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第四章
赤い糸1※
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夫婦となった二人はくたびれ果てていた。
ほぼ休みなしでこの村まで馬車を飛ばして来たのだ。
宿屋の部屋はアメリアが思っていた以上に可愛らしく装飾されて、ますますエデュアルトの機嫌を損ねた。
部屋は小綺麗にされてはいるが、部屋の大半を占めるベッドは、二人には大き過ぎる。
いかにも甘ったるい演出を出そうとしている、派手なピンクのシーツやカバーはふた昔も前のような花柄で、洗濯を繰り返してよれよれになっていた。サイドボードには日焼けして古びた造花がこれみよがしに飾られている。壁の絵は幼児が描いたと思しき花嫁花婿が大仰な金メッキの額縁に。
どれもが安っぽく、逆に興冷めしてしまう。
「邪魔な糸だな」
エデュアルトは結びつけられたリボンを解こうとしていた。
「駄目よ。解いちゃ」
慌ててアメリアは遮った。
「迷信を信じるのか? 」
「ええ」
キッパリとアメリアは頷く。
「くだらないな」
エデュアルトは小馬鹿にしたように鼻を鳴らしたが、アメリアの願いは聞き届けられた。
人々を裏切り、大切な人を傷つけた。罰が当たって当然の報いを受けるかもしれない。せめて神様に縋りたい。
「手が不自由だろ。服を脱がせてやる」
「で、でも」
アメリアは否定しようとした言葉を飲み込んだ。
すでにエデュアルトがドレスの前ボタンを外していたからだ。その手つきには何ら邪さはなく、ただ事務的な動作に過ぎない。
するり、とドレスが足元へ滑り落ちた。
エデュアルトはアメリアの靴を片方づつ脱がしていく。
アメリアは黙って、その薬指に光る金色の瞬きを見つめた。
床入りを済ますまで解かないようにと忠告されていたのに、エデュアルトは痺れを切らしてリボンを解いてしまっていた。
リネンの薄いシュミーズは、肌に透けて包帯の巻かれた傷をまざまざと見せつけた。
「背中の痛みは? 」
「ええ、まあ」
「痛むんだな? 」
「……ええ」
誤魔化したところで筒抜けなのは明らか。アメリアは素直に頷いた。
「痛み止めを飲んでおけ」
アメリアは命じられるまま、旅行鞄の蓋を開いて薬を口に含む。
周到にエデュアルトは水の入ったコップを寄越してきた。
「破瓜の痛みにも効くだろうよ」
皮肉っぽい言い方に、たちまちアメリアは首筋まで赤面した。
しかし、営みはすぐには始まらない。
エデュアルトは用意されていた浴槽に入るよう促す。
億劫なアメリアだが、これから夫婦の契りを交わす以上、礼節というものがある。渋々と湯に半分体を浸らせ、七十二時間分の汚れを落としていくうちに、睡魔が襲ってきた。
エデュアルトに抱かれるドキドキよりも、睡眠という三大欲求が打ち勝った。
「浴槽で溺れ死ぬなんて、やめてくれよ」
いつの間にか浴槽から引き上げられ、背中に薬を塗られていた。至れり尽せりの対応は、アメリアを心地良い微睡へと誘う。
「だけど、眠いの」
「もう少しの辛抱だ」
「エデュアルトお兄様」
「だから、その言い方はよせ」
不機嫌そうに息が漏れて、その息の吐き方が昔のまま変わらないことに、アメリアは妙な安心感を覚えた。
彼にぞんざいに扱われていた馬車での記憶が遠くなる。
代わって、寄宿学校生だった、やんちゃそうな少年の影が大きくなる。年上の横暴な生徒相手にボクシングで打ち勝ったという武勇伝を意気揚々と語る少年が。
「二度と『エデュアルトお兄様』なんて呼ばないようにしないとな」
「何をするの? 」
「夫婦の証明だ」
微睡を彷徨うアメリアは、彼の苛立った声さえ耳に馴染んで、やがて満足そうな寝息が上がっていた。
ほぼ休みなしでこの村まで馬車を飛ばして来たのだ。
宿屋の部屋はアメリアが思っていた以上に可愛らしく装飾されて、ますますエデュアルトの機嫌を損ねた。
部屋は小綺麗にされてはいるが、部屋の大半を占めるベッドは、二人には大き過ぎる。
いかにも甘ったるい演出を出そうとしている、派手なピンクのシーツやカバーはふた昔も前のような花柄で、洗濯を繰り返してよれよれになっていた。サイドボードには日焼けして古びた造花がこれみよがしに飾られている。壁の絵は幼児が描いたと思しき花嫁花婿が大仰な金メッキの額縁に。
どれもが安っぽく、逆に興冷めしてしまう。
「邪魔な糸だな」
エデュアルトは結びつけられたリボンを解こうとしていた。
「駄目よ。解いちゃ」
慌ててアメリアは遮った。
「迷信を信じるのか? 」
「ええ」
キッパリとアメリアは頷く。
「くだらないな」
エデュアルトは小馬鹿にしたように鼻を鳴らしたが、アメリアの願いは聞き届けられた。
人々を裏切り、大切な人を傷つけた。罰が当たって当然の報いを受けるかもしれない。せめて神様に縋りたい。
「手が不自由だろ。服を脱がせてやる」
「で、でも」
アメリアは否定しようとした言葉を飲み込んだ。
すでにエデュアルトがドレスの前ボタンを外していたからだ。その手つきには何ら邪さはなく、ただ事務的な動作に過ぎない。
するり、とドレスが足元へ滑り落ちた。
エデュアルトはアメリアの靴を片方づつ脱がしていく。
アメリアは黙って、その薬指に光る金色の瞬きを見つめた。
床入りを済ますまで解かないようにと忠告されていたのに、エデュアルトは痺れを切らしてリボンを解いてしまっていた。
リネンの薄いシュミーズは、肌に透けて包帯の巻かれた傷をまざまざと見せつけた。
「背中の痛みは? 」
「ええ、まあ」
「痛むんだな? 」
「……ええ」
誤魔化したところで筒抜けなのは明らか。アメリアは素直に頷いた。
「痛み止めを飲んでおけ」
アメリアは命じられるまま、旅行鞄の蓋を開いて薬を口に含む。
周到にエデュアルトは水の入ったコップを寄越してきた。
「破瓜の痛みにも効くだろうよ」
皮肉っぽい言い方に、たちまちアメリアは首筋まで赤面した。
しかし、営みはすぐには始まらない。
エデュアルトは用意されていた浴槽に入るよう促す。
億劫なアメリアだが、これから夫婦の契りを交わす以上、礼節というものがある。渋々と湯に半分体を浸らせ、七十二時間分の汚れを落としていくうちに、睡魔が襲ってきた。
エデュアルトに抱かれるドキドキよりも、睡眠という三大欲求が打ち勝った。
「浴槽で溺れ死ぬなんて、やめてくれよ」
いつの間にか浴槽から引き上げられ、背中に薬を塗られていた。至れり尽せりの対応は、アメリアを心地良い微睡へと誘う。
「だけど、眠いの」
「もう少しの辛抱だ」
「エデュアルトお兄様」
「だから、その言い方はよせ」
不機嫌そうに息が漏れて、その息の吐き方が昔のまま変わらないことに、アメリアは妙な安心感を覚えた。
彼にぞんざいに扱われていた馬車での記憶が遠くなる。
代わって、寄宿学校生だった、やんちゃそうな少年の影が大きくなる。年上の横暴な生徒相手にボクシングで打ち勝ったという武勇伝を意気揚々と語る少年が。
「二度と『エデュアルトお兄様』なんて呼ばないようにしないとな」
「何をするの? 」
「夫婦の証明だ」
微睡を彷徨うアメリアは、彼の苛立った声さえ耳に馴染んで、やがて満足そうな寝息が上がっていた。
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ありがとうございます😊
仕事が落ち着いたら、頑張って続けます。
楽しみと言っていただけたら、励みになります。
作品は作者のものであることは前提ですが、さすがに主人公が可哀想すぎます。
こんな男捨てて別な方法で幸せになって欲しいです切実に。
主人公を不幸な目に合わせて楽しいなら別ですが。
ご感想ありがとうございます。
エデュアルトの生い立ちが、そうさせています。
これからそこを書いてまいります。
とっても、楽しく読ませて頂いております。更新楽しみに、待ってます!
ご感想ありがとうございます。
励みになります。
最近なかなか更新できずすみません。
一生懸命書きますので、どいぞお付き合いください。