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ふとした疑問

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 勘定を済ませ、店を出たあたりでライナードは大きく伸びをした。
 午後ともなれば店の並ぶ路地は若者でごった返している。
 だが、平日の昼前といった中途半端な時間帯では、散歩する乳母車の母親とたまに擦れ違う程度で、シンとしている。沿道を走る馬車の数も知れている。  
 秋には見事な彩りをみせる銀杏の並木に添って黙々と足を進める。
 半歩先を行く幅の広い背中。間近に拝めるだけでも、他の女連中より抜きん出ている。ちょっとした優越感が芽生え、レイノリアはようやく溜飲を下げた。
 その広い背中が不意にぴたりと止まる。
「ところで。レイノリア・リュー」
 振り返ったライナードは、心なしか頬の筋肉が固くなっている。
「お前、最近どうだ? 」
「え? 」
 目を瞬かせたレイノリアに、明らかにしまったとライナードは額をぺちんと叩いた。すぐさま身振り手振りを加え、焦ったように補足する。
「いや。その。最近、困ってることとかないか? 」
「特には」
「そ、そうか」
 空咳し、露骨に視線を逸らす。
 隠し事をしているのは明らかだ。
 不審に鼻に皺を寄せるレイノリアに、またしてもライナードは空咳でわざとらしく誤魔化した。
「何かあったら、すぐに俺に言えよ」
 ぐしゃぐしゃに髪を撫で回された。
 慣れたはずだが、今回は状況が違う。
 職場ではない。
 カッとレイノリアは首筋まで朱に染めた。
 それでもライナードは気にする素振りすら見せず、体を反転させると再び足を進めた。
 歩幅が狭くなったのは気のせいではない。レイノリアは小走りになり、真横に立つ。
 並んだ靴のサイズは倍ほどある。そのことに気をとられ、あっと思ったときには隊長の家へと続く曲がり角を過ぎていた。
「隊長、過ぎましたよ? 」
「いやいや。俺もこっちに用事があってな。ついでだ」
 左折し、昔ながらの路地を直進すれば、公爵家借り上げの宿屋がある。公爵邸に隣接していた職員寮は老朽化による建て替えで、来年の春に完成予定だ。それまでは、年配は公爵邸近辺に、若い連中は徒歩圏内にと散り散りだ。
 三階の角部屋のバルコニーには、見慣れたレイノリアの洗濯物が物干し竿に掛かっていた。昨日の出勤前に忘れて、一晩中出しっぱなしだ。
 見上げながら、ライナードは目を眇める。
「洗濯物、ちゃんと取り込んでおけよ。誰かに盗まれたら大変だ」
「ウブな娘じゃあるまいし。大丈夫ですよ」
 しっかり、パンツとシュミーズを晒してしまった。色気もへったくれもない、一見して婆さんが身につけているのではなかろうかといったデザインだ。
 今更、恥じてどうする。
 レイノリアは、諦めたように肩を落とす。
「駄目だ。油断するな。万が一、火でも点けられたら一大事だ」
 下着を盗まれるよりも、不審火の犯人の標的にされる確率の方が大きい。
 今更ながら、ぞくっと肌が粟立つ。治安を維持する役職の者が火を出したなんて、洒落にならない。己の浅はかさに、レイノリアは唇を噛んだ。
「ちゃんと部屋入ったら、鍵を閉めておくんだぞ。二重鍵を忘れんなよ」
 ケイン曰く丸切りの子供扱いで、レイノリアの頭をぐしゃぐしゃと無造作に撫でると、ライナードは片手を上げ、踵を返す。 
 だんだん遠ざかって行く広い背中。
「自分の立場くらいわかってる」
 期待してはいけない。ケインの忠告が蘇る。自分は騎士団員。ライナードはあくまで上司。それ以上でも以下でもない。
 心得ているつもりだ。
 ズキッと痛む心臓を己の拳で一突きする。
 階段手前で、ふとレイノリアの脳に疑問が浮かぶ。
 どうして、私?
 買い物なら同年代の気の合う仲間として、ワドルフを選ぶのが妥当だ。私服もセンスがあるし、老若問わず女遊びに長けているんだから、的確なアドバイスをしてくれるだろう。
 どうして、年下の未婚の自分?
 些細なモヤモヤは、階段を駆け上がって部屋の鍵を捻る段階になると、さらに膨れ上がり、結局答えは夜通し考えても思いつかなかった。
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