻まれて見えずとも、額に手を当てて宙空を眺めている姿が目に浮かぶ。
「まだ、こっちに被害は及んでいないが。問題が起こってからじゃ、手遅れだしなあ」
レイノリアは石像のように固まって動けなかった。
騎士団に所属して一年、足を引っ張ってばかりだが、クビが飛ぶほどの大きな失敗は犯していないと自負している。単なる思い込みだったのだろうか。会話から察するに、進退問題に発展しかねない内容だ。血の気が引いていく。
「レイノリア・リューをうちに入れたのは、失敗だったか」
ライナードの独白がとどめを刺した。
憧れの人物から、戦力外の烙印を押されてしまったのだ。
体中が小刻みに震え、喉に鉛玉を詰められてしまったように呼吸が苦しい。胸を掻き毟り、猫背になって呻いた。奥歯を食い縛っていないと、不覚にも涙が零れ落ちそうだ。
まだ会話は続いている。
しかし、すでにレイノリアの耳には届いていない。
話を終えた隊員らが資料室の扉を開ける頃には、すでにレイノリアはトイレに駆け込み、個室の中で咆哮を上げていた。
皆、思うことがあるのか、セディに倣ってむっつりと口を引き結んでいる。
「二度目、ですよね」
ぽつり、とケインが呟く。
ああ、とワドルフが頷いた。
「何のことですか? 」
キョトン、とレイノリアの目が丸くなる。
セディは相変わらず無言を貫き、馬の扱いに集中していた。
「お前はこの間、公爵夫人の護衛で不在だったからな」
公爵夫人の護衛という名目での、所謂、買い物の荷物持ちだ。
意味深にケインが流し目を寄越してきた。
「何よ? 」
眉の中央に縦皺を作るレイノリアに、ケインはいらいらしたときの癖である、片方の目を細めた。
「だから、あの男は」
「ケイン」
ライナードが遮った。
ケインは片方の目を細めたままだ。
ライナードは首を横に振る。
「あの、隊長? 何ですか? 」
ライナードとケインの目だけの会話に入れない。いらいらとレイノリアは眉根の皺を深くする。
「気にするな。それより、食い損ねたスコーンが待ってるぞ。ぼんやりしてたら、お前の分まで食っちまうからな」
バンバンと背中を平手で叩かれ、ごほごほっとむせ返る。
相変わらずの馬鹿力は、手加減がない。
咳込み過ぎて、仕舞いに涙まで浮かんできた。苦しいこと極まりない。もうちょっと、加減してよね。涙混じりに訴えたら、ライナードはもうスコーンに何のジャムをつけるかでワドルフと談義していた。
「やはり、いちごですね」
「いやいや、ブルーベリーだろう」
「隊長はこう言っているが。セディはどうだい? 」
「……私は木苺が好みです」
「へえ。セディさん、意外に甘党なんだ」
レイノリア置いてけぼりで、ジャムの味で盛り上がっている。
だからレイノリアは、ライナードによって話をうやむやにされてしまったことすら気付かなかった。
夕食後、馬をねぎらい、トイレに寄ってから事務室に入る。先に戻っているはずの他の隊員の姿が見当たらない。
いや、そうではない。
隣の資料室に集まって、ぼそぼそと話し込む声が聞こえてきた。
「レイノリアのことだがなあ」
聞き耳を立てるつもりはなかったが、自分の名前が出てくれば、そうもいかない。息を呑み、中腰になって、恐る恐る資料室の扉に耳をくっつける。除け者にされていい気分はしない。
「さて。どうしたもんかな」
溜め息まじりの野太さは、明らかにライナードだ。
「そのうち、『荒地の魔女』を地で行かれちゃ、堪りませんよ」
ケインが続く。荒地の魔女? 何のこと? 愛しい男に会いたい一心で放火した魔女の童話を記憶の片隅から引っ張り出す。火をつけて、愛しい騎士を呼び、無理心中を図った悲しい御伽話。それが自身とどう結び付くのか、レイノリアにはさっぱりわからない。
「ケイン。他人のごみを勝手に漁って中を確かめるのは、騎士失格だぞ」
「ワドルフさんが、こそこそするからですよ」
「当たり前だろう。こんなもの、お前らに見せられるか」
求めた答えは出て来ず、ケインへの苦言に取っ手変わっている。
だから、荒地の魔女がどうしたの? レイノリアは息を殺し、さらに耳をそばだたせた。
「厄介なことになったもんだ」
ライナードが拳で壁を一つ叩く。
「レイノリアの責任じゃありませんよ」
珍しく意見したセディの声は、意外なことにレイノリアを庇うものだった。
「そりゃそうだ。けど、なあ」
弱り切ったワドルフの声。戸に阻まれて見えずとも、額に手を当てて宙空を眺めている姿が目に浮かぶ。
「まだ、こっちに被害は及んでいないが。問題が起こってからじゃ、手遅れだしなあ」
レイノリアは石像のように固まって動けなかった。
騎士団に所属して一年、足を引っ張ってばかりだが、クビが飛ぶほどの大きな失敗は犯していないと自負している。単なる思い込みだったのだろうか。会話から察するに、進退問題に発展しかねない内容だ。血の気が引いていく。
「レイノリア・リューをうちに入れたのは、失敗だったか」
ライナードの独白がとどめを刺した。
憧れの人物から、戦力外の烙印を押されてしまったのだ。
体中が小刻みに震え、喉に鉛玉を詰められてしまったように呼吸が苦しい。胸を掻き毟り、猫背になって呻いた。奥歯を食い縛っていないと、不覚にも涙が零れ落ちそうだ。
まだ会話は続いている。
しかし、すでにレイノリアの耳には届いていない。
話を終えた隊員らが資料室の扉を開ける頃には、すでにレイノリアはトイレに駆け込み、個室の中で咆哮を上げていた。
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