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第四章
新たな犠牲者
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とうとう恐れていた事態が生じた。
新たな犠牲者が出た。
同時に、音助の消息が判明したのだ。
喉首を矢で射抜かれた音助が、神社の本堂の中で絶命していたのだ。死後何日かを経過しているのは明らかで、冬の寒い時期であるゆえ夜風に晒され遅れているといっても、徐々に腐敗が進んでいたのだ。乾いた血の周りには、蠅が寄ってきている。
「五つ、戦の矢を受けて」
大河原は苦々しく手毬唄の歌詞を呟く。
一向に正体を現さない男に、是蔵殺しはよもや音助の仕業ではないかと勘繰っていた世間は、全く充てを外し、通信社はそれすら一種の劇場の台本のごとく書き立てた。
「本当に、この犯人はけしからんやつだ。心臓を一突きで絶命させた何日か後で、わざわざ喉を矢で貫いている」
大河原は忌々しく奥歯を噛んだ。
つまり、刀で腹を一突きの後に、敢えて手毬唄の手順に倣わせたというのだ。
立て続けの凄惨極まりない事件に、最近の体調の悪さも加わって、香都子はとうとう耐え切れなくなったようで、今回は自室で寝込んでいる。
松子も同様に怯えきって、女中を付きっきりで従わせ、部屋に籠っていた。
そんな辰屋に、大河原は容赦がない。聴取だと言って乗り込むなり、香都子と松子を客間へと引き摺り出した。上座に大河原、一枚板の座卓を挟んで向かって左側から森雪、吉森、松子の順に座に着く。
松子はハンカチに手を当て、気分が悪いのに休みも出来ないのかなどと、何やらぼそぼそと毒を吐いている。
もう何度目かとなる客間に通された大河原は、茶が温くなっても手を付けることはせず、ひたすら香都子の現れを姿勢を正して緊張気味に待った。
具合が悪いとの言葉通り、香都子はよろめきながら襖を開けた。元々の色の白さが、今日は一段とその色を強めている。身形にも構ってはいられないようで、その艶やかな黒髪の毛先が四方に跳ね、妙な部分に皺の入った薄い生地の黒いワンピース一枚の姿だ。
香都子は森雪の左側に着くなり、大河原は腰を浮かせて詰め寄った。
「ときに香都子さん。あなた、番頭が失踪した日、どちらにいらっしゃいましたか? 」
「私は病でお倒れになった恩師の元へ」
「嘘はいけませんな」
何もかもわかっているぞと、大河原の目がギラリと光る。
「京都にいるはずのあなたが、何故、この町の神社の境内にいらっしゃったのか」
たちまち香都子の顔色が変わった。
「見たという者がいるのですよ。辰屋の常連です。見間違うはずがないと、言い張っております」
膝の上で掌を握った香都子に、吉森は胸騒ぎを膨らませ、そのまま口に出した。
「お前、もしや」
「誤解ですわ、お兄様」
キッと目元を鋭くさせて、香都子は吉森を睨みつける。
「そうですよ、吉森さん。妹に何てことを」
松子はハンカチをくしゃくしゃにして、吉森の失言を咎める。それから、大河原に一睨みも忘れなかった。
「香都子お嬢様、本当のことを仰った方がよろしいですよ。いつまでも隠しだては出来ません」
何故か客間へ入ってきた渡邊が、襖を閉めてその前に胡坐をかくなり、横から口を挟んできた。
一同の目が、場違いな第三者へと一遍に集中する。
「どういうことだ、探偵」
「実はお嬢様から相談を受けておりまして。店に来たのも、亡くなられた大旦那様ではなく、お嬢様からの手紙がきっかけでした」
新たな犠牲者が出た。
同時に、音助の消息が判明したのだ。
喉首を矢で射抜かれた音助が、神社の本堂の中で絶命していたのだ。死後何日かを経過しているのは明らかで、冬の寒い時期であるゆえ夜風に晒され遅れているといっても、徐々に腐敗が進んでいたのだ。乾いた血の周りには、蠅が寄ってきている。
「五つ、戦の矢を受けて」
大河原は苦々しく手毬唄の歌詞を呟く。
一向に正体を現さない男に、是蔵殺しはよもや音助の仕業ではないかと勘繰っていた世間は、全く充てを外し、通信社はそれすら一種の劇場の台本のごとく書き立てた。
「本当に、この犯人はけしからんやつだ。心臓を一突きで絶命させた何日か後で、わざわざ喉を矢で貫いている」
大河原は忌々しく奥歯を噛んだ。
つまり、刀で腹を一突きの後に、敢えて手毬唄の手順に倣わせたというのだ。
立て続けの凄惨極まりない事件に、最近の体調の悪さも加わって、香都子はとうとう耐え切れなくなったようで、今回は自室で寝込んでいる。
松子も同様に怯えきって、女中を付きっきりで従わせ、部屋に籠っていた。
そんな辰屋に、大河原は容赦がない。聴取だと言って乗り込むなり、香都子と松子を客間へと引き摺り出した。上座に大河原、一枚板の座卓を挟んで向かって左側から森雪、吉森、松子の順に座に着く。
松子はハンカチに手を当て、気分が悪いのに休みも出来ないのかなどと、何やらぼそぼそと毒を吐いている。
もう何度目かとなる客間に通された大河原は、茶が温くなっても手を付けることはせず、ひたすら香都子の現れを姿勢を正して緊張気味に待った。
具合が悪いとの言葉通り、香都子はよろめきながら襖を開けた。元々の色の白さが、今日は一段とその色を強めている。身形にも構ってはいられないようで、その艶やかな黒髪の毛先が四方に跳ね、妙な部分に皺の入った薄い生地の黒いワンピース一枚の姿だ。
香都子は森雪の左側に着くなり、大河原は腰を浮かせて詰め寄った。
「ときに香都子さん。あなた、番頭が失踪した日、どちらにいらっしゃいましたか? 」
「私は病でお倒れになった恩師の元へ」
「嘘はいけませんな」
何もかもわかっているぞと、大河原の目がギラリと光る。
「京都にいるはずのあなたが、何故、この町の神社の境内にいらっしゃったのか」
たちまち香都子の顔色が変わった。
「見たという者がいるのですよ。辰屋の常連です。見間違うはずがないと、言い張っております」
膝の上で掌を握った香都子に、吉森は胸騒ぎを膨らませ、そのまま口に出した。
「お前、もしや」
「誤解ですわ、お兄様」
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「そうですよ、吉森さん。妹に何てことを」
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「香都子お嬢様、本当のことを仰った方がよろしいですよ。いつまでも隠しだては出来ません」
何故か客間へ入ってきた渡邊が、襖を閉めてその前に胡坐をかくなり、横から口を挟んできた。
一同の目が、場違いな第三者へと一遍に集中する。
「どういうことだ、探偵」
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