壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉

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第四章

束の間の休息

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 いつの間にか、うとうとしていたらしい。
 馬の扱いが上手い御者といえど、やはりでこぼこ道では馬車は傾く。このような不安定な状況では絶対に眠れそうにはないと思っていたのに、どうやら体はすぐに順応したようだ。
 揺り起こされて目を開ければ、幾らか柔和な顔つきのエデュアルトが視界に入った。
「もう着いたの? 」
 目を擦りながら尋ねれば、すぐさま厳しい顔つきに戻ったエデュアルトがかぶりを振った。
「今回はニ時間ほど宿で休むことになりそうだ」
 いつの間にか宿屋の前に停車していた。
 一つ前に立ち寄った宿屋よりは賑わっている。目的地まで近づいていることを実感する。
「一刻も早く経ちたいわ」
「それが、そうもいかない」
 エデュアルトは困ったように、ぐしゃりと前髪を潰した。
「皆んな、考えることは似たり寄ったりだ。なかなか貸し馬車が捕まらない」
 王国から見て辺境の村といえど、管轄はれっきとした隣国になる。この国は、四つの連合国として構成されていた。
 国が違えば、法律も違う。
 そこが結婚条例の抜け穴だ。
 国境を越えることとなる。二人分の通行許可証をどのように手に入れたのかはわからないが、エデュアルトは自分が持つあらゆる伝手を使って驚くほどの早さでちゃんとそれを用意していた。
 王都では結婚の法律がかなり厳しいので、それらに背いたカップルは何百組と馬車道を通って辺境を目指した。
 駆け落ち婚の聖地を目指して。
 そこで結婚式を挙げ、晴れて夫婦として既成事実を作り、王都へと戻る。
 勿論、駆け落ちなどといったスキャンダルを起こすのだから、エデュアルトは爵位こそあれ社交界に戻るのは時間が掛かるだろう。
 アメリアだって、爪弾きにされる。
 いかに浅はかなことを彼に望んでしまったのだろう。
 アメリアは申し訳なさで、鼻の奥がツンとした。


 宿屋はエデュアルトので、一時間という条件がありながら易々と借りることが出来た。
 アメリアが先に部屋に入る。
 エデュアルトはアメリアには続かず、事務室へと宿の若い娘と消えていったのを、知らない振りをした。
 として宿屋の若い娘にキスだけでは済まないことをしているのだ。
 アメリアの憶測はあながち間違ってはいない。
 部屋に戻ってきたエデュアルトの首筋には、薄紫色のキス痕がこれみよがしについていた。
 アメリアはギュッと胸が絞られてしまったが、青髭のことを考えて気を紛らわせることにした。三十歳上の見ず知らずの暴力夫よりは、下半身にだらしない夫の方がマシ。呪文のように心の内で唱える。
「俺は馬車の交渉してくるから。休めるうちに休んでおけ」
「でも……あなたも休まないと」
「馬車で休む」
「でも」
「アメリア。いい子で待っていろ」
 言いながら、アメリアの髪をふわりと撫でる。
 またしても子供扱い。
 言い置いて、エデュアルトはさっさと部屋を出て行く。
 彼の怒りは最初に比べると幾分かは和らいでいるようだ。
 しかし、そんな彼の態度に甘んじるつもりはない。


「くっ……届かないわ」
 アメリアは何とか包帯の結び目は解いたものの、背中に手が回らず顔をしかめた。
旅行鞄に詰め込んだ薬を塗るのは、なかなか厳しい。あんまり手を動かせば背中が引き攣れて痛む。
「バカ。薬を塗るくらい、俺に頼め」
 いつの間にか戻っていたエデュアルトに、真後ろからヒョイと薬を取り上げられる。
「で、でも」
「仮にもこれから夫婦になるんだろう」
 まだ抵抗しようとするアメリアをベッドの淵に座らせると、エデュアルトは同じようにマットレスに尻を乗せた。
「……傷が大きいな」
 後ろを向いているから、彼の表情はわからない。だが、声音は低い。
「熱は」
「ないわ」
「痛みは」
「……」
「アメリア」
「……あるわ」
「何故、早く言わないんだ」
 非難じみた声に、アメリアは俯く。
 仮に痛みを訴えたところで、鬱陶しそうに舌打ちをくらうだけだと踏んでいたから。
「それよりも早く結婚証明書が欲しいから」
 アメリアは胸の内にある言葉を飲み下すと、代わりに用意した言葉を使う。
 傷に関することをこのまま続ければ、まるで彼を非難しているようだから。アメリアはそのようなこと、本意としない。
 自分の傷で半ば彼を脅して結婚を迫ったのだから。
 これ以上、彼を陥れるような言動は避けたい。
「お前は昔からおとなしい顔をして、無鉄砲だったからな」
 エデュアルトの表情はわからない。
 どこか懐かしむような、かつての優しい彼の声だった。






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