【完結】鳥籠の中で義理の兄は弟から溺愛され、連続殺人から守られる

晴 菜葉

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第三章

タカヤナギ

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「高柳公彦。彼は生きているんだわ」
 誰だそれ、ときょとんとする現場で唯一顔色が変わったのは、松子だ。
「お師匠さん、おかしなことを言うもんじゃありませんよ」
 不愉快に鼻に皺を入れ、ぴしゃりと言い放つ。
「いいえ。あの男の犯行に違いありません」
 きっぱりと答えたその声には、一点の滞りもみせない。自信たっぷりだ。
「何ですかな、その高柳とかいう男は」
 大河原の質問に、小十菊はこの言葉が欲しかったのだと言わんばかりに得意満面となる。チラリと松子に視線を送ったのは、単に勿体ぶったからだ。
「松子様のかつての婚約者です」
「何ですと? 」
「ここにいる松子様と、高柳公彦は同じ村の出身なんです。ええ、嘘じゃありません。私は稽古のたびに、松子様から聞かされていたんですから」
「本当ですかな、奥さん」
 いきなり容疑者が加わり、しかも辰川に関連があるとなると大河原が食いつかないはずがない。
 詰問する口調に、松子は握り締めていたハンカチを揉みくちゃにし、興奮するように鼻息を荒げた。
「年寄りの昔話です。今更、蒸し返さなくとも」
「昔話じゃありませんよ。松子様は、今でもその方を想われています」
 小十菊が横槍を入れたことで、ますます松子の顔の皺が濃くなる。
「女中頭さんに、高柳との関係を引き裂かれたと仰っていたじゃないですか」
「確かに、トメが辰屋の主人から金を貰って、私との結婚話を強引に進めましたが」
 松子は嫌々ながらも認めた。
 小十菊はその返答に気をよくし、自分の推理が正しいのだと、満足そうに口元に弧の字を描く。
「あいつですよ、手毬唄になぞらえているのは」
「確かに私の村に昔から伝わる手毬唄ですけどね。上京して以来、そんなもの、今の今まで忘れておりましたよ」
「ええ、ええ。薬品工場に勤めるとかでね。松子様を一緒に連れて村から出たと仰ってましたね」
「それにあの方は、川に流されて亡くなったはずです」
「未だに遺体が上がってないでしょう」
 否定したがる松子にいちいち突っ掛かって、畳みかける。稽古をつけてもらっている身であるがゆえ最初は辛抱していた松子だったが、さすがにこめかみに血管が浮いてきた。
「噂ではね、王宜丸もその男が開発して。清右衛門さんが横取りしたとか」
「小十菊さん!」
 もう限界だと言わんばかりに、松子は声を張り上げた。
「いい加減になさい!口が過ぎますよ!」
 確かに松子の言う通り出過ぎたようだと、小十菊は口を噤む。罪悪感というよりは、周囲の白い目を気にしてらしい。
「ふむ。興味深い話ですな」
「警部さん!」
 何の気なしに口走ったふうの大河原に、松子は鬼の形相で唾を飛ばした。普段、上品ぶっている雰囲気など最早、皆無。松子はくしゃくしゃに歪めた顔を上気させた。
「これほどの侮辱はありませんよ!何を感心なさっておりますの!」
「いやいや。私は、そんな」
 あまりの松子の剣幕に圧倒された大河原は額に汗を浮かべ、しどろもどろだ。
「そもそも二十年以上も前の話じゃありませんか!今は清右衛門との間に子供も出来ましたし!そんな昔のことをいちいち持ち出してきて!」
 頭髪を掻き毟り、いらいらと足を踏み鳴らしながら、松子の言動はますます激しさを増す。今にも大河原に掴みかからん勢いで詰め寄って、周囲を圧倒させた。
「あんまりヒステリーを起こすと、血圧が上がりますよ。お母様」
「森雪さん!」
「部屋でお休みになった方がいい」
 発狂寸前の背を撫で擦って、ようやく松子の怒りは沈静に向かう。ハアハアと息荒く、汗の粒が幾つも額に浮かんで、心臓を両方の手で押さえつけながら、松子は己を取り戻していった。
 松子の介添え役として脇に控えていた女中に、森雪は、母を屋敷に戻せと目だけで指図する。
 とうとう空からは白いものがちらついてきていた。
 風も先程よりも幾分冷たさを持っている。

 この場から引き揚げるために乗り込んだ自家用車が遠くで排気ガスを吐く様を眺めながら、大河原はちょび髭を引っ張って考えに耽った。
「あんな華奢な女が、大の男を木から逆さまに吊るしたり、水底に沈めたりとは、かなり無理があるな」
 チラリと過っただけの疑いでさえ、一つ一つと潰していくのが警察の仕事だ。
「高柳公彦か。よし。一つ、その男を調べてみるか」
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