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不穏な空気

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「お先です」
 言ってドアを開けた途端、びりっと研ぎ澄まされた空気を肌が敏感に感じ取った。  
 レイノリアだけではない。
 頭一つ分上で、ケインが息を呑む気配がした。
 隊長と一番員のワドルフが、顔を突き合わせて何やらこそこそと話し込んでいた。二人とも眼光は鋭く、取り分け軽薄を売りにしているワドルフのその変わり様は異様としか言いようがない。普段の垂れ目が今やこめかみにつくくらいに吊り上がっている。
「おっ、もう仮眠の時間か」
 もうワドルフはいつものニヤニヤとした締まりない顔に戻っていた。お前は大魔神か、とレイノリアは思わず突っ込みかけそうになる。
 一瞬の緊張感は、どこにもない。
 天然パーマで、放置しておくとライオンのように広がると常日頃から言うように、ワドルフはボサボサの襟足につくくらいの髪を鬱陶しそうに後ろに撫でつけた。年頃の娘から、その仕草がワイルドで素敵だと黄色い声を向けられているのは、ちゃんと計算済みだ。
「さあさ、休憩休憩。しっかり疲れを取ることも、大事な役目だからなあ」
 言いながら、ワドルフは手にしていた一枚の紙片を四つに裂くと、ぐしゃぐしゃに丸めて屑かごに放り投げた。
 黙々と書類整理に集中していた救護員のセディが、チラリと目を上げる。
 こっそりとレイノリアが『鉄仮面』と渾名をつけたセディは、隊員唯一の妻帯者で、二児の父でもある三十三歳。元傭兵という肩書きで、必要以外のことはまず口にしない。冗談を言い合う仲間を、坊主頭を掻きながらいつも遠目に眺めているだけだ。
 レイノリアは一年経った今でも、セディに対して『とっつきにくい奴』との印象が拭えない。
「んじゃあ、よろしく~」
 ワドルフは軽く挨拶し、そそくさと事務室を出て行った。
 のしのしと体を揺すってライナードが後に続く。
 完全に空気と化していたセディも休憩に入った。
 室内はケインと二人きり、シンと静まり返る。
「何か疾しいことでもあったな、あれは」
 足音が遠退くと、ケインは抜け目なく屑かごを掻き回した。
「やめてよ。汚いな」
 人の捨てたゴミを漁る行為に眉をひそめるが、ケインは何ら気にする素振りすら見せず、努めて冷静に紙片を摘まむ。
「あった。これか。何、何? 」
 プライバシーもへったくれもない。丸まった紙を広げたケインの顔が、たちまち強張った。
 その一瞬の変わりように、只事ではないとレイノリアの目元も引き攣る。
 だが、紙片を覗き込む前に、ぐしゃりと握り潰されてしまった。
「くだらないオヤジギャグが書いてあるだけだ」
 嘘だ。レイノリアはすぐに見破る。
 くだらないものなら、すぐに屑かご行きだ。しかしケインはそれを自身のポケットに丁寧に仕舞込んだ。
 一体、何が書いてあるのか。守秘義務を貫くケインに答えを求めるのは難儀だ。
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