16 / 48
第三章
手毬唄
しおりを挟む
湖畔は駐在の他に本庁の私服警官も動員され、そこに野次馬も加わり、騒然となっている。
清右衛門翁の遺産によって土地買収を進め、今年から所有となった湖畔に、土地の持ち主である辰川家が呼ばれたのは当然のことだった。
間もなく雪がちらついてくるのか、吹く風は肌をさすほど冷ややかで、空を覆う雲はぼってりと重く黒い。鳥さえ囀らず、おどろおどろしい雰囲気に拍車をかけていた。
是蔵の事件だけでは、とある町の悲惨な出来事として新聞記事の片隅にひっそりと場所をとる程度だったが、今回のことは三年前の清右衛門翁の件と併せて、地方だけではなく全国へと報道されるセンセーショナルなものを孕んでいる。
それゆえ、やたらと通信社の人間が人だかりによく目立った。
何故、関心を呼ぶのかといえば、起こった殺人事件があまりにも奇怪だったからだ。
町と比べて一段と冷え込みの激しくなる、標高が幾らかある森の湖の中に、世にも異様なものがあったからだ。
それは、頭を布でぐるぐる巻きにされ、後ろ手に縛られた胴体が、にょっきりと湖に一本の棒のように突き立てられていたからだ。おぞましさを増幅させるのは、その死体が衣類一つ身につけていないことだった。
「一体全体、どうなっておるんだ」
苦虫を噛み潰した顔で大河原は吐き捨てるなり、舟をやってその死体の引き揚げに苦心している部下らを睨みつけた。
作業はなかなかはかどらない。というのも、すっかり水を含んだことに加え、底の泥によってぐさりと刺されたそれは重みを増し、大の男三人がかりでも難儀している。沈めたことが露見しないように重りをつけていたようだが、何らかの原因で足枷が外れ、奇妙な恰好になった次第だ。
どうにかこうにか引き揚げた遺体は、背恰好からどうやら年老いた女らしいということだけわかった。
「女中頭のトメです。おそらく」
森雪は無表情に遺体を見下ろした。
「薬指の金の指輪。龍を象ってあるでしょう。僕が産まれたときに何やら礼になったとのことで父が、人間国宝の彫師に誂えさせたものです」
水死体は別名を赤鬼と呼ばれる通り、肌が赤褐色となり膨れ上がって、醜さは元の人間の形とかけ離れている。
「兄さんが辰屋に引き取られるのと入れ違いに、辞めていった女です」
「全く。八十の婆さんにむごいことを」
ハンカチを口元に当て、大河原は呻いた。
野次馬らも同様に顔をしかめ、中には嘔気を催す者もいるほどだ。
さすがの記者も、書き物の手を止めざるを得ない光景だった。
「ああ。これは手毬唄の通りだわ」
野次馬に紛れていた小十菊が、下手糞な芝居のようにぶるぶると大袈裟に体を震わせる。
「手毬唄の歌詞にそっくりよ」
蒼白のまま、小十菊は口ずさんだ。
一つ、ひらひら吊るされて
二つ、塞いで閉じ込めて
三つ、水底冷たかろう
四つ、夜通し引き裂いて
五つ、戦の矢を受けて
六つ、骸は土の中
七つ、涙が血で濡れる
八つ、安らか眠れよと
九つ、この世は生き地獄
「ふむ。第一の殺人が三年前の辰川清右衛門、第二が是蔵、第三が女中頭ときて」
殴打されて、神社の木に逆さまに括りつけられた清右衛門。
撲殺されて瓶の中に押し込められていた是蔵。
湖の底に沈められていた女中頭のトメ。
「すると犯人は手毬唄の通りに殺人を行っているということですかな」
偶然にしては出来過ぎているその異様な死にざまに、大河原は顔をしかめ、再度歌を復唱する。
「ということは、ひょっとすると、九人犠牲者が出るということですな」
「九番まで歌詞があるんだから。そうよ、そうに違いないわ」
小十菊は断言した。
「タカヤナギ」
視線を遠くに、小十菊はぽつりと呟いた。
「タカヤナギの仕業だわ」
ふと思いついた自身の言葉に確信を持ち、小十菊は力説する。
新たな名前が出てきたことに、大河原は首を捻った。
清右衛門翁の遺産によって土地買収を進め、今年から所有となった湖畔に、土地の持ち主である辰川家が呼ばれたのは当然のことだった。
間もなく雪がちらついてくるのか、吹く風は肌をさすほど冷ややかで、空を覆う雲はぼってりと重く黒い。鳥さえ囀らず、おどろおどろしい雰囲気に拍車をかけていた。
是蔵の事件だけでは、とある町の悲惨な出来事として新聞記事の片隅にひっそりと場所をとる程度だったが、今回のことは三年前の清右衛門翁の件と併せて、地方だけではなく全国へと報道されるセンセーショナルなものを孕んでいる。
それゆえ、やたらと通信社の人間が人だかりによく目立った。
何故、関心を呼ぶのかといえば、起こった殺人事件があまりにも奇怪だったからだ。
町と比べて一段と冷え込みの激しくなる、標高が幾らかある森の湖の中に、世にも異様なものがあったからだ。
それは、頭を布でぐるぐる巻きにされ、後ろ手に縛られた胴体が、にょっきりと湖に一本の棒のように突き立てられていたからだ。おぞましさを増幅させるのは、その死体が衣類一つ身につけていないことだった。
「一体全体、どうなっておるんだ」
苦虫を噛み潰した顔で大河原は吐き捨てるなり、舟をやってその死体の引き揚げに苦心している部下らを睨みつけた。
作業はなかなかはかどらない。というのも、すっかり水を含んだことに加え、底の泥によってぐさりと刺されたそれは重みを増し、大の男三人がかりでも難儀している。沈めたことが露見しないように重りをつけていたようだが、何らかの原因で足枷が外れ、奇妙な恰好になった次第だ。
どうにかこうにか引き揚げた遺体は、背恰好からどうやら年老いた女らしいということだけわかった。
「女中頭のトメです。おそらく」
森雪は無表情に遺体を見下ろした。
「薬指の金の指輪。龍を象ってあるでしょう。僕が産まれたときに何やら礼になったとのことで父が、人間国宝の彫師に誂えさせたものです」
水死体は別名を赤鬼と呼ばれる通り、肌が赤褐色となり膨れ上がって、醜さは元の人間の形とかけ離れている。
「兄さんが辰屋に引き取られるのと入れ違いに、辞めていった女です」
「全く。八十の婆さんにむごいことを」
ハンカチを口元に当て、大河原は呻いた。
野次馬らも同様に顔をしかめ、中には嘔気を催す者もいるほどだ。
さすがの記者も、書き物の手を止めざるを得ない光景だった。
「ああ。これは手毬唄の通りだわ」
野次馬に紛れていた小十菊が、下手糞な芝居のようにぶるぶると大袈裟に体を震わせる。
「手毬唄の歌詞にそっくりよ」
蒼白のまま、小十菊は口ずさんだ。
一つ、ひらひら吊るされて
二つ、塞いで閉じ込めて
三つ、水底冷たかろう
四つ、夜通し引き裂いて
五つ、戦の矢を受けて
六つ、骸は土の中
七つ、涙が血で濡れる
八つ、安らか眠れよと
九つ、この世は生き地獄
「ふむ。第一の殺人が三年前の辰川清右衛門、第二が是蔵、第三が女中頭ときて」
殴打されて、神社の木に逆さまに括りつけられた清右衛門。
撲殺されて瓶の中に押し込められていた是蔵。
湖の底に沈められていた女中頭のトメ。
「すると犯人は手毬唄の通りに殺人を行っているということですかな」
偶然にしては出来過ぎているその異様な死にざまに、大河原は顔をしかめ、再度歌を復唱する。
「ということは、ひょっとすると、九人犠牲者が出るということですな」
「九番まで歌詞があるんだから。そうよ、そうに違いないわ」
小十菊は断言した。
「タカヤナギ」
視線を遠くに、小十菊はぽつりと呟いた。
「タカヤナギの仕業だわ」
ふと思いついた自身の言葉に確信を持ち、小十菊は力説する。
新たな名前が出てきたことに、大河原は首を捻った。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい
市川パナ
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。
魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。
そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。
不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。
旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。
第3話から急展開していきます。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる