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貴族のお付き合い

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 深い海の底を思わせる藍色のドレスに身を包んだイザベラの姿を、誰しもが注目した。
 家庭教師といった平民から子爵夫人に成り上がったその境遇もあるが、何より周囲の興味を引いたのは、その美貌だ。
 艶のある黄金色の髪を丁寧に巻き、後ろに垂らし、薔薇の飾りで彩りを添えている。ほっそりした項は、人々の熱気でほんのり色づいていた。
 何より人の目を引くのは、そのアーモンド型の翠緑の瞳。
 この国には、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵といった世襲貴族がおよそ七◯五家がある。
 それら数多の中でも、イザベラは極めて目立っていた。
 花崗岩の太い柱には見事な細工の彫刻がなされ、ピンクや青の大理石の床面が艶々光って彼女を浮き彫りにし、豪奢なガラス製のシャンデリアが天井から下がって、その姿を淡く照らしている。
 荘厳なその場に生まれた女神。
 男達が色めきたったのは、言うまでもない。
「レディ、是非私とワルツを」
「いや、私と」
「私が先だ」
 たちまちイザベラは男達で囲まれてしまう。
 困ったようにチラリとルミナスを窺うと、彼は口元をむっつり引き結び、不機嫌そうに眉間に皺を寄せるだけ。彼は上流階級の嗜みに苛立っていた。
「レディ。私と一曲お願い出来ますか? 」
 聞き覚えのある声が上がったかと思えば、他の男よりも遥かに滑らかな、女性と見紛う手がぬっと差し出される。
 カイル家の次男坊マークスだ。
 彼は少年特有の荒みのない笑顔で、イザベラを安堵させた。
 

 経験の浅いマークスは、女性と踊るにはぎこちなかった。
 男らの妬み嫉みの失笑を買うものの、マークスは一向に気にした様子はない。
 大広間の端から端までを、二人は音楽から一拍遅れでギクシャクと回る。まるで螺子の飛んだ人形のように。
 一生懸命にステップを踏むマークスに、イザベラは微笑む。
「とても困ってましたの。助けていただき感謝します」
「ローズ家のマリリン様ですよ。僕に助言をしたのは」
「マリリン様が? 」
 彼の視線の先には、マリリンが悠然とした笑みを浮かべている。
「このたびローズ家のマリリン様と婚約いたしました」
「まあ。それは、おめでとうございます」
「全てアークライト卿のお陰です」
 音楽が軽やかになり、やがてゆったりと終わる。
 マークスは見よう見まねのようにギクシャクしたお辞儀で締め括った。


 ダンスが終わると、あれほど盛っていたというのに、イザベラに近寄る男達は何故か全員散っていた。
「しくじったな」
 イザベラの真上で不機嫌そうな息が鳴った。
 何か、まずいことをしただろうかと見上げれば、ルミナスはいらいらしたまま真正面を向いている。イザベラと目を合わせようともしない。
「君のドレスだよ」
「何か不都合がありまして? 」
「おおありだ」
 鬱陶しそうに見下ろしてくる。
「襟ぐりが開き過ぎだ。野郎どもが谷間ばかり気にしている。それに、腰と尻のラインが目立ち過ぎる。これでは尻を撫でろと言っているようなものだ」
 捲し立てられ、ムッとイザベラの頬が膨れる。
「あなたが、このドレスにしろと仰ったのよ」
「そ、そうだが」
 己の言葉を思い出し、ルミナスは黙り込んだ。
 女性は男のアクセサリーではない。ましてや、性的な刺激を与えるだけの役割でもない。
 今までのイザベラなら、このようなデザインには絶対袖を通すことはない。
 
 
 







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