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第六章
誓い
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うっすらと瞼を開けると、誰かが心配そうに覗き込んでいる。今にも泣き出しそうな目に、大丈夫かと問いかけてやりたい。
一人前の大人のくせに、まるで子供のような心細さ。
森雪だ。
吉森は飛び起きた。
頭にはぐるぐると包帯が巻かれ、鼻につく薬品臭い匂いが室内中に充満している。
見覚えのある床柱の刀傷。一旦屋敷へと運ばれた先が、どのような意図があったのか定かではないが、仏間だった。
「二十四年前に辰屋に押し入った男も、新陰流の使い手でした」
「どうして、それを」
「……死んだ父が教えてくれました」
森雪は刀傷を横目に、呟いた。
彼の言葉の意味に、吉森は息を呑んだ。
昼間に吉森を襲った人物が、床柱に刀の痕をつけた者と同一人物であると言いたいのだ。
「やつは相当焦っているのでしょう。このような白昼に狙ってくるとは」
そして、その人物こそが連続殺人を行う犯人であると、森雪は断言した。
清右衛門翁の犯行もその殺人鬼の仕業と考えれば、翁の件から三年の歳月を置いたというのに、二度目の犯行以来、いやに性急だ。まるで、手毬唄通りに完成させよう躍起になっているとしか思えない。
吉森は掛け布団の端をぎゅっと握り締め、その手を震わせた。
また、いつ、狙われるかわからない。
しかも、敵がどこに潜んでいるのかも不明だ。
得体の知れない恐怖が駆け抜ける。歯の根が噛み合わず、カチカチと小さな音を立てた。
「大丈夫。兄さんは僕が守ります」
吉森の手に重なったのは、やけに熱っぽい筋の浮いた逞しい森雪の手だった。
いつもなら、それだけで安心するはずが、襲われたばかりの吉森には今は無意味だった。手で両耳を塞ぐと、いやいやと首を横に振る。
「だが、だが、もし寝込みを襲われでもしたら!風呂の最中とか!用足しとか!そんな最中に狙われでもしたら、俺は!」
「何なら、添い寝しましょうか。風呂でも厠でも、ずっとそばにおりますよ」
「ふざけるな!俺は子供じゃない!」
「そんな自尊心を振りかざしている場合ではないでしょう」
「お前の言葉には裏がある!お前は別の意味で危険だ!」
「酷い言い方ですね」
森雪は苦笑を洩らす。
しかし、吉森の台詞はあながち外れてはいなかった。仏間で二人きり。店の者といえば皆が表に出ている。ぎらりと森雪の目に先程とは違った、明らかな輝きが生まれる。隠しだて出来ない欲望が、着火した瞬間だ。
「わかっていらっしゃるなら、話が早い」
森雪は間合いを詰めた。
不意に出来上がった影に、吉森は息を呑んだ。予想通り、蒲団の中に入り込んだ大きな手が、ズボンのファスナーを下ろし、直に肌に触れる。生温かい感触に喉がひくついた。太腿を滑った指は、勿体ぶるように脚の間から付け根へと這い上っていく。
「あっ……」
か細い声が喉の奥から漏れ出たときだった。
一人前の大人のくせに、まるで子供のような心細さ。
森雪だ。
吉森は飛び起きた。
頭にはぐるぐると包帯が巻かれ、鼻につく薬品臭い匂いが室内中に充満している。
見覚えのある床柱の刀傷。一旦屋敷へと運ばれた先が、どのような意図があったのか定かではないが、仏間だった。
「二十四年前に辰屋に押し入った男も、新陰流の使い手でした」
「どうして、それを」
「……死んだ父が教えてくれました」
森雪は刀傷を横目に、呟いた。
彼の言葉の意味に、吉森は息を呑んだ。
昼間に吉森を襲った人物が、床柱に刀の痕をつけた者と同一人物であると言いたいのだ。
「やつは相当焦っているのでしょう。このような白昼に狙ってくるとは」
そして、その人物こそが連続殺人を行う犯人であると、森雪は断言した。
清右衛門翁の犯行もその殺人鬼の仕業と考えれば、翁の件から三年の歳月を置いたというのに、二度目の犯行以来、いやに性急だ。まるで、手毬唄通りに完成させよう躍起になっているとしか思えない。
吉森は掛け布団の端をぎゅっと握り締め、その手を震わせた。
また、いつ、狙われるかわからない。
しかも、敵がどこに潜んでいるのかも不明だ。
得体の知れない恐怖が駆け抜ける。歯の根が噛み合わず、カチカチと小さな音を立てた。
「大丈夫。兄さんは僕が守ります」
吉森の手に重なったのは、やけに熱っぽい筋の浮いた逞しい森雪の手だった。
いつもなら、それだけで安心するはずが、襲われたばかりの吉森には今は無意味だった。手で両耳を塞ぐと、いやいやと首を横に振る。
「だが、だが、もし寝込みを襲われでもしたら!風呂の最中とか!用足しとか!そんな最中に狙われでもしたら、俺は!」
「何なら、添い寝しましょうか。風呂でも厠でも、ずっとそばにおりますよ」
「ふざけるな!俺は子供じゃない!」
「そんな自尊心を振りかざしている場合ではないでしょう」
「お前の言葉には裏がある!お前は別の意味で危険だ!」
「酷い言い方ですね」
森雪は苦笑を洩らす。
しかし、吉森の台詞はあながち外れてはいなかった。仏間で二人きり。店の者といえば皆が表に出ている。ぎらりと森雪の目に先程とは違った、明らかな輝きが生まれる。隠しだて出来ない欲望が、着火した瞬間だ。
「わかっていらっしゃるなら、話が早い」
森雪は間合いを詰めた。
不意に出来上がった影に、吉森は息を呑んだ。予想通り、蒲団の中に入り込んだ大きな手が、ズボンのファスナーを下ろし、直に肌に触れる。生温かい感触に喉がひくついた。太腿を滑った指は、勿体ぶるように脚の間から付け根へと這い上っていく。
「あっ……」
か細い声が喉の奥から漏れ出たときだった。
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