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ルミナスの葛藤

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 浮かれているのは、ルミナスも同じ。
 夕食時、何故だかイザベラの前にだけご馳走が山盛りになっていた。川魚、ビーフ、マトン、チーズ、柔らかいパン、マーマレードジャム……思いつく限りに並んでいる。
「医者も言っていただろう? しっかり栄養をつけないと」
 ルミナスはコックに言いつけ、栄養価の高そうな料理を用意させていた。
 突如、イザベラは強烈な吐き気に襲われて、マナー違反とはわかってはいたものの、手洗いに駆け込んだ。
 朝からほとんど何も食べていないことに、そのときになってようやく気づく。胃液と唾しか出てこない。なのに、気持ち悪さがどんどん口中に溢れてくる。
「イザベラ。大丈夫か? 」
 いつの間にかルミナスが背中をさすってくれていた。
 嗚咽しか出せないイザベラは、涙を流しつつ、頷くことで精一杯だ。
「子爵がこのようなことを」
「妻を労るのは、夫の役目だろう」
 貴族ともあろう者が、人の汚物を目の当たりにして。
 イザベラはルミナスの優しさが沁みて、さらに涙を溢した。


 イザベラが丁重に断ったため、山盛りの食事は回避された。
 だが、この件以来、イザベラは全く食事を受け付けなくなってしまった。
 チーズの匂いがきつ過ぎては吐き、肉料理を体が受け付けずに吐き、せっかくルミナスが手に入れた海亀は見た目が苦手で吐き……イザベラが口に出来たのは、今のところ水とコンソメスープしかない。
 このままでは赤ん坊に影響する。
 そんな重圧がイザベラを余計に追い詰め、とうとう倒れてしまった。


「で、俺にどうしろって? 」
 ジョナサンは、ワインの芳醇な香りを堪能しながら、他人事で尋ねてきた。
「俺は医者じゃねえぞ」
「わかっている。だが、医者は無理するなを繰り返すばかりだ。このままでは栄養失調で、イザベラが赤ん坊ごと死んでしまう」
 髪の毛を掻きむしり、今にも発狂しかねないルミナス。
「だから呼びつけられたところで、俺はどうすることも出来ねえよ」
「お前にどうこうしてもらおうとは思わん」
「だったら何だ」
「不安で仕方ないから酒に付き合ってくれ」
「それなら、お易いご用だ」
 ジョナサンは空のグラスにワインを注ぐ。
 ルミナスは一息で飲み干す。
 ジョナサンの前にグラスを突き出す。すぐさま二杯目が注がれた。
「そもそも、アリアのときにはどうだったんだ? ミレディ夫人も、似た状態になっただろ」
「知らん」
「おいおい」
「ミレディは私の父が甲斐甲斐しく世話を焼いていたから。私は手は出していない」 
「おいおい。嘘だろ」
 フェミニストを自認するルミナスらしからぬ言動。
 こんなときこそ、手を取り合って乗り越えるべきではないか?
「私には私の事情があるんだ」
「どんな事情だよ。嫁さんを労ってやれよ」
「うるさい。あの頃には、あれが最善だったんだ」
「何だよ、それは」
「もう聞くな」
 かなり込み入った事情らしい。
「しかし、夫人には弱ったな。何か口には出来ないのか」
「思いつく限りは尽くした」
 ルミナスは栄養のある食材を探してはいるものの、ことごとく失敗に終わっていた。
「前子爵夫人を呼べ」
「何だと」
「唯一、身近な出産経験者だろ」
 ジョナサンはあくまで他人事だ。
 ルミナスは苦虫を噛み潰す。
 母とは極力、連絡を取らずにいたい。顔を見れば文句ばかり。昔からそうだ。ルミナスは母のピシャリとした言い方が苦手で仕方ない。彼女の声を聞くと、反射的に背筋が伸びる。酸素濃度もかなり薄くなる。
「愛しい愛しい嫁さんのためだ。我慢しろよ」
 撤回する。ジョナサンは他人事ではない。楽しんでいるのだ。学生時代、共に母の小言を食らったというのに。あのときの怖さを忘れて、ジョナサンは適当な提案をする。
 しかし。
 イザベラを助けてくれる可能性のある人物なのは確かだ。
 しかし。
 ルミナスの胸を葛藤が渦巻いた。
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