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騎士団の仕事

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「救助要請だ! 」
 指令が入った。
 頻繁に起こる活動がこれだ。
 かつての戦時には騎馬兵として活躍した。
 だが、平穏になれば、地域貢献の一貫として駆り出される。
 始終、公爵を護衛することだけが騎士団陸戦隊の仕事ではない。
 戦争が一旦終結すると、開発の手が一気に伸びる。今や荒れ野は豪奢な商人の邸宅と化していた。
 成金が使用人を山ほど抱える一方で、流れに乗れず貧しくなる者もいる。貧富の差は深刻だ。
 一人暮らしを始める高齢者層が着実に増えていた。
 若者といえば新興成金の住み込みとしてどんどん移り住み、単身世帯は勢いを増す一方だ。
 それゆえ、家の中で倒れたとしても助けてくれる人がいない高齢者の現実。
 仮に誰かが異常に気づいても、鍵を外すことが出来ない。鍵がなければドアを開けることすら不可能だ。
「早くしろ! レイノリア・リュー! 」
 隊長の檄が飛ぶ。
 つい先程まで旨そうに差し入れのスコーンを頬張っていた顔が嘘のように塗り替えられ、鬼と化す。
「は、はい! 」
 指令が入ってから出動まで足並み揃えることが原則。レイノリアが鹿皮の手袋を嵌めた時点で、すでに他の隊員は馬に跨っていた。
「おい! 置いて行くぞ! さっさとしろ! 」
 置いて行く、即ち役立たず。役立たずは、騎士団には必要ない。代わりとなる若者は、レイノリアの後ろにずらりと列を成しているのだ。
 レイノリアが飛び乗った瞬間、隊長が己の馬の尻に鞭を打つ。
 見事な黒毛がいなないた。
「三番街のルーシー通りニノ五。青い屋根の長屋だ」
 走行中、隊長が皆に伝える。
 要救助者は八十歳の女性で、いつもなら訪問すればすぐ出て来るはずが、一向に姿を現さない。闇雲にドアを叩こうとも返事すらしない。一人息子が屋敷に駆け込み、助けを乞うた。
 馬は砂塵を巻き上げ、通りを左折する。周辺は開発の進む居住区で、悪趣味に金箔の貼られた邸宅がずらりと碁盤の目に建ち並んでいる。
 要救助者がいるのは、そんな通りから逸れた、所謂、裏通りだ。
 景色が一変した。
 道は舗装されずがたがたで、そこらじゅうにゴミが放置され、挙句にはゴミ箱ごとひっくり返っている。
 屋根と屋根が入り組んで太陽の光を隠し、薄暗い。
 真昼間から通りをうろつく酔っ払い、客引きの女、物乞い。
 不穏な空気が漂う。

 
 現場に到着すると、心配して駆け付けた息子が扉の前で右往左往していた。鍵屋らしき作業着の男は、駆けつけた隊員の姿にあからさまにホッとした表情を見せた。
「何とか錠を外そうとしましたが。錆びついてびくともせず」
 言いながら息子は頭を抱えた。
 母親が八十と言っていたので、おそらく遅くに出来た子供だろう。
 見たところ、四十半ばくらいだ。整髪料できっちりと七三に分け、曇り一つない磨き切った黒縁の眼鏡が、几帳面さを顕著に示している。
「母さん! 母さん! 」
 息子は喚き散らし、どんどんと扉を叩く。
「ワドルフ。いつものセット」
「用意してありますよ」
 いちいち工具を引っ張り出している余裕はない。開錠するための特殊工具をあらかじめ用意してある。あ・うんの呼吸でワドルフは隊長に応えた。
 どんどんと闇雲に拳を扉に押し付ける息子をよそに、黙々と隊員は作業に取り掛かる。工具箱の蓋を開けた、そのときだった。
 ガチャン、と鍵の外れる音が確かに上がる。
「何だい? 何の騒ぎだい? 」
 目を擦りながら、要救助者は眠そうに扉を開けた。穴の空いたみすぼらしいパジャマ上下で、いかにも今、目を覚ましたところといった出で立ちだ。
「要請がありまして」
 努めて冷静にライナードが答えた。
「何のこと? 」
 皺だらけの目が瞬く。今いち、状況が飲み込めていない。
 焦ったように額に汗を浮かべた息子が駆け寄るなり、ハンカチでしきりに汗を拭いながら説明し出した。
「か、母さんの返事がないから、僕は、もう、てっきり」
 皺だらけの顔が怪訝に歪む。
「何、言ってんの? 何を馬鹿なことを」
 フンと鼻を鳴らす。
 昼寝の邪魔をされた上、息子が招いた誤解によって公爵家お抱え騎士団まで駆けつける大ごとに、かなり腸が煮えくり返っているようだ。
「す、すみません。どうやら僕の早とちりでした」
 バツが悪そうに息子は頭を下げた。
「いえいえ。無事でなによりです」
 レイノリアは白い歯を覗かせる。
「そう言っていただくと、ありがたいです。感謝してもしきれません。やはり公爵家騎士団陸戦隊の方は素晴らしい」
 何やら感激したらしく、黒縁眼鏡の下にある円らな目をキラキラさせて、息子はおもむろにレイノリアの両手を自分の手で包み込んだ。
「僕の名前はデイビスです。どうぞ、デイビスと呼んでくだ……」
「では、我々はこれで」
 言い終わらないうちに、ライナードが帽子の唾をちょっと上げ、一礼する。有無を言わさずといった具合にレイノリアは腕を掴まれたので、自然とデイビスの手が離れた。
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