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逢瀬は甘酸っぱい
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ようやく中央の円形の展望台に着いたときには、イザベラはもうヘトヘトだった。人混みに酔ってしまったというのもあるが、何よりイザベラを疲弊させたのは、若い娘らの視線だ。
憎々しさが込められた視線はナイフのごとく尖り、イザベラの血肉を容赦なく抉る。
「わかってますとも。釣り合わないことくらい」
堪らず声に出してしまった。
「どうした? 」
聞き漏らさず、ルミナスは尋ねてくる。地獄耳、とイザベラはこっそり舌打ちする。
「いえ。こっちのことです」
澄まして返せば、ルミナスはそれ以上は踏み込んでこなかった。代わりに密着の度合いが増したが。イザベラの体の右半分が彼にピッタリくっついてしまった。
脈動が激しいのは自分だけで、子爵は至って平然としている。
錬鉄の手すりと柵のついた中央展望台から十メートルほど離れた位置には、キャンバス地に描かれた古代ローマ帝国の街並みが広がっている。とてもじゃないが単なる絵画とは思えない繊細で緻密な作風。
「きゃっ」
観客が揃ったところで、突如、劇場内が暗くなる。
思わずイザベラは小さな悲鳴を上げ、ついルミナスの右腕にしがみついてしまった。
これから始まる興奮と期待で劇場内にざわめきが広がる。
ルミナスはあくまで表情を崩さないが、心臓が幾分跳ねているのが、イザベラの耳にもしっかり伝わってきた。
微かな機械の唸りから始まった見世物。後方から青色の照明に照らされ、キャンバスの景色に奥行きが出る。
「まあ。まるで真昼のローマの街にいるみたい」
そんな感想を抱いたのは、イザベラだけではない。周囲も同じように感嘆の吐息を零している。
すると、当時のローマ市民の衣装を身に纏った役者数人が現れ、帝国の歴史を解説し始めた。
皆、豊かな髭を蓄えた、拳闘士並みに胸板の分厚い見事な体躯。隣に並んだ貴婦人が「あら」と声を弾ませる。
「君もああいった男が好みかい? 」
囁くルミナスの脇腹に肘鉄をお見舞いしてやった。
さして力を込めたつもりもなかったが、ルミナスはわざとらしく顔をしかめ、痛がる素振りでふざける。
「もう。アークライト卿ったら」
「今日くらいはルミナスと呼んでもらいたいものだね」
内緒話をするように近づいた唇から、イザベラの耳朶へと吹きかかる言葉。
「悪ふざけが過ぎます」
「言うと思ったよ」
ルミナスは喉を鳴らした。
劇場内は不意に暗闇に包まれ、足元から不気味な音が轟いた。ざわざわと、空気が振動する。いよいよメインの火山の噴火のシーンだ。
不安を煽る演出に、隣の貴婦人が甘えるかのように連れの男にしなだれかかっていた。ふと周りを見渡せば、妙齢の女性が判で押したかのように皆んな同じ仕草をしている。
なんて、はしたない。
淑女のする行為ではない。
白い目で彼女らを非難するイザベラだが、側から見れば彼女も同じことをしていた。勿論、イザベラはそんなこと自覚していない。
劇場内は赤い照明で照らされ、火山の両側からはぎらぎらした溶岩が流れていた。
屈強なローマ人役の男らが、劇場内を右往左往している。
チラリと真横を見上げてみると、ルミナスは溶岩の噴火に夢中になり、キャンバスを見る瞳が煌めいている。
これほど間近で顔を確かめることなんてなかったから、思った以上に睫毛が長いなんて知らなかった。
黙っていれば、絵本の中の騎士そのものの、清く正しく美しい、三拍子揃った男だ。
黙っていれば、と付け加える。
イザベラの視線に気づいたルミナスは、目を細めてのたまった。
「もうちょっと胸が大きければ、私の好みど真ん中なんだがな」
失敬な物言いに、イザベラは雇用主とか何だとかお構いなしに肘鉄を食らわせてやった。今度は手加減なしで。ルミナスが本気で痛がろうと構うものか。文句を言ってきたら、澄まして返してやるのだ。
「あら、失礼。混雑しているから、当たってしまいましたか? 」と。
憎々しさが込められた視線はナイフのごとく尖り、イザベラの血肉を容赦なく抉る。
「わかってますとも。釣り合わないことくらい」
堪らず声に出してしまった。
「どうした? 」
聞き漏らさず、ルミナスは尋ねてくる。地獄耳、とイザベラはこっそり舌打ちする。
「いえ。こっちのことです」
澄まして返せば、ルミナスはそれ以上は踏み込んでこなかった。代わりに密着の度合いが増したが。イザベラの体の右半分が彼にピッタリくっついてしまった。
脈動が激しいのは自分だけで、子爵は至って平然としている。
錬鉄の手すりと柵のついた中央展望台から十メートルほど離れた位置には、キャンバス地に描かれた古代ローマ帝国の街並みが広がっている。とてもじゃないが単なる絵画とは思えない繊細で緻密な作風。
「きゃっ」
観客が揃ったところで、突如、劇場内が暗くなる。
思わずイザベラは小さな悲鳴を上げ、ついルミナスの右腕にしがみついてしまった。
これから始まる興奮と期待で劇場内にざわめきが広がる。
ルミナスはあくまで表情を崩さないが、心臓が幾分跳ねているのが、イザベラの耳にもしっかり伝わってきた。
微かな機械の唸りから始まった見世物。後方から青色の照明に照らされ、キャンバスの景色に奥行きが出る。
「まあ。まるで真昼のローマの街にいるみたい」
そんな感想を抱いたのは、イザベラだけではない。周囲も同じように感嘆の吐息を零している。
すると、当時のローマ市民の衣装を身に纏った役者数人が現れ、帝国の歴史を解説し始めた。
皆、豊かな髭を蓄えた、拳闘士並みに胸板の分厚い見事な体躯。隣に並んだ貴婦人が「あら」と声を弾ませる。
「君もああいった男が好みかい? 」
囁くルミナスの脇腹に肘鉄をお見舞いしてやった。
さして力を込めたつもりもなかったが、ルミナスはわざとらしく顔をしかめ、痛がる素振りでふざける。
「もう。アークライト卿ったら」
「今日くらいはルミナスと呼んでもらいたいものだね」
内緒話をするように近づいた唇から、イザベラの耳朶へと吹きかかる言葉。
「悪ふざけが過ぎます」
「言うと思ったよ」
ルミナスは喉を鳴らした。
劇場内は不意に暗闇に包まれ、足元から不気味な音が轟いた。ざわざわと、空気が振動する。いよいよメインの火山の噴火のシーンだ。
不安を煽る演出に、隣の貴婦人が甘えるかのように連れの男にしなだれかかっていた。ふと周りを見渡せば、妙齢の女性が判で押したかのように皆んな同じ仕草をしている。
なんて、はしたない。
淑女のする行為ではない。
白い目で彼女らを非難するイザベラだが、側から見れば彼女も同じことをしていた。勿論、イザベラはそんなこと自覚していない。
劇場内は赤い照明で照らされ、火山の両側からはぎらぎらした溶岩が流れていた。
屈強なローマ人役の男らが、劇場内を右往左往している。
チラリと真横を見上げてみると、ルミナスは溶岩の噴火に夢中になり、キャンバスを見る瞳が煌めいている。
これほど間近で顔を確かめることなんてなかったから、思った以上に睫毛が長いなんて知らなかった。
黙っていれば、絵本の中の騎士そのものの、清く正しく美しい、三拍子揃った男だ。
黙っていれば、と付け加える。
イザベラの視線に気づいたルミナスは、目を細めてのたまった。
「もうちょっと胸が大きければ、私の好みど真ん中なんだがな」
失敬な物言いに、イザベラは雇用主とか何だとかお構いなしに肘鉄を食らわせてやった。今度は手加減なしで。ルミナスが本気で痛がろうと構うものか。文句を言ってきたら、澄まして返してやるのだ。
「あら、失礼。混雑しているから、当たってしまいましたか? 」と。
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