【完結】鳥籠の中で義理の兄は弟から溺愛され、連続殺人から守られる

晴 菜葉

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第五章

製薬会社へ

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 電車に乗り合わせたご婦人の二人連れが、やたらとこちらへ視線を送っては、互いに目配せ合っている。彼女らの注目は、吊革を持つ森雪だ。
 チラリと横目で見やると、彼女らがもぞもぞする通り、黙って立っている森雪は身内の贔屓目でなくとも、かなりの男前だ。
 よもや、その内に変態的な性欲が隠されているとは、誰も思うまい。
 それに、行為の最中を除いては、面倒見がよく、吉森に対しても細やかな気遣いを忘れてはいない。一番下っ端の貞吉にまで温かく接するのだから、店の者が吉森よりも森雪を主人に押したがる気もわかる。
 そんなことを思い巡らすうちに、今までの自分の頑張りようを自らが否定しているようで、虚しくなり、余計なことを蹴散らすために目的地に到着するなり足を速めた。
「もう帰りましょう」
「何を今更」
「下手に関わらない方がいいですよ」
「なら、ついて来るな」
 未だに引き止めようとする森雪の声を背に、吉森はずんずんとさらに歩幅を大きくする。むかつくことに、森雪の長い脚はそれをものともせず、平然と一定の距離を保っていた。
「ここらで薬品工場といえば、シンジルノ製薬と藤谷薬品だな」
「もしかして高柳公彦の勤めていた薬品会社から当たるつもりですか?」
「そこが原点なんだ」
「二十年以上も前に勤めていた従業員のことなんて、誰が覚えていますか」
「行ってみなけりゃ、始まらないだろ」
 吉森は足を止め、見上げた。
 煉瓦造りの洒落た五階建のビルで、銅板製の看板には『藤谷薬品』と社名が彫られている。その裏手の広大な敷地には、巨大なコンクリートの工場が五棟、ずらりと屋根の山を揃えて並んで、分厚い頑丈な扉は閉じられ、換気窓からは、がちゃがちゃした機械音がひっきりなしに続いている。
 事前に連絡していた通り、吉森は本社の正面玄関である硝子戸を開いて中に入った。
 シンジルノ製薬は五年ほど前に工場ごと移転してきた新興の薬品会社で、当然、該当しない。即ち、高柳の勤めていた工場が一つに絞られたということだ。
 藤谷薬品は寛永年間から続く他の薬種問屋とは違って歴史は浅く、その始まりは丁度今から二十五年前だ。現在の当主になってから機械物を入れ、事業拡大に躍起になっているらしい。とはいっても代表的な薬は一つもなく、二十五年を経ても知名度は未だ低く、老舗の商標や販売の権利、秘伝薬の成分や製法を買い漁っているときく。王宜丸の辰屋にも何度か話があった。
 懇意になれるならと、専務の肩書きの弦助げんすけという男は、揉み手で辰屋の二人を迎え入れた。
「それよりも、辰屋の番頭さん。どえらいことになりましたな。御愁傷さまなことで」
 月に一度の薬屋が加盟する会合に毎度出席していると、必然的に顔馴染みとなる。弦助は声を潜め、聞いてもいないのにべらべらと喋り始めた。
「いやね、この間の会合でちょっと話したんですけどね。あの番頭さん、えらく浮かない顔をして。私は畜生道に落ちてしまったとか何とか」
 出された茶は日本茶ではなく、ハイカラなダージリンとかいう紅茶だった。吉森はそれを一口飲み、首を捻る。
「たかだか二十歳違いの娘と交わることを畜生というのか?それとも、大事な店の一人娘だからか?音助がそのようなことを気にする性格とは思えないな」
 むしろ、先代以前より辰屋に勤めているのだから、店を一軒任せえて貰えるならと諸手を振るところだろう。考えれば考えるほど深まる謎は、取り敢えず脇に置いておく。
「それより、高柳公彦という方を御存じありませんか?」
「高柳?」
「二十年程前に、こちらに勤めていた男です」
「ふうむ。そんな昔ですか。ちょっと、私では」
 弦助は困ったように唸る。ふいに、その目がきらりと光った。
「ああ。そういえば、掃除婦のヨシさんなら知っているかもしれないな」
 ぽんと手を打って、弦助は扉を開けるなり、廊下の端で雑巾がけをしている、三十も半ばを越えたような小太りの女をおおいと呼んだ。ヨシさんヨシさんと名指しされたその女は、ハイと大きく返事を一つする。
「辰屋の若さん二人が、聞きたいことがあるそうなんだ」
 弦助の言葉に、ヨシは不思議そうな顔をしつつ、作業の手を止めた。
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