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恋するレイノリア

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 騎士団に男も女もない。
 仮眠室は、主に年齢の近い者同士が二人もしくは三人一組で使用する。
 レイノリアも例外ではない。
 四畳半の狭い室内に左右向かい合って二段ベッドが並び、午後十時から翌朝六時までの八時間を交替で取る。レイノリアの場合、同年代のケインがペアだ。
 ケインは本当に同い年かと疑うほど、落ち着き払っている。
 一発合格で騎士となり、レイノリアより経験が一年先を行くから、当然とも言える。
 また、適度に日に焼けた精悍な顔つきに、奥二重の双眸がやけに大人びて見えた。
「やっぱり隊長は凄いなあ」
 煎餅布団の上に胡坐をかき、レイノリアは今夜もまた同じ台詞を吐いた。
「また、レイノリアの隊長大好き話が始まった」
 すでに向かい合うベッドの布団に入っているケインは、ゴロンと背を向け、うるさそうにシッシと片手で払う。
「聞いてよ」
「飽きた」
 素っ気なく遮られ、レイノリアはチェっとつまらなさそうに舌打ちする。
 ケインは面倒臭そうに欠伸した。
「七つのときだっけ。助けられたの」
 途端、うれしそうにレイノリアは首を縦に振った。
「そうそう。母と乗り合い馬車にいて。外はもう真っ暗で。道にはほとんど誰もいなくて。そしたら」
「脱輪だろ」
「そう。馬は倒れるわ、御者は気絶するわ。道に放り出されて。しかも助けは誰もいない。本当に怖かったなあ、あのときは。水商売っぽいオバサンは発狂するわ、どこぞの紳士は焦ってやたらと悪態つくわ」
 むしろ蒸し暑いくらいなのに、寒そうにぶるっと身震いする。
「そのとき、たまたま通りがかった隊長が救助に来てくれて。あの時は本当に、天使が舞い降りたかと思った」
「天使? あの隊長が? 」
 向き直ったケインは口をあんぐり開け、声を裏返させた。
 レイノリアはそんなことには全く気にしない。
 当時を思い起こし、うっとりと目元を赤くし、視線が宙を彷徨う。
「『もう大丈夫』って、私の頭なでなでしてくれて」
「丸切り、子供扱いだな」
 嫌味もレイノリアにはどこ吹く風だ。
「あの手の温もりが忘れられない」
「それで、付き纏い人生の始まりか」
「人聞き悪いこと言わないで。私はあの人に憧れて、散々探しまくっただけ」
「それが付き纏いだって」
 ケインはわざとらしく溜め息を吐いた。
 そんな同僚の白い目などお構いなしに、レイノリアは鼻の穴を大きく膨らませ、ぶるぶると拳を震わせる。
 色気も何もあったものではない。
「やっぱり仕事の出来る男は最高。しかも、厳しいけど、しっかり部下想いで。堪らない」
 隊長になる前から、『鬼のライナード』『騎士団のエース』『鋼の男』など、数多の異名を持つライナードに関することは、どこへ行っても話題に上る。
 出来ません。もう無理だ。彼はその言葉を何よりも嫌う。
 現場に出れば、確実に成果を上げる。強い意志。高い技術力と判断力。奇跡のようなそれを、ライナードは難なく実践してみせるがゆえ、憧れる若い連中は後を絶たない。
「隊長、今年で三十九って言ってたな」
 仰向けになり、二段ベッドの上段でケインは天井の染みに目を凝らす。
「ふたまわり近く年が離れてるし、しかもただの部下としか思われてない。不毛な感情は持つなよ」
 咎めるような口調に、レイノリアの顔がたちまち曇る。
「うるさいな! わかってる! 」
 思わず拳を握り込んだ。
「そうか。お前の話を聞いてたら、恋する乙女そのものだったからな。ちょっと引っ掛かってたんだが」
「じ、自分の立場くらいわかってるから! 」
「なら、いい」
 素っ気なく言って、ケインは再びゴロンと横向いた。すぐさま軽い寝息が聞こえてくる。休めるうちに休むことも大事。ケインは忠実に実行に移す。
 だが、レイノリアは目が冴えてちっとも眠れない。
 虚勢を張ったものの、隊長に対する想いは、単なる憧れの域をとっくに越えている。閉じ込められた馬車から救出してくれた騎士団員が誰か調べている経緯で、それはどんどん膨らんだ。
 認めざるを得なかった。
 今ではもう慣れたが、頭をぐしゃぐしゃに撫でられれば、心臓がバクバクして一日中苦しかった。
 ケインには、レイノリアの本心は筒抜けだ。同じ部隊として、彼はレイノリアがこれ以上深みに嵌まる前にと警告してきた。
 わかっている。報われない想いに左右されては、仕事にまで支障を来たすと。
 だが、少しだけ。もう少しだけ、猶予を与えて欲しい。自分の気持ちにケジメをつけるには、時間が必要だ。
 レイノリアはゆっくりと瞼を閉じた。
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