【完結】家庭教師イザベラは子爵様には負けたくない

氷 豹人

文字の大きさ
68 / 95

しおりを挟む
「ルミナス様を助けないと! 」
 彼は今しがた出掛けたばかり。馬を駆ればまだ間に合う。
 イザベラは玄関のドアノブを掴んだ。
「待て待て! 冷静になれ! 」
 慌てたジョナサンに肩を引かれて戻される。
「何かの罠かも知れねえだろ」   
 状況を飲み込んだジョナサンは、我を見失うイザベラを咎める。
 イザベラはストンとソファに座らされた。
「そもそも、俺に速達を送ったやつの意図がわからねえんだ」
 ジョナサンは腕を組んで考え込む。
「速達はタイプライターだから、誰が打ったのかも、わからねえ」
 何故、わざわざ偽の速達を出してまで、本人に成りすまし、ジョナサンをアークライト邸に呼びつけたのか。
 そもそも、運河への投資や、ヨールガ卿のサイン、ジョナサンとルミナスとの友人関係。かなり入念な下調べをしている。
 単なる悪戯ではない。
「まだ何もわかっちゃいねえうちから、無闇に動かない方が良い」
 だが、イザベラはやや腰を浮かして全身の筋肉を固める。
「でも! でも、こうしているうちに、ルミナス様が! 」
「あんたまで、どうにかされたらどうするんだ」
「だけど! 」
「落ち着けって」
 再びイザベラはソファに戻される。
「そうよ、イザベラ。外にはまだ妙な男の人達が彷徨うろついているのよ」
 そのとき、今までぼんやりと成り行きを見守っていたアリアが、我を取り戻して口を挟んだ。
「下手に動いて、変なことされたら」
 取り乱すイザベラよりも、僅か八歳の娘の方が遥かに大人びていた。
 明らかに父が罠に掛けられ、呼び出されたというのに、彼女は状況を見極めてから動くべきだと冷静だ。
「妙な男達? 」
 ジョナサンが首を傾ける。
「いらっしゃらなかったの? 」
 その反応に、アリアが不思議がる。
「ああ。俺が馬車で駆け込んだときは、そんな野郎は見当たらなかったぞ」
 つまり、ルミナスの後を追った可能性が高い。
 またもやイザベラは悲鳴を上げる。
 あまりに興奮し過ぎて、くらっと目の前が反転したかと思うと、視界が暗闇に包まれた。


 イザベラの第六感は外れたためしがない。
 ルミナスが嵌められたと知ったとき、彼女の脳に浮かんだのは、父親であるエルンスト男爵の顔だった。
 イザベラがエルンスト男爵の娘であることを暴露しようとして、頓挫したのは数日前。
 それ以来、彼は鳴りを潜めている。
 何かを仕出かす気配はない。
 却ってそれが、イザベラを不安にさせていた。
 聞くところによると、エルンスト男爵の窮状は悲惨らしい。
 このままでは、爵位も金持ちの商人に売り飛ばしかねないほど困窮しているとか。
 そんな彼が、おとなしくしているはずがない。
 必ず、イザベラに対して何かを仕掛けてくる。
 そう身構えていた矢先の、今朝の出来事だ。
「ルミナス様……ルミナス様……」
 果たしてルミナスは無事でいるのか。
 ベッドに横たわり、意識のないイザベラは、譫言を繰り返した。
 また彼を巻き込んでしまった。


「イザベラ。紅茶を持って来たわ」
 アリアが茶盆を持って、イザベラの寝室の扉をノックした。
「……? 」
 返事がない。
 ずっとルミナスを呼んでいた声も、全く聞こえない。
 扉の向こうは静まり返っている。
「……イザベラ? 」
 アリアの胸を嫌な予感が掠めた。
「イザベラ? 入るわよ? 」
 返事も待たずにアリアは扉を開ける。
 彼女の手から食器が滑り落ちた。
 絨毯の弾力でカップとソーサーが跳ね、引っ繰り返った。
 透き通った薄い茶色の液体が絨毯にじわじわ広がっていく。
「た、大変! 」
 彼女は銀製の茶盆を放り捨て、身を翻した。
 イザベラのベッドはも抜けの殻。
 ルミナスを追いかけ、屋敷を抜け出した後だった。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います

こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

処理中です...