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第三章

手毬唄

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 湖畔は駐在の他に本庁の私服警官も動員され、そこに野次馬も加わり、騒然となっている。
 清右衛門翁の遺産によって土地買収を進め、今年から所有となった湖畔に、土地の持ち主である辰川家が呼ばれたのは当然のことだった。
 間もなく雪がちらついてくるのか、吹く風は肌をさすほど冷ややかで、空を覆う雲はぼってりと重く黒い。鳥さえ囀らず、おどろおどろしい雰囲気に拍車をかけていた。
 是蔵の事件だけでは、とある町の悲惨な出来事として新聞記事の片隅にひっそりと場所をとる程度だったが、今回のことは三年前の清右衛門翁の件と併せて、地方だけではなく全国へと報道されるセンセーショナルなものを孕んでいる。
 それゆえ、やたらと通信社の人間が人だかりによく目立った。
 何故、関心を呼ぶのかといえば、起こった殺人事件があまりにも奇怪だったからだ。
 町と比べて一段と冷え込みの激しくなる、標高が幾らかある森の湖の中に、世にも異様なものがあったからだ。
 それは、頭を布でぐるぐる巻きにされ、後ろ手に縛られた胴体が、にょっきりと湖に一本の棒のように突き立てられていたからだ。おぞましさを増幅させるのは、その死体が衣類一つ身につけていないことだった。
「一体全体、どうなっておるんだ」
 苦虫を噛み潰した顔で大河原は吐き捨てるなり、舟をやってその死体の引き揚げに苦心している部下らを睨みつけた。
 作業はなかなかはかどらない。というのも、すっかり水を含んだことに加え、底の泥によってぐさりと刺されたそれは重みを増し、大の男三人がかりでも難儀している。沈めたことが露見しないように重りをつけていたようだが、何らかの原因で足枷が外れ、奇妙な恰好になった次第だ。
 どうにかこうにか引き揚げた遺体は、背恰好からどうやら年老いた女らしいということだけわかった。
「女中頭のトメです。おそらく」
 森雪は無表情に遺体を見下ろした。
「薬指の金の指輪。龍を象ってあるでしょう。僕が産まれたときに何やら礼になったとのことで父が、人間国宝の彫師に誂えさせたものです」
 水死体は別名を赤鬼と呼ばれる通り、肌が赤褐色となり膨れ上がって、醜さは元の人間の形とかけ離れている。
「兄さんが辰屋に引き取られるのと入れ違いに、辞めていった女です」
「全く。八十の婆さんにむごいことを」
 ハンカチを口元に当て、大河原は呻いた。
 野次馬らも同様に顔をしかめ、中には嘔気を催す者もいるほどだ。
 さすがの記者も、書き物の手を止めざるを得ない光景だった。

「ああ。これは手毬唄の通りだわ」
 野次馬に紛れていた小十菊が、下手糞な芝居のようにぶるぶると大袈裟に体を震わせる。
「手毬唄の歌詞にそっくりよ」
 蒼白のまま、小十菊は口ずさんだ。

 一つ、ひらひら吊るされて
 二つ、塞いで閉じ込めて
 三つ、水底冷たかろう
 四つ、夜通し引き裂いて
 五つ、戦の矢を受けて
 六つ、骸は土の中
 七つ、涙が血で濡れる
 八つ、安らか眠れよと
 九つ、この世は生き地獄

「ふむ。第一の殺人が三年前の辰川清右衛門、第二が是蔵、第三が女中頭ときて」
 殴打されて、神社の木に逆さまに括りつけられた清右衛門。
 撲殺されて瓶の中に押し込められていた是蔵。
 湖の底に沈められていた女中頭のトメ。
「すると犯人は手毬唄の通りに殺人を行っているということですかな」
 偶然にしては出来過ぎているその異様な死にざまに、大河原は顔をしかめ、再度歌を復唱する。
「ということは、ひょっとすると、九人犠牲者が出るということですな」
「九番まで歌詞があるんだから。そうよ、そうに違いないわ」
 小十菊は断言した。
「タカヤナギ」
 視線を遠くに、小十菊はぽつりと呟いた。
「タカヤナギの仕業だわ」
 ふと思いついた自身の言葉に確信を持ち、小十菊は力説する。
 新たな名前が出てきたことに、大河原は首を捻った。
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