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母の小言

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「まさか、あなた。悪阻の妻に油っぽいのや味の濃いものばかり出してはいませんね? 」
 ドロシーは息子へ疑いの目を向ける。
「何か問題ですか? 」
 ムッとルミナスは眉根を寄せた。
 わざとらしく溜め息を吐くドロシー。
「人それぞれなので、一概には言えませんが。薄い味付けや、さっぱりと喉通りの良いものを選ぶものですよ」
「通りで、コンソメスープを気にいるはずだ」
 ルミナスは目から鱗を零す。
 ドロシーは仕方なさそうに首を横に振った。
「あなたも父親として、少しは勉強なさいな。幾ら、アリアのときは気を遣って部屋に閉じ篭っていたと言っても。無知にも程がありますよ」
「アリアのときは、母上が手助けしていたではありませんか」
「不本意ながらね」
 ドロシーの言葉に、ムキになったルミナスの頭がいっぺんに冷え、握り込んだ拳を解くと、所在なげに髪を掻き上げた。
「ミレディのことは、今でも娘同然に思っていますよ。そう思い直すに至るまで、随分と時間を要しましたが」
 ルミナスは項垂れる。
 ミレディの存在自体が、深い闇の底に未だに燻り続け、その名を口にするたびに、家族の誰しもが陰鬱となる。
 謂わば、アークライト家の重い枷。
 ミレディとは、アークライト家が抱える不穏だった。


「アイスクリームなど、いかが? 」
 話題を変えたドロシーは提案する。
 氷室も、それを使用しなければならないアイスクリームも、高級品だ。主に王族が好んで食べる物。貴族でさえ、一部の金のある者しか口に出来ない。ルミナスでさえ、滅多に口にはしない。もっとも、甘党ではないので、口にしたいとも思わないが。パーティーの際にアリアが喜んで食べるくらいだ。
 そんなわけで、アイスクリームのことは、ルミナスのリストからごっそり抜け落ちてしまっていた。
「アークライト家の財力では、そこまで難しいものでもないでしょう? 」
「確かに。そう毎日も用意は出来ませんが」
「とにかく、試してみなさいな」
 やはり、母を呼んで良かったかも知れない。ルミナスは考えを改めた。


 母の提案は大成功だった。
「まあ! 美味しいわ! 」
 ここのところ悲壮感満載だった屋敷に、久々に明るい日が差し込む。イザベラの笑顔なんて何日振りだろう。
 恐る恐るスプーンで一掬いした白くて冷たい塊を、イザベラが口に含んだ途端、目を輝かせる。
 家族の他、見守っていた使用人、その場にいた全員が安堵で肩の力を抜いた。
 イザベラはあっという間に器全てを平らげる。
「このような食べ物、初めてよ! 」
 目を輝かせ、まるで子供に戻ったようなイザベラ。
「お義母様が提案なさってくれたのですね」
 イザベラは、傍のドロシーに頭を下げた。
 甘党ではないルミナスなら、きっと思いつかない。
 ドロシーはニコリともせず、頷いた。
「何も焦ることはありませんよ。まずは、母親のあなたが余裕を持つこと。それがお腹にいる赤ん坊のためです」
 極めて事務的な言い方ではあるが、イザベラを想ってくれているのは明らか。校長以外にも、自分に母親がいるのだと。目頭が熱くなる。
 
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