24 / 48
第四章
新たな犠牲者
しおりを挟む
とうとう恐れていた事態が生じた。
新たな犠牲者が出た。
同時に、音助の消息が判明したのだ。
喉首を矢で射抜かれた音助が、神社の本堂の中で絶命していたのだ。死後何日かを経過しているのは明らかで、冬の寒い時期であるゆえ夜風に晒され遅れているといっても、徐々に腐敗が進んでいたのだ。乾いた血の周りには、蠅が寄ってきている。
「五つ、戦の矢を受けて」
大河原は苦々しく手毬唄の歌詞を呟く。
一向に正体を現さない男に、是蔵殺しはよもや音助の仕業ではないかと勘繰っていた世間は、全く充てを外し、通信社はそれすら一種の劇場の台本のごとく書き立てた。
「本当に、この犯人はけしからんやつだ。心臓を一突きで絶命させた何日か後で、わざわざ喉を矢で貫いている」
大河原は忌々しく奥歯を噛んだ。
つまり、刀で腹を一突きの後に、敢えて手毬唄の手順に倣わせたというのだ。
立て続けの凄惨極まりない事件に、最近の体調の悪さも加わって、香都子はとうとう耐え切れなくなったようで、今回は自室で寝込んでいる。
松子も同様に怯えきって、女中を付きっきりで従わせ、部屋に籠っていた。
そんな辰屋に、大河原は容赦がない。聴取だと言って乗り込むなり、香都子と松子を客間へと引き摺り出した。上座に大河原、一枚板の座卓を挟んで向かって左側から森雪、吉森、松子の順に座に着く。
松子はハンカチに手を当て、気分が悪いのに休みも出来ないのかなどと、何やらぼそぼそと毒を吐いている。
もう何度目かとなる客間に通された大河原は、茶が温くなっても手を付けることはせず、ひたすら香都子の現れを姿勢を正して緊張気味に待った。
具合が悪いとの言葉通り、香都子はよろめきながら襖を開けた。元々の色の白さが、今日は一段とその色を強めている。身形にも構ってはいられないようで、その艶やかな黒髪の毛先が四方に跳ね、妙な部分に皺の入った薄い生地の黒いワンピース一枚の姿だ。
香都子は森雪の左側に着くなり、大河原は腰を浮かせて詰め寄った。
「ときに香都子さん。あなた、番頭が失踪した日、どちらにいらっしゃいましたか? 」
「私は病でお倒れになった恩師の元へ」
「嘘はいけませんな」
何もかもわかっているぞと、大河原の目がギラリと光る。
「京都にいるはずのあなたが、何故、この町の神社の境内にいらっしゃったのか」
たちまち香都子の顔色が変わった。
「見たという者がいるのですよ。辰屋の常連です。見間違うはずがないと、言い張っております」
膝の上で掌を握った香都子に、吉森は胸騒ぎを膨らませ、そのまま口に出した。
「お前、もしや」
「誤解ですわ、お兄様」
キッと目元を鋭くさせて、香都子は吉森を睨みつける。
「そうですよ、吉森さん。妹に何てことを」
松子はハンカチをくしゃくしゃにして、吉森の失言を咎める。それから、大河原に一睨みも忘れなかった。
「香都子お嬢様、本当のことを仰った方がよろしいですよ。いつまでも隠しだては出来ません」
何故か客間へ入ってきた渡邊が、襖を閉めてその前に胡坐をかくなり、横から口を挟んできた。
一同の目が、場違いな第三者へと一遍に集中する。
「どういうことだ、探偵」
「実はお嬢様から相談を受けておりまして。店に来たのも、亡くなられた大旦那様ではなく、お嬢様からの手紙がきっかけでした」
新たな犠牲者が出た。
同時に、音助の消息が判明したのだ。
喉首を矢で射抜かれた音助が、神社の本堂の中で絶命していたのだ。死後何日かを経過しているのは明らかで、冬の寒い時期であるゆえ夜風に晒され遅れているといっても、徐々に腐敗が進んでいたのだ。乾いた血の周りには、蠅が寄ってきている。
「五つ、戦の矢を受けて」
大河原は苦々しく手毬唄の歌詞を呟く。
一向に正体を現さない男に、是蔵殺しはよもや音助の仕業ではないかと勘繰っていた世間は、全く充てを外し、通信社はそれすら一種の劇場の台本のごとく書き立てた。
「本当に、この犯人はけしからんやつだ。心臓を一突きで絶命させた何日か後で、わざわざ喉を矢で貫いている」
大河原は忌々しく奥歯を噛んだ。
つまり、刀で腹を一突きの後に、敢えて手毬唄の手順に倣わせたというのだ。
立て続けの凄惨極まりない事件に、最近の体調の悪さも加わって、香都子はとうとう耐え切れなくなったようで、今回は自室で寝込んでいる。
松子も同様に怯えきって、女中を付きっきりで従わせ、部屋に籠っていた。
そんな辰屋に、大河原は容赦がない。聴取だと言って乗り込むなり、香都子と松子を客間へと引き摺り出した。上座に大河原、一枚板の座卓を挟んで向かって左側から森雪、吉森、松子の順に座に着く。
松子はハンカチに手を当て、気分が悪いのに休みも出来ないのかなどと、何やらぼそぼそと毒を吐いている。
もう何度目かとなる客間に通された大河原は、茶が温くなっても手を付けることはせず、ひたすら香都子の現れを姿勢を正して緊張気味に待った。
具合が悪いとの言葉通り、香都子はよろめきながら襖を開けた。元々の色の白さが、今日は一段とその色を強めている。身形にも構ってはいられないようで、その艶やかな黒髪の毛先が四方に跳ね、妙な部分に皺の入った薄い生地の黒いワンピース一枚の姿だ。
香都子は森雪の左側に着くなり、大河原は腰を浮かせて詰め寄った。
「ときに香都子さん。あなた、番頭が失踪した日、どちらにいらっしゃいましたか? 」
「私は病でお倒れになった恩師の元へ」
「嘘はいけませんな」
何もかもわかっているぞと、大河原の目がギラリと光る。
「京都にいるはずのあなたが、何故、この町の神社の境内にいらっしゃったのか」
たちまち香都子の顔色が変わった。
「見たという者がいるのですよ。辰屋の常連です。見間違うはずがないと、言い張っております」
膝の上で掌を握った香都子に、吉森は胸騒ぎを膨らませ、そのまま口に出した。
「お前、もしや」
「誤解ですわ、お兄様」
キッと目元を鋭くさせて、香都子は吉森を睨みつける。
「そうですよ、吉森さん。妹に何てことを」
松子はハンカチをくしゃくしゃにして、吉森の失言を咎める。それから、大河原に一睨みも忘れなかった。
「香都子お嬢様、本当のことを仰った方がよろしいですよ。いつまでも隠しだては出来ません」
何故か客間へ入ってきた渡邊が、襖を閉めてその前に胡坐をかくなり、横から口を挟んできた。
一同の目が、場違いな第三者へと一遍に集中する。
「どういうことだ、探偵」
「実はお嬢様から相談を受けておりまして。店に来たのも、亡くなられた大旦那様ではなく、お嬢様からの手紙がきっかけでした」
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説


オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです
一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお)
同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。
時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。
僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。
本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。
だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。
なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。
「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」
ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。
僕の推しは俳優の、葛城 結斗(Iかつらぎ ゆうと)くんだ。
その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。
悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。
え?葛城くんが目の前に!?
どうしよう、人生最大のピンチだ!!
✤✤
「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。
全年齢向けの作品となっています。


【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる