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続編 愛くらい語らせろ
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げえ。と俺は喉奥で声を潰す。
「随分、楽しそうだな。あっちゃん」
にっこりと不気味な笑みを浮かべ、日浦は小首を傾げた。
「な、何でここに?」
意識せずとも声が上擦ってしまう。
いや、やましさなんて、ないけどさ。日浦の不自然な笑顔は、後ろめたさを増幅させる。
メニュー表で叩かれた鼻っ面の痛みは後回しだ。
「瀬戸が告げ口してきた。笠置が水族館の場所を聞いてきたって」
ポンプ隊の瀬戸め。あのお喋りが。
男前相手に世間話を吹っかけて、何とかして会話を長引かせようって魂胆で、べらべらべらべらと余計な話をしやがって。
拳を震わせた俺を、橋本は一瞥する。
「さすがにカップル限定のパフェは食べへんだな、お前ら」
「こ、これは。その、違うから」
いつにない橋本の冷めた言い方に、笠置はぶんぶんと両手を振った。
「何が違うんや?」
「だから、誤解だってば」
「堂島と楽し~くデートしてるんが?誤解?」
「デートじゃないから」
うん、確かにデートじゃねえ。
だけど、日浦も橋本も納得はしていない。二人同時に舌打ちする。
「俺の目を盗んで笠置に手を出すつもりだった?」
「は?」
隣の空いた席の椅子を引くなり、日浦は腰かける。
「しょうもないこと言うな。後輩と遊びに来ただけだろ」
笑顔の圧が只事じゃない。かなりご立腹だ。
「笠置はそうじゃないみたいだけど?」
今度は笠置に笑顔の圧を送る。
「違うってば」
おい、笠置。日浦にもタメ口になってるぞ。
「そうそう。俺を嫉妬させるために、堂島にちょっかいかけただけやんな」
橋本は日浦の向かい側、笠置の真横にストンと座ると、長い脚を持て余し気味に組んだ。
「ホンマ、考えなしやからなあ。真也くんは」
笠置は奥歯を噛んで俯いた。
否定くらいしろよな、笠置。
もしかして俺、マジで狙われてたわけ?
「鈍感」
日浦に背中を小突かれる。
「すぐ雰囲気に流されるし」
図星だから言い訳出来ない。
確かに小悪魔の上目遣いに、一瞬、くらっとなりかけた。いや、一瞬だ。ほんの一瞬だから。
「俺らが止めなかったら、どうなってたか」
日浦は冷めた目でメニューを捲る。水族館パフェのページで止まった。
「どうもならねえよ。笠置だって本気じゃねえし。見りゃわかるだろ」
「そうだけど」
仮に本気なら、今頃はホテルに直行してただろうよ。
俺はメニューを閉じると引ったくってやった。
「あまり気分の良いもんじゃないよ」
そんなこと言われても、あくまで笠置は仕事仲間だから。それ以上でも以下でもない。
「せっかくやからコーヒーでも飲んで行こか」
どうやら橋本はまだ攻め足りないらしい。さっさと解放してくれよ。なんて俺の願い虚しく、片手を挙げてオネエサーンとさっきの花岡って店員を呼んだ。
花岡は水を置きながら、日浦を食い入るように見つめてきた。もしや、また日浦の魅力に取り込まれた一人か?
「あ、あの。もしかして、うちのおばあちゃんを助けてくれた消防士さんですか?」
ナンパにしては、わざとらしいな。
「あの、私、花岡です。大黒谷町五丁目の」
記憶中枢から情報を引っ張り出す。つい先日、報告書に記入した住所だ。
「ああ。あの花岡さんの」
鍵の閉じ込め案件で、確か婆さんは心筋梗塞ですでに息がなかった。
あのとき、隣県にアルバイト中で連絡の取れなかった孫か。確か改めて礼に来たとか受付のやつが話してたな。
「お礼を言いに消防署に行った帰りに、訓練しているのが見えて」
訓練はここにいる一同がしているが、花岡さんちの孫の視線は日浦に一点集中。他のやつらのことなんか、眼中にない。
「おばあちゃん。あれで良かったんです」
注文したコーヒーを俺と笠置の前に置きながら、孫は力なく唇を曲げた。
「危うく私、おばあちゃんを殺すところでしたし」
おい。
介護疲れってやつか?
「あ、いえ。何でもありません」
一同がハッと息を呑んだ雰囲気を読み取り、努めて明るく声を弾ませる。無理しているのは承知だ。
孫は一礼すると、逃げるようにカウンターの中へ。
「殺すって。物騒やな」
最初に口を開いたのは、橋本。
「そういえば四ノ宮美希も似たようなこと言ってたな。刈谷のことで」
続けて日浦。
日浦は俺に対して同意をとる。俺は即座に頷いた。
あの宗教団体には、やはり何かある。
花岡さんちの孫の態度により確信した。
「随分、楽しそうだな。あっちゃん」
にっこりと不気味な笑みを浮かべ、日浦は小首を傾げた。
「な、何でここに?」
意識せずとも声が上擦ってしまう。
いや、やましさなんて、ないけどさ。日浦の不自然な笑顔は、後ろめたさを増幅させる。
メニュー表で叩かれた鼻っ面の痛みは後回しだ。
「瀬戸が告げ口してきた。笠置が水族館の場所を聞いてきたって」
ポンプ隊の瀬戸め。あのお喋りが。
男前相手に世間話を吹っかけて、何とかして会話を長引かせようって魂胆で、べらべらべらべらと余計な話をしやがって。
拳を震わせた俺を、橋本は一瞥する。
「さすがにカップル限定のパフェは食べへんだな、お前ら」
「こ、これは。その、違うから」
いつにない橋本の冷めた言い方に、笠置はぶんぶんと両手を振った。
「何が違うんや?」
「だから、誤解だってば」
「堂島と楽し~くデートしてるんが?誤解?」
「デートじゃないから」
うん、確かにデートじゃねえ。
だけど、日浦も橋本も納得はしていない。二人同時に舌打ちする。
「俺の目を盗んで笠置に手を出すつもりだった?」
「は?」
隣の空いた席の椅子を引くなり、日浦は腰かける。
「しょうもないこと言うな。後輩と遊びに来ただけだろ」
笑顔の圧が只事じゃない。かなりご立腹だ。
「笠置はそうじゃないみたいだけど?」
今度は笠置に笑顔の圧を送る。
「違うってば」
おい、笠置。日浦にもタメ口になってるぞ。
「そうそう。俺を嫉妬させるために、堂島にちょっかいかけただけやんな」
橋本は日浦の向かい側、笠置の真横にストンと座ると、長い脚を持て余し気味に組んだ。
「ホンマ、考えなしやからなあ。真也くんは」
笠置は奥歯を噛んで俯いた。
否定くらいしろよな、笠置。
もしかして俺、マジで狙われてたわけ?
「鈍感」
日浦に背中を小突かれる。
「すぐ雰囲気に流されるし」
図星だから言い訳出来ない。
確かに小悪魔の上目遣いに、一瞬、くらっとなりかけた。いや、一瞬だ。ほんの一瞬だから。
「俺らが止めなかったら、どうなってたか」
日浦は冷めた目でメニューを捲る。水族館パフェのページで止まった。
「どうもならねえよ。笠置だって本気じゃねえし。見りゃわかるだろ」
「そうだけど」
仮に本気なら、今頃はホテルに直行してただろうよ。
俺はメニューを閉じると引ったくってやった。
「あまり気分の良いもんじゃないよ」
そんなこと言われても、あくまで笠置は仕事仲間だから。それ以上でも以下でもない。
「せっかくやからコーヒーでも飲んで行こか」
どうやら橋本はまだ攻め足りないらしい。さっさと解放してくれよ。なんて俺の願い虚しく、片手を挙げてオネエサーンとさっきの花岡って店員を呼んだ。
花岡は水を置きながら、日浦を食い入るように見つめてきた。もしや、また日浦の魅力に取り込まれた一人か?
「あ、あの。もしかして、うちのおばあちゃんを助けてくれた消防士さんですか?」
ナンパにしては、わざとらしいな。
「あの、私、花岡です。大黒谷町五丁目の」
記憶中枢から情報を引っ張り出す。つい先日、報告書に記入した住所だ。
「ああ。あの花岡さんの」
鍵の閉じ込め案件で、確か婆さんは心筋梗塞ですでに息がなかった。
あのとき、隣県にアルバイト中で連絡の取れなかった孫か。確か改めて礼に来たとか受付のやつが話してたな。
「お礼を言いに消防署に行った帰りに、訓練しているのが見えて」
訓練はここにいる一同がしているが、花岡さんちの孫の視線は日浦に一点集中。他のやつらのことなんか、眼中にない。
「おばあちゃん。あれで良かったんです」
注文したコーヒーを俺と笠置の前に置きながら、孫は力なく唇を曲げた。
「危うく私、おばあちゃんを殺すところでしたし」
おい。
介護疲れってやつか?
「あ、いえ。何でもありません」
一同がハッと息を呑んだ雰囲気を読み取り、努めて明るく声を弾ませる。無理しているのは承知だ。
孫は一礼すると、逃げるようにカウンターの中へ。
「殺すって。物騒やな」
最初に口を開いたのは、橋本。
「そういえば四ノ宮美希も似たようなこと言ってたな。刈谷のことで」
続けて日浦。
日浦は俺に対して同意をとる。俺は即座に頷いた。
あの宗教団体には、やはり何かある。
花岡さんちの孫の態度により確信した。
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