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義理の母
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ドロシー・アレクシスは、その場に存在するだけで酸素を薄くさせる。
イザベラは、まずそんな感想を抱いた。
ドロシーはルミナスと同じ色の髪、同じ色の瞳を持ちながら、雰囲気は正反対だ。
双眸は抜け目なくキョロキョロと辺りを見回し、骨の浮き出た首がぐるりと動く。上質な絹の深緑のドレスは皮膚を隠してはいるものの、その下はガリガリの骨と皮のみだと容易に想像出来た。
以前に見た、ルミナスと夫と共に描かれた肖像画と比べると、遥かに痩せ細っている。
「あら、大層な出迎えね。何事かしら? 」
ドロシーはまず、出迎えた使用人の数に苦言を呈す。
「母上は、少なくとも文句を言うでしょう」
ムスッとしてルミナスが言い返した。
親子の仲は予想以上に悪い。
「私は黄色い花が嫌いなの。別の花を生けてちょうだい」
次にドロシーが文句をつけたのは、玄関に生けた花瓶の花だった。メイドは急いでフリージアを引き上げる。
「紅茶はアッサムやダージリンなんて、やめてちょうだい。私はセイロンしか受け付けないから」
メイドがこそこそと小走りでキッチンへ向かった。
ルミナスから話はチラリとは聞いていたが、これは物凄い人物だ。
イザベラは苦笑するしかない。
阿片窟にいた娼婦も、どうしようもない我儘ばかりだったが、それに匹敵する。
「母上。こちらが妻のイザベラです」
来た!
イザベラは緊張気味に、ことさら所作に気をつけてお辞儀をした。
ドロシーは、片側の目を細めて顔をしかめる。
「平民にしては、なかなか様になる挨拶でしょうが。角度が十度足りないわ。そんなお辞儀で、子爵夫人が務まるのかしらね? 」
なかなかに手厳しい。
「母上。イザベラの所作は、社交の場で一目置かれているのですよ」
「可愛らしい顔で誤魔化しているんでしょう? 私の目は騙せませんからね」
「侯爵夫人のお墨付きです」
「シャルロットが甘過ぎるんです。アークライト。あなたがそれに甘んじてどうしますか? 」
彼女は息子を敬称で呼ぶ。そこに、親子の計り知れない距離を感じ取るイザベラ。
「いつまで玄関に立たせるつもりですか? 」
いらいらとドロシーは顔をしかめる。
「ご案内します。こちらへ」
苦虫を噛み潰した顔で、ルミナスはエスコートした。
「よくも、あんな趣味の悪い部屋に母親を通せたものね」
夕食の席でも、ドロシーの愚痴は止まらない。
結局、ドロシーは二泊することになった。
彼女は、息子の嫁としてイザベラが相応しいか確認すると言い張る。
「不満があるなら、王都の屋敷に戻っていただいて結構です」
「まあ! あなたはこの母に、夜道を帰れと言うの! 」
顔を真っ赤にして憤慨する。
親子の言い合いに、イザベラとアリアは互いに目を見合わせ、溜め息を吐く。
「アークライト夫人。明日は日の出から出かけますからね。そのつもりで」
いきなり矛先が自分に向いて、イザベラはごくんと海亀の肉をあまり噛まずに飲み込んでしまった。
「母上。急にそのようにお決めになられても。イザベラにも予定がありますし」
「私と出かける以外に、何の予定がありますか」
ルミナスの苦言にも、ツンと澄ましてドロシーは言い返す。
ルミナスは、食事の間中、不機嫌に眉根が寄りっぱなしだ。
「ああ。いかにも成金趣味の食事で下品だこと」
またしても、ドロシーは夕食にケチをつける。
海亀の肉は最高級品で、富と名誉の象徴とされている。ドロシーは、それが気に食わないようだ。
イザベラは、まずそんな感想を抱いた。
ドロシーはルミナスと同じ色の髪、同じ色の瞳を持ちながら、雰囲気は正反対だ。
双眸は抜け目なくキョロキョロと辺りを見回し、骨の浮き出た首がぐるりと動く。上質な絹の深緑のドレスは皮膚を隠してはいるものの、その下はガリガリの骨と皮のみだと容易に想像出来た。
以前に見た、ルミナスと夫と共に描かれた肖像画と比べると、遥かに痩せ細っている。
「あら、大層な出迎えね。何事かしら? 」
ドロシーはまず、出迎えた使用人の数に苦言を呈す。
「母上は、少なくとも文句を言うでしょう」
ムスッとしてルミナスが言い返した。
親子の仲は予想以上に悪い。
「私は黄色い花が嫌いなの。別の花を生けてちょうだい」
次にドロシーが文句をつけたのは、玄関に生けた花瓶の花だった。メイドは急いでフリージアを引き上げる。
「紅茶はアッサムやダージリンなんて、やめてちょうだい。私はセイロンしか受け付けないから」
メイドがこそこそと小走りでキッチンへ向かった。
ルミナスから話はチラリとは聞いていたが、これは物凄い人物だ。
イザベラは苦笑するしかない。
阿片窟にいた娼婦も、どうしようもない我儘ばかりだったが、それに匹敵する。
「母上。こちらが妻のイザベラです」
来た!
イザベラは緊張気味に、ことさら所作に気をつけてお辞儀をした。
ドロシーは、片側の目を細めて顔をしかめる。
「平民にしては、なかなか様になる挨拶でしょうが。角度が十度足りないわ。そんなお辞儀で、子爵夫人が務まるのかしらね? 」
なかなかに手厳しい。
「母上。イザベラの所作は、社交の場で一目置かれているのですよ」
「可愛らしい顔で誤魔化しているんでしょう? 私の目は騙せませんからね」
「侯爵夫人のお墨付きです」
「シャルロットが甘過ぎるんです。アークライト。あなたがそれに甘んじてどうしますか? 」
彼女は息子を敬称で呼ぶ。そこに、親子の計り知れない距離を感じ取るイザベラ。
「いつまで玄関に立たせるつもりですか? 」
いらいらとドロシーは顔をしかめる。
「ご案内します。こちらへ」
苦虫を噛み潰した顔で、ルミナスはエスコートした。
「よくも、あんな趣味の悪い部屋に母親を通せたものね」
夕食の席でも、ドロシーの愚痴は止まらない。
結局、ドロシーは二泊することになった。
彼女は、息子の嫁としてイザベラが相応しいか確認すると言い張る。
「不満があるなら、王都の屋敷に戻っていただいて結構です」
「まあ! あなたはこの母に、夜道を帰れと言うの! 」
顔を真っ赤にして憤慨する。
親子の言い合いに、イザベラとアリアは互いに目を見合わせ、溜め息を吐く。
「アークライト夫人。明日は日の出から出かけますからね。そのつもりで」
いきなり矛先が自分に向いて、イザベラはごくんと海亀の肉をあまり噛まずに飲み込んでしまった。
「母上。急にそのようにお決めになられても。イザベラにも予定がありますし」
「私と出かける以外に、何の予定がありますか」
ルミナスの苦言にも、ツンと澄ましてドロシーは言い返す。
ルミナスは、食事の間中、不機嫌に眉根が寄りっぱなしだ。
「ああ。いかにも成金趣味の食事で下品だこと」
またしても、ドロシーは夕食にケチをつける。
海亀の肉は最高級品で、富と名誉の象徴とされている。ドロシーは、それが気に食わないようだ。
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